雑渡さんと一緒! 91


井戸で洗濯をしてから一人、丘へと来た。お城ではなく、城下町でもなく、森へと目を向ける。この森のどこかで雑渡さんが鍛錬している。そう思うと、愛しかった。
背後に気配を感じて振り返ると、潮江くんがいた。こんな所まで何をしに来たのだろう。そして、潮江くんがタソガレドキ領にいると雑渡さんは、忍軍は気付いているのだろうか。だとすれば、まずい。潮江くんを敵襲とみなし、殺されてしまうかもしれない。私は慌てて潮江くんに駆け寄った。


「ど、どうしたの?こんな所まで…」

「お前を助けに来た」

「だから、私は捕虜なんかじゃない。私が好きで雑渡さんと一緒にいるの。それよりも早くタソガレドキ領から出て」

「俺、気付いたんだ。俺はなまえが好きだと」

「へっ…」

「あんな曲者にくれてやるくらいなら、俺が貰う」

「待って。だって私たちは一度しか会ったことがないし…」

「おう。だけど、惚れちまったものは仕方がねぇだろ。お前の温もりも、その表情も可愛いと思っちまったんだよ」


恋なんて理屈じゃねぇだろ、と潮江くんは言った。そして、私の手を取り、走り始めた。とても速い。あっという間に息が上がった。言葉を紡ぐことも出来ないくらいに苦しい。
べしゃっと私が転んでしまうと、潮江くんはようやく止まった。私が必死に息をしているのを見て、謝ってきた。


「悪い。急ぎ過ぎたか」

「ねぇ、待って…私はこんなこと望んでいないのよ?」

「大丈夫だ。俺が責任を持って人並みに生かしてやる」

「人並みって…」


私は人並み以上に幸せだ。雑渡さんが側にいてくれて、笑い掛けてきてくれて、気遣ってくれて幸せだ。あの人に会えてよかった。愛することができてよかったと思っている。
私は潮江くんにそう伝えようとした。だけど、出来なかった。殺気を感じたから。この痛いくらいの殺気を放っているのが誰なのかすぐに分かった。そして、この殺気は誰に向けて放たれているのかすぐに分かった。潮江くんだ。雑渡さんは潮江くんを殺そうとしている。そう分かった。だから私は潮江くんを抱き締めて、咄嗟に庇った。気配が揺らいだのを感じたのも束の間、潮江くんは呻き声を上げて倒れていってしまった。そして、風を切る音がした。これから雑渡さんが何をしようとしているのか私には分かった。潮江くんを斬るつもりだ。そんなことはさせない。雑渡さんと潮江くんはそんな関係性ではなかったはずだ。彼を斬ったら絶対に雑渡さんは後悔する。だから、私は身を挺して潮江くんを庇った。
ピタリと刀が私の首元で止まった。つ、と首から血が流れるのを感じた。見上げると、無表情の雑渡さんが立っていた。


「何故、これを庇う」

「だって、潮江くんは…」

「…そう。そうなんだ」

「雑渡さん?」

「お前は私から離れていこうとしているのだね。私よりも潮江くんを選ぶと、そう言うのだね。そう。度胸があるねぇ」

「待って、雑渡さん!私はそんなことを思っていない!」

「いいんだ、分かっていたから。いずれなまえは私の元から逃げ出すと。あぁ、だけど、そう簡単に許せないな。潮江くんはこの場で始末しないといけない。なまえ、退きなさい」

「待って!潮江くんを殺さないで!」

「ほぉ…随分と潮江くんに思い入れているようだね。不快だ」


雑渡さんは刀を振り翳した。雑渡さんは勘違いをしている。私は別に潮江くんのことを何とも思っていない。逃げ出そうなんて思っていない。ずっと雑渡さんの側にいる気だ。だけど、雑渡さんはとても話を聞いてくれるような雰囲気ではない。目が物凄く冷たい。こんな目を久し振りに見た。光を失い、目に入る物全てを否定する目。
潮江くんの背には八方手裏剣が刺さっていた。顔色が悪いところを見ると、毒が仕込まれていたのかもしれない。このままだと潮江くんは死んでしまうかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなくなった。こんなこと、誰も望んでいない。潮江くんを殺めようとしている雑渡さんでさえも。
私は雑渡さんの足元に縋り付いた。潮江くんを殺さないで下さい、と必死に懇願した。すると、雑渡さんは酷く悲しそうな顔をした。まるで裏切られたとでも言いたげな顔をしている。そして、刀を鞘へ納め、私を力強く抱き抱えた。そのまま家へと向かって木々を伝って飛んでいく。みるみるうちに丘も潮江くんも見えなくなっていってしまった。
雑渡さんは家に帰るなり、私の着物を剥ぎ取り、手足を縛ってから私を抱いた。抵抗しようにも、食い込むほど強く縛り上げられていて、雑渡さんにされるがままになるしかなかった。こんな乱雑な抱かれ方は久し振りのことで、あの優しかった雑渡さんがいなくなってしまったことが悲しくて私は泣いた。それを見て雑渡さんは可笑しそうに笑った。


「そんな顔をして泣くものではない。萎えてしまう」

「お願い…潮江くんの所へ行かせて」

「お前はもう一生ここからは出られない。二度と外へは出さない。誰の目にも触れることなく、私だけのために生きる」

「お願いします!彼、死んでしまう!」

「そうだろうね。最期を看取れなくて残念だったよ。まぁ、彼が死ぬのは時間の問題だ。いずれお前の記憶からも消え失せる。お前は私だけを見て、私だけを求めていればいい」


いいな、お前は私の女だ。そう言ってまた雑渡さんに抱かれた。優しさなど微塵もない抱かれ方。雑渡さんの目には私は写っておらず、闇しかない。雑渡さんに縋ることさえ許されていない私はただただ泣くしかなかった。
雑渡さんは私が犯されていることに対して泣いていると思っているのだろう。だけど、私は雑渡さんが遠くにいってしまったことが悲しかった。私が好きだった優しかった雑渡さんはいなくなってしまった。それが悲しかった。悲しみに呑まれながらでも、潮江くんのことを助けたいという気持ちは薄れなかった。彼を助けないといけない。彼が雑渡さんを救ってくれる。そう思った。だからこの日を境に私はこの家から抜け出すことに全力を注ぐこととなった。持てる知識と力を全て使った。全ては闇の中を彷徨う雑渡さんを救うために。


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