雑渡さんと一緒! 97


刀を鞘に納めた雑渡さんの側に駆け寄る。息が上がっているところを見ると、随分と手強い敵と闘っていたのだろう。辺りには骨が散らばっていて、気が付くと私は骸骨の上に立っていた。あまりにも驚いて私は雑渡さんにしがみ付いた。
雑渡さんは息を整えながら私の頭を優しく撫でてくれた。


「…もう、大丈夫だ」

「雑渡さん?」

「もう、なまえはこれであれの側で生きられるだろう」

「あれ?あれとは、誰です?」

「おや、そんなことを言っては、あれは泣くよ」


私よりもずっと自分に素直な男なのだから、と雑渡さんは笑った。雑渡さんの言う「あれ」が誰なのか分からない。だけど、私が好いているのは雑渡さんだけだ。本当は優しいくせに意地悪で、いつも無理をして働き、だらしなくて、自分に自信がなく、物に興味がない人。煙草とビールが何よりも好きで、私がどんなに怒ってもすぐにライターを失くし、自分を大切にしてくれないからすぐに体調を崩す人。だから私は彼の側で支えたいと思っていた。家事も日用品の手入れも楽しかった。雑渡さんが喜んでくれたから。雑渡さんを少しずつ知ることが出来て幸せだったし、もっと知りたいと思っていた。決して自ら多くを語ってはくれなかったけど、少しずつ心を開いてくれているのが分かって、嬉しかった。私は雑渡さんを愛していたから。雑渡さんは私の大切な人だから。


「あれ、私…私は…っ」

「ほら、早く戻りなさい。人の生は儚いものなのだから」

「だけど、雑渡さん…」

「君の求める"雑渡さん"は私ではないだろう?」


ほら、と背中を押されて私は走った。右も左も分からない。だけど、雑渡さんの温もりが恋しくて私は必死に走った。
やがて、大きな川に阻まれた。私は泳げない。きっとこの川に入ったらもう二度と戻っては来れない。そう思った。だけど、迷っている暇はない。私は雑渡さんのところに戻らないといけない。あの人はきっと私がいないとちゃんと生きてはくれない。部屋だって汚れたままだろうし、自炊をしないからボロボロになって倒れてしまうかもしれない。またスーツを煙草で焦がしてしまうかもしれない。だから戻らないと。
意を決して私は川へ足を入れた。だけど、後ろから首元を掴まれ、引き摺り出される。そこにいたのは過去の私だった。


「あなたは、私なの…?」

「私に似て愚かなのね、あなたも」


仕方がないなぁ、と言わんばかりに笑い掛けられ、指で方向を示してくれた。私はお礼を言ってまた走った。川に沿って走ると、やっぱり川に阻まれ、私はどこにも行けなくなってしまう。もう、右も左も川しかなく、佇むしかなかった。
もう私は雑渡さんには二度と会えない。もう私は雑渡さんを抱き締め、雑渡さんの笑顔を二度と見れない。そう思うと悲しくて涙が出た。だけど、懐かしい声がして涙が止まった。


「なまえ」

「お母さん?お、お母さん…っ」


会いたくて仕方なかった母親に抱き締められ、私は泣いた。においも温もりも何も変わらない。突然いなくなってしまった大切な人を前に私は懐かしさから子供のように泣いた。


「お母さ…私、もうお母さんと離れたくない」

「そうね。私もそうしたい」

「ねぇ、お母さん。聞いて欲しいことがいっぱいあるの…」

「そう…だけど、まだ駄目。彼に頼まれたから」

「彼?」

「まだ連れて行かないでって、そう頼まれたから。だから、彼の所に帰りなさい。そして、幸せになりなさい、なまえ」

「お母さん、嫌だよ…もう私は一人になりたくないよ!」

「一人じゃないでしょ、なまえは。ほら、聞こえないの?」


お母さんは上を見上げた。耳を澄ませると、雑渡さんの声が聞こえる。私の名前を呼んでいる。泣きながら、ずっと。
どうして雑渡さんは泣いているの?あんなにも悲しそうに。


「お母さん、ごめん。私、雑渡さんのところに行かないと…」

「そうね。それがいいわ」

「…あのね、あの人、私の運命の人なんだよ」

「知っているわ。また今度、聞かせてね」

「うん。また、雑渡さんと会いに行くからね…」


だから、しばらくの間お別れ。寂しくないわけではない。私にとってお母さんは大切な人だから。だけど、雑渡さんも私にとって大切な人なの。大人なのに、あんなに大きな声で泣くんだ、雑渡さんって。子供みたいだと思っていたけど、私がお母さんを亡くした時みたく泣いている。あの時の悲しみを雑渡さんに味合わせるわけにはいかない。あの人の笑った顔が好きだから。意地悪に笑う顔も、私を馬鹿にしたように笑う顔も、穏やかに笑う顔も大好きだから。
ねぇ、雑渡さん。私ね、過去に雑渡さんに言いそびれたことがたくさんあるの。私が雑渡さんに近付いたのは上司命令だったこと、だけど本当に雑渡さんのことが好きになったこと、文次郎とは本当に何でもなかったこと、雑渡さんが本当は優しい人だと知っていたこと、それに、お腹に雑渡さんの子供がいたこと。どれも伝えられずに私は雑渡さんを遺して死んでしまった。あなたの子供を産むことが出来なくてごめんなさい。だけど、今度こそいつか必ず私はあなたの子供を産むから。雑渡さんと家族になって、あなたを支えて続けるから。だから、許して下さい。今度こそあなたの隣でずっと生きていくから。もう二度と一人にはしないから。だから、私にこれからも雑渡さんの隣にいる権利を下さい。私はあなたの側にいたい。雑渡さんのことが本当に大切だから。


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