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2026 06/19

chapter:おちていく]





それから、何回も日が過ぎた。王は朝と昼と夜に部屋にやってきて、マスターと共にマスターから習った挨拶をして食事をとり、口説くように会話をして去る。執務の間に知識を学び、兵士達や特別な職業の部下達から、マスター達の情報を集めさせる。
「男同士のやり方は、お前の仲間の踊り子から聞く事にした」
それをマンドリカルド王から聞いたマスターは青ざめた。仲間は無事?とマスターが尋ねるので、王は客として扱っていると答えた。
客として扱うなら、そこまで酷い対応はしないだろう。
そう考えたマスターはホッと一安心した。そんなマスターに王は首を傾げる。
「お前は自分よりも他の奴等の身の安全を心配するのか?」
「だって、マンドリカルド王は俺にそんな事はしないでしょう?少なくても、貴方が俺を口説いている間は命の危険はありません。なら、仲間の心配をします」
「貞操の危機は感じないのか?」
「貴方は初日と翌日の朝に唇に口付けた以外、それ以上の事は俺に手にしていません。それに、貴方は俺の仲間に勉強が終わるまでは、俺に手を出さないと契約を交わした。その証拠にそれ以降は体を抱き締めたり、俺の体や口以外に口付ける程度で留めている。なら、貴方は約束を守る方です。だから、その心配をする必要はありませんよ」
自分の問いにそう返すマスターにマンドリカルド王は、やはりお前は面白い奴だなと言って笑った。その顔は初日や翌日の朝とは違い、優しくて穏やかだった。
「音楽が聴こえますね」
「あぁ。城を歩き回る演奏家が楽器を鳴らしながら、歩いている」
時々、聞こえてくる楽器の音にマスターが呟くと、王はうんざりしたように答えた。聞くところによると、演奏家が求めてきたとか。
「自分は演奏家なので、少しでも楽器の練習をしたい」
部屋でしろと王は言ったが、あんな狭い部屋で楽器を鳴らしたら煩いと主張されてしまった。それでも、自分達の契約に入ってない事を理由に断ろうとしたのだが、彼の芸を見た部下達が彼の演奏を気に入っており、少しでも聞きたいと王に懇願したのだそうだ。少人数なら却下していたそうだが、その数は無視できない程、多かったそうだ。
「どうせ、音を鳴らして自分が探している事をお前に知らせるのが目的だろうが…そうはいかない」
「何故ですか、マンドリカルド王?」
「この部屋には魔術を施している。『部屋を認識できない』という効果だ。だから、奴はこの部屋に気付かないし、お前も見つけられない」
そう言うと王はにやりと笑いながら言う。
「あぁ、そうそう。あちらが城を歩く時間を知って、お前が逃げようとしても無駄だぞ?城を歩ける時間はわざと滅茶苦茶にしているからな」
「なるほど。歩く時間が滅茶苦茶なら、事前に把握できない。例え、俺が足の拘束をなんとか出来て部屋から出ることが出来ても、あちらが歩く時間に出れるか分からない。だから、あちらと接触できる可能性は低い。そして、俺を拘束しているこれには拘束を解いた途端に貴方にそれを知らせる機能がある。貴方はその時から動けるから、俺があちらと合流して逃げるより、再び捕まる可能性の方が高いな」
「そうだ。やはり、お前は頭がいいな。あの二人とは大違いだ」
マスターの言葉にマンドリカルド王は笑った。マスターの頭に手を伸ばすと褒めるように頭を撫でる。そんな王にマスターは黙った。
残念ながら、マスターには奥の手がある。王がマスターの名を聞く時に提示した『王に一つ要求をできる』権利と、マスターだから出来る事。だが、前者はともかく、後者は絶対に王に知られる訳にはいかない。
そう思いながら、マスターは赤い紋様のある右手を擦った。その手には紋様を隠すように手袋がされていた。手袋はこの日の数日前に王から貰った物だった。
「なんだ、これは?」
王がマスターと戯れるように時間を過ごしていた時の事だった。王がいつものようにマスターを口説きながら、体に触れたのである。右手を取って甲に口付けようとした時に気付かれた。
