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2026 06/19

[chapter:恋]





扉が開く音にマスターは目を覚ました。どうやら、また眠っていたらしい。夜もぐっすりと寝たのに、寝すぎではないだろうか?確かに寝具は良いもので眠気を誘うが、だからといって寝過ぎではないだろうか?
あれ、俺、旅先なのにめっちゃだらけてない?とか考えながら、マスターは体を起こした。
「…なんだ、起きたのか」
声のした方を見ると、一人の男が寝具に近づいてきていた。それぞれの手には料理が入っているらしい器を持っている。
黒髪に右側の一部分に白いメッシュ。精悍な顔に鋭い灰色の瞳を細め、自分を見ている。自分の恋人と似ているのに彼より少し歳をとっているらしい彼とは違う人。マンドリカルド王だ。
「マンドリカルド王…」
「寝てばかりだろうが、腹が減っていた時のことを考えて食事を持ってきた。食べるか?」
「うーん…」
マンドリカルド王の言葉にマスターが考え込むと、きゅるるる…という独特の音がした。した音は明らかに腹が減った時のもので、聞こえてきたのはマスターからだ。それに気付いたマスターは顔を赤らめた。マンドリカルド王もマスターの反応から、音がしたのがマスターの腹からだと分かったようだ。
「…ふは!お前の腹は正直だな。腹が減ったなら、そう言えばいいだろう?」
「…笑わないで下さい」
思わず吹き出すマンドリカルド王にマスターは唇を尖らせた。そんなマスターがおかしいのか、マンドリカルド王は笑いながら食事を差し出す。今までの不敵なものとは違い、朗らかだ。余程面白いらしい。
「そう剥れるな。ほら、持ってきたから、食え」
「…ありがとうございます」
「有り難く食え」
笑いが止まらないのか、微かに肩を振るわせながら差し出してくるマンドリカルド王にマスターはますます機嫌を損ねたのか、ムスッとしたまま受け取った。そんなマスターが余程ツボに入ったのか、肩を揺らして笑いながらマンドリカルド王はいつものように不遜に言う。だが、笑っているからか、何故かそれ程嫌悪感を感じなかった。
「いや…お前は本当に面白い奴だな…こんなにタイミング良く、腹を鳴らす奴がいるか…?」
「マンドリカルド王…笑い過ぎです…」
「いや、何というか…俺も何故かは分からないが、止まらないんだ。悪いが、諦めてくれ…」
マスターの隣に座るようにベッドに腰掛けながら言うマンドリカルド王。余程おかしいからか、未だに微かに体が震えている。そんなマンドリカルド王にマスターがムスッとしたまま言うと、彼は少しでも抑えようとしているのか空いた手で自分の顔を押さえながら言った。
彼なりに悪いと思っているのか、初めて謝ってきた。初めて王の謝罪を聞いたマスターは目を見開く。開かれた青い瞳がマンドリカルド王を見た。そんなマスターに気付いたのか、マンドリカルド王は笑いを堪えるように口に手を当て、振り向いた。
「何だ、その目は?」
「いえ…俺、初めてマンドリカルド王の笑顔も見たし、謝罪を聞いたのも初めてで…」
「貴重だから、一生忘れるなよ。本当に自分でも何でこんなくだらない事に笑いが止まらないのか、分からないんだ。あと、俺でも悪いと思ったら、謝るくらいはするさ」
怪訝な顔をしながらも笑っているからか、マスターを見る灰色の瞳は酷く優しかった。マスターはそれにも困惑しながら答えると、マンドリカルド王は肩を揺らして楽しそうに笑い、答える。言葉は不遜なままだが、やっぱり声は優しかった。
「あ、駄目だ。本当に止まらん。ちょっと待ってくれ」
「は、はぁ…」
そう呟くように言うと、マンドリカルド王はマスターから顔を背け、必死に笑いを止めようと顔に手を当てて、心ゆくまで笑うのであった。そんなマンドリカルド王をマスターは驚いたように見つめるばかりだった。
「あー…笑った笑った…まさか、こんなくだらない事で、ここまで笑うとは…こんなに笑ったのは久し振りだぞ…」
「そんなにおかしいですか?腹が鳴っただけですよ?」
「あんまりにもタイミングが良かったのかもな。本当にお前は面白い奴だ」
散々笑ったからか、酷く穏やかな顔をしながら、マンドリカルド王は言った。そんなマンドリカルド王の隣でマスターが首を傾げながら言うと、持ってきた料理を食べる。マンドリカルド王が食事を食べ始めるのを見たマスターもようやく手をつける事にした。両手を合わせて呟く。
「いただきます」
「それも故郷の習慣か?」
マスターの言葉にマンドリカルド王が尋ねてくる。ご馳走様という習慣を目にした事で察したらしい。マンドリカルド王の言葉にマスターは頷いた。
「はい。食べる前にします。どうしてこういう習慣が出来たかの理由は様々なんですけど、俺は大切な命をいただくから、いただく命に感謝するっていう理由が好きですね」
「ふーん…変な習慣だな…理由も変だし…」
マスターの説明を聞いたマンドリカルド王は呟くと、マスターの真似をして手と手を縦に合わせて重ねた。そして、
「いただき…ます…?」
首を傾げながら、そう呟くマンドリカルド王にマスターはまた目を見開いた。だが、すぐに目元を緩めて返す。
「どうぞ、召し上がれ」
「何だ、それは?」
「いただきますって言った人に返す言葉です。こっちも色んな理由があるらしいですけど、俺は料理を作った人が食べる人に作った料理を美味しく食べて欲しくて言うって、理由が好きですね」
「そうか…」
マスターの言葉に再びマンドリカルド王は尋ねる。マスターがまた説明すると、彼はそう呟いた。その顔は穏やかでどことなく嬉しそうだ。そのままマンドリカルド王は食事をし、マスターも料理を食べていく。酷く優しく、穏やかな時間が流れる。
料理を食べている間、二人は何も言わなかった。何か言ったら、この優しい空間が壊れそうで、それが怖くて…でも、何も言わずとも、心が満たされるような優しい気持ちになれる時間だった。
「…ご馳走様でした」
「美味かったか?」
「はい。ありがとうございます、マンドリカルド王」
両手を合わせて食事の終了を告げると、マンドリカルド王は尋ねてくる。それにマスターが笑いながら、お礼を言うと、マンドリカルド王は一瞬目を見開いた。が、すぐに目元を緩めてふっと笑うと、口を開く。
「初めてだな…」
「え?な、何がですか、マンドリカルド王?」
「お前の…笑顔…初めて見た…」
マンドリカルド王の呟きにマスターが驚く。そんなマスターにぽつりと呟くと、マンドリカルド王は手を伸ばした。マスターの頬に手を添え、そっと撫でる。その顔は優しく穏やかで幸せそうだ。
「…可愛いな…うん、可愛い…お前の笑顔は…可愛いな」
噛み締めるように呟くとマンドリカルド王は嬉しそうに呟いた。朝の熱の籠った眼差しと違い、優しい目はまるで愛しいものを愛でるようで…幸せそうだった。そんなマンドリカルド王にマスターは目を見開く。
恋人と同じ眼差しだった。自分を愛し、愛しむ彼と同じだった。それにマスターは、あぁ、この人は俺が好きなんだな、と実感したのだった。
「な、なぁ…おま…」
何かを言いかけたマンドリカルド王だったが、すぐに何かに気付いたのか、目を見開き、頬を添えていた手を引っ込め、自分の口を塞ぐように手を覆う。俯き、考え込む彼をマスターは不思議そうに見つめた。
「マンドリカルド王?どうしました?」
「…俺とした事が馬鹿だった」
「え…?」
マスターが尋ねるとマンドリカルド王は呟いた。眉を寄せ、忌々しいとばかりの表情を浮かべる王にマスターは首を傾げる。
「お前の名前を聞いていなかった…」
「あ…」
苦々しく呟くマンドリカルド王の言葉にマスターも声を漏らした。そういえば、何だかんだでマスターはマンドリカルド王に名前を名乗っていない。それに気付いたのだ。
「なぁ…お前の名前を教えてくれないか?」
そっと伺うようにマスターを見つめ、マンドリカルド王が尋ねてくる。それにマスターは戸惑う。
どうしよう…?最初は簡単に名乗っていたが、カドックから「魔術師が簡単に本名を名乗るな」と言われて以来、マスターは一旦止めるようになった。以来、通信でカルデアから許可が出てから名乗るようにしていたのだが…
残念ながら、城に入ってから通信が入った事はない。きっと結界に阻まれているのだろう。
「なぁ…頼むよ…」
困ったように視線をあちこちに向け、どうしようか迷うマスターを見て、マンドリカルド王は再び手を伸ばす。また頬に添えると優しく撫で、促してきた。
「お前の口から…お前の名前を聞きたいんだ…」
そう言ってくるマンドリカルド王は、まるで泣きそうな顔をしていた。哀れにも愛しい人に懇願する、ただの男だった。傲慢で不遜な王は、そこにはいなかった。
そんなマンドリカルド王にマスターは更に困惑し、うろうろと視線を彷徨わせる。



どうしよう?たかが名前を教えるだけで、ここまで必死に懇願されたことなんてない。
いつも、旅先で名乗るようにリツカと名乗る?それとも、こんなに頼んでくるなら、フルネームの藤丸立花と名乗る?どちらが正解だ?



「…じゃあ、こうしよう」
迷うマスターを見て、マンドリカルド王は提案してきた。この手はあまり使いたくないが、マスターは何故か名乗りにくそうにしている。だが、マンドリカルド王はどうしてもマスターの名前を知りたい。マスターの口から聞きたい。だから、この手段を使う事にした。
「こちらが交渉に有効だと判断できるものを一つ出せたら、そちらの要求を一つ飲む」
真剣な顔でマンドリカルド王は提案する。あんな二人に出した交渉をこの思い人相手に使うのは心底嫌だが、仕方ない。
「え…?」
「これなら…お前も名乗りやすいだろう…?」
目を見開き、声を漏らすマスターにマンドリカルド王は困ったように笑いながら、言った。そんなマンドリカルド王にマスターは戸惑う。マスターとしては名前だけ名乗るか、フルネームで名乗るか迷っていただけだが…
「お前の口から、お前の名前を聞くのは…俺にとって、それだけ価値があるんだ…」
切ない眼差しで言ってくるマンドリカルド王にマスターは胸が痛んだ。



たかが、名前を聞くだけなのに、こんなに熱烈に求められるなんて…
いや、これはチャンスだ。逃してはならない、チャンスなのである。



マスターは決心すると、口を開いた。
「リツカ…です」
迷いに迷った末、マスターは名前だけを名乗る事にした。マスターの名前を聞いたマンドリカルド王は途端に目を輝かせる。
「そうか…そうか…!お前はリツカという名前なのか…!!」
「あ…」
喜びのあまり、マスターの体を抱きしめ、何度も顔を擦り寄らせる。全身で嬉しいとばかりに体を震わせて喜び、何度も名前を呼ぶ。
「リツカ…リツカ…!あぁ、なんて綺麗な名前なんだ…!!なんて美しい名前なんだ…!」
「ま、マンドリカルド王…?」
「リツカ…リツカ…!可愛くて…誰よりも綺麗なリツカ…!!あぁ、何故だ?何故、お前は名前すら、綺麗で美しいんだ?何故、名前だけでも、ここまで俺を虜にする?」
何度も名を呼び、マンドリカルド王は幸せそうに叫んだ。そんなマンドリカルド王にマスターはひたすら戸惑うことしかできない。そんなマスターに気付かないのか、マンドリカルド王は叫び続ける。
「名前を聞いただけで、こんなに嬉しく思った事なんてない…!名前を呼んだだけで、こんなに幸せになった事なんてない…!!なんだ、この感情は?なんだ、この気持ちは?なんだ、この喜びは?」
マスターを抱き締めながら狂ったように問いかけるマンドリカルド王。その問いに、マスターは答えられなかった。答えてはいけない事だったから。



だって、それは…『恋』だと…知らせてはいけなかったから…



「リツカ…リツカ…!可愛くて綺麗で、誰よりも美しいリツカ…!!」
「あ…」
「何故だ、リツカ?お前は何故、そんなに可愛い?お前は何故、そんなに綺麗なんだ?お前は何故、そんなに美しい?何故、俺はお前がこんなに愛しいんだ?」
込み上げる激情のまま、マンドリカルド王は頬に口付けた。何度も口付けをしてくる。そんなマンドリカルド王にマスターは戸惑う事しか出来なかった。



『マスターの名前って、綺麗っすよねぇ…綺麗で…凄く美しいっす…』



遠くで自分の名前を褒める恋人の声がしたような気がした。



あぁ、そうだ。彼も自分の名前が好きで、よく褒めてくれたな…



そんな事をマスターは現実逃避するようにぼんやりと考えたのだった。
「…すまなかったな」
「い、いえ…」
一通り叫んで気が済んだのか、ぽつりとそう言うと、マンドリカルド王はマスターから離れた。マスターもぽつりと呟く。そんな彼を優しく見つめながら、王はそっと彼の手に自分の手を重ねる。まるで、恋人同士のような仕草にマスターの顔が赤くなる。
「少し興奮してしまった…お前の名前を知れて、嬉しかったから…」
「そ、そんなに…?」
「何を言っているんだ、リツカ?」
マンドリカルド王の言葉にマスターは思わず聞き返す。その言葉にマンドリカルド王はきょとんとする。
「口説きたい相手の名前を知れたんだから、当たり前だろう?」
「…え?」
あっさりと言われた言葉にマスターは思わず顔を上げた。そんなマスターをマンドリカルド王は優しく見つめる。重ねた手を動かし、指の腹でマスターの手を感触を確かめるように撫でる。
「本当に面白い奴だな、お前は…それすら、気づかなかったのか?」
そう言ってマンドリカルド王はふっと目元を緩めた。呆れ返りながらも、その眼差しは優しさと慈しみで溢れている。仕方のない奴だと言わんばかりに困ったように笑う。そんなマンドリカルド王にマスターに顔を赤らめ、顔を逸らすように俯いた。
「なぁ、リツカ…お前は可愛いな…」
「……」
「初めは、ただ能力のある面白い奴だ、俺に体を許さない忌々しい奴だと思っていたが…お前はこんなに可愛い奴だったんだな…笑顔が似合う、可愛い奴なんだな…」
ぽつりぽつりと呟くマンドリカルド王の言葉にマスターは黙り込む。そんなマスターにマンドリカルド王は呟き続ける。
「だからこそ、忌々しいよ…お前の心を独り占めする、お前の恋人とやらがな…」
吐き捨てるように呟く王の言葉に、マスターは何も答えられなかった。そんなマスターをしばらく見ていたマンドリカルド王だったが、また目元を緩め、優しく見つめる。
「なぁ、リツカ。何か食べたい物はないか?」
「え…?」
唐突に尋ねられた言葉にマスターは顔を上げた。不思議そうに自分を見つめるマスターをマンドリカルド王は優しく見つめる。
「お前の笑顔が、もっと見たい」
「……」
「料理なら…美味ければ、まず間違いなくできるだろう?」
優しく穏やかに笑いながら、マンドリカルド王は言った。それにもマスターが何も言わないとマンドリカルド王は困ったように笑いながら、そう告げる。
「そうだな…できれば、お前の故郷とやらの料理がいい…せめて、料理で故郷を懐かしむ…うん、悪くない…」
「えっと…」
「あぁ、でも、あまり難しいのは困るな…作れるか、分からない…タタールでも一番の料理人に作らせるが…お前の故郷は遠いからな…」
マンドリカルド王の言葉にマスターは困ったように視線を彷徨わせる。そんなマスターにマンドリカルド王も困ったように笑い、呟く。
「故郷の料理が分からないなら、他に何か好きなものはないか?そっちでも良ければ、作らせるぞ?」
甘やかすように囁くマンドリカルド王にマスターは考え込んだ。



分かりやすくて、作りやすくて…この時代のタタールでも作れそうな、簡単な故郷の料理…そんなものは…



「あ」
「どうした、リツカ?何か、思いついたか?」
一つ、思いついた。材料があるか分からないし、作り方も上手く教えられるか分からないが、これなら何とかなりそうだ。
「油って、ありますか?」
「油…?料理に使う油か?料理の時に使うだろうから、多分あるはずだが…?」
「お芋って、あります?」
「ん?芋?」
マスターの言葉にマンドリカルド王は首を傾げる。マスターの問いを聞くたびに尋ね返し、首を傾げていく。何が言いたいか分からないと言わんばかりのマンドリカルド王にマスターは答えた。
「俺の故郷に『フライドポテト』って料理があるんです。細長く切った芋を油で揚げて、塩を振って食べるんです」
「ふら…?芋を…?あげ…?塩…?なんだ、それは?」
初めて聞く料理名と初めて聞く調理法にマンドリカルド王は、ついに頭を抱えた。そんなマンドリカルド王にマスターは説明した。
「油で…芋を煮る?なんだ、それは?」
「えっと…油で煮るっていうのが、『揚げる』っていう調理法なんです。いや、俺も上手く説明できないんですけど…多分、マンドリカルド王には、そう説明するのが一番かと…」
「それを…芋で?そんなのが、本当に美味いのか…?」
首を傾げ、腕を組みながら呟くマンドリカルド王にマスターも口元を抑えて、考えながら説明した。マンドリカルド王は初めて聞く調理法と料理名に頭を悩まし、マスターはそんなマンドリカルド王に何とか上手く伝えようと頭を捻る。
「た、多分…『揚げる』って調理法以外は、割とシンプルなので、分かりやすいかと思ったのですが…」
「まぁ…芋を細長く切り、油で芋を煮て…できたら、塩をふるっていうのは…割と簡単そうだが…」
うんうん唸りながら説明するマスターにマンドリカルド王もうんうん唸りながら答える。頭を抱えて悩みながら、呟いた。
「そもそも、油で食材を煮て大丈夫なのか…?いや、お前を疑う訳ではないが…だが、不味そうで…」
「うーん…普通は衣っていうのをつけないと、良くないらしいですけど…芋はそのままで大丈夫らしいです。成分が衣ってやつと同じらしくて…だから、そのまま油で煮ても大丈夫…というか、カラッとして、美味しいんですよ…」
「…油で煮るのが?…からっと?」
マンドリカルド王が頭を捻りながら尋ねると、マスターも悩みながら答える。それにマンドリカルド王はますます首を傾げる。聞けば聞く程、訳が分からなくなる。
「なら、何故、塩を振るんだ…?そのままでいいのだろう…?」
「味を引き締めるというか…あと、芋だけじゃ足りないし、塩味って美味しいんですよ…お酒のつまみとかでも、酒の肴に塩を舐めたりする文化もあって…だから、ぱらぱら〜っと…」
「塩を酒の肴に…?確かに、旅をしていた時にしていた奴はいたが…あれは、たまたまそれしかなかった筈で…いや、確かに酒に塩味のある肴は美味いが…」
マンドリカルド王の疑問に必死に答えるマスター。そんなマスターを見て、マンドリカルド王も必死に旅していた頃の記憶を思い出し、考えていく。
そして、思考が纏まったのか、一つ頷くと呟いた。
「まぁ…疑問点は山ほどあるが…材料が揃えば…何とか、なりそうだな…」
「本当ですか?!」
マンドリカルド王の言葉にマスターはパッと目を輝かせた。明らかに喜ぶマスターに王は一瞬瞳を瞬かせるが、すぐに嬉しそうに笑う。
「何だ?そんなに美味い料理なのか?それとも、懐かしい料理なのか?」
「美味しいのもあるんですけど…どっちかというと…懐かしい、ですね…」
マンドリカルド王の言葉にマスターは今は遠くなった記憶を思い出した。
故郷にいた頃、よく食べた懐かしい料理。家ではよく出ないが、外に食べにいくと大体一つは頼んで食べていた料理。家族や友人と一緒に食べた、懐かしい料理。



『う、うめぇっ!芋を油で煮て、塩を振っただけで、こんな美味い料理になるんすか?!』



厨房スタッフに頼んで作って貰ったのを恋人に初めて食べさせた時、恋人も凄く感動して叫んだのを思い出した。懐かしい記憶に思わずふふっと笑みが溢れる。そんなマスターを見たマンドリカルド王は首を傾げる。
「何だ?そんなに思い出深い料理なのか?」
「家族とか、友人とかと食べて…料理自体は故郷で出来た物じゃないんですけど、故郷では誰もが食べているであろう料理なんです…」
「そうか…そうなのか…そんなにお前にとって、大切な料理なのか…」
「はい!」
自分の問いに噛み締めるように呟くマスターを見て、嬉しそうに満足そうに呟くマンドリカルド王。そんなマンドリカルド王が嬉しくて、マスターは元気一杯に頷いた。



「俺の恋人も初めて食べた時、喜んでくれました!」



その一言を聞いた途端、マンドリカルド王は固まり、顔から笑みが消えた。それを見たマスターも表情を固まらせる。慌てて手で口を塞いだ。



しまった、最後のは明らかに失言だった。何とかフォローしないと。



「えと、あの…家族と友人と食べたのは…本当で…だから、マンドリカルド王…嘘じゃ…」
何か言おうとするが、何故か上手く言えない。何を言っても失礼な気がする。どうしたらいいのだろう?
だが、そんなマスターを気遣ったのか、マンドリカルド王はにこりと笑うと、マスターの頭を撫でて言った。
「そうか…なら、尚更作らないとな…」
「あ…」
そう呟くと、マンドリカルド王はマスターの頭から手を離し、ベッドから立ち上がった。そのまま扉へと向かう。そんなマンドリカルド王をマスターは縋るように見つめるが、とめる言葉がうまく出てこない。手を伸ばすが、もうマンドリカルド王は届かない距離にいる。
「…今日は、もう寝ろ」
「え…?」
「まだ昼だが…俺は今日は…もう戻らない…夕食は使用人に届けさせるから…適当に食って、適当に休め…」
それだけ言うと、マンドリカルド王は去って行った。開いた部屋の扉から出ていくと、そこから部屋を出ていく。ぱたん、と閉じた扉をマスターはしばらく見ていた。

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