手の甲にある赤い紋様。不思議な模様のそれに気付いた王は顔を顰めながら、尋ねてきた。それにマスターは困ったように視線を彷徨わせた。さすがに切札である令呪はマスターでも隠さないといけないのは分かっている。
「あの…これは、故郷を出た後に…」
「何だと?」
「す、すみません…これ以上は…」
おずおずと言いにくそうに、しかし言える範囲だけの情報を言うと王は目を釣り上げた。そんな王にマスターは必死に謝る。そんなマスターを見た王は何かを察したのか、その時はそれ以上言わなかったが…
「おい!お前が故郷を出たのは攫われたからだって聞いたが、本当か?!」
「え?」
「お前の仲間の女が教えてくれたぞ!」
しばらくしてから尋ねてきた王にマスターはぎょっとした。そんなマスターに王は説明する。何でも、女…マタ・ハリにマスターの右手の紋様の事を尋ねたら…
「実はあの子、攫われたらしいの。それで、故郷からこんなところに来たらしいわ。手の模様はその後につけられたらしいわね」
と言ったとか。
確かに嘘は言っていない。『カルデア関係者』に攫われるように『カルデア』に連れられ、それから『マスターになって』紋様を右手に宿すようになった。そして『レイシフト』でタタールに来た。
「まさか、故郷を出た理由がそんなものだったとは…!それは確かに俺相手でも言い辛い。おまけにこんなものまで…!!」
そう言いながら、王はマスターの右手の甲に口付けた。優しく右手の甲を撫でながら、囁く。
「辛かったな、リツカ…頑張ってきたな、リツカ…大丈夫だからな、リツカ…お前は俺が守るから…これだって、ちゃんと愛するから…故郷には帰してやれないけど、タタールだって、いい国だ…お前も気にいるさ…王の俺が保証してやる…」
そう言って最後に一つ口付けを落とすと、紋様を隠すように手袋をつけさせた。マスターが着ている衣装に似合う鮮やかな色の手袋。手触りが良く、上品なそれはきっと王自らが選んだ一級品だ。
「全部片をつけて落ち着いたら、一緒にタタールの国を見に行こう…そうだな、馬に乗って遠乗りとかどうだ?俺が手綱を握ってやるからさ。一緒に馬に乗りながら、王の俺自らがお前を案内してやるよ…」
そう囁いた。
以来、王はマスターに会う度に優しく手袋を取り、愛しむように手の甲に口付けるようになった。そして、口付けを終えると隠すようにすぐに手袋をつける。王は何かを激しく勘違いしているようだが、マスターは何を勘違いしているか分からないので、何も言えない。マスターが何も言わないから、王は勘違いしたままだ。逃げられたら、マタ・ハリ辺りに聞こう。
「リツカ。お前が食べたがっていた『フライドポテト』が、やっと出来たよ」
ある日、王はそう言いながら、料理を持ってきた。マスターが説明したように油で煮たそれはホクホクと湯気を立てていた。わざわざ出来立てを持って来てくれたらしい。
「女曰く、お前が食べていた時の油と芋じゃないらしい。だが、それでも女が合格点を出せる程度には出来たそうだ。女が冷めると美味くないっていうから、出来立てを持ってくるように指示したんだ」
そう言って差し出された器に入っていた芋は確かにじゃがいもではなかった。マスターは知らないが、それでも正解を知るマタ・ハリが監修したなら、それ程酷い味ではないのだろう。
「ありがとうございます、マンドリカルド王」
「おう。王たる俺に感謝し、好きなだけ食え」
マスターが目を輝かせながら元気一杯に礼を言うと、王は不遜に言い放ちながらも嬉しそうに笑った。マスターは感謝しながら、フライドポテトを一本取って食べる。確かに元とは違うが、これだって十分過ぎるくらい美味しい。
「美味しいです、マンドリカルド王!」
「そうか。腹一杯、食え」
嬉しそうに笑いながら食べるマスターに王も上機嫌になりながら、返事した。そんな王ににこにこ笑いながら、マスターは一本ポテトを摘むと差し出す。すると、王は不思議そうに首を傾げた。そんな王にマスターは言う。
「マンドリカルド王、あーんして下さい」
「…は?」
「美味しいですよ?一緒に食べましょう」
マスターの言葉を聞いた王は目を見開いたが、意図を察すると目元を緩ませ、口を開いた。そんな王にマスターはフライドポテトを食べさせる。むしゃむしゃと咀嚼すると、ごくりと飲み込んだ。
「ほう…お前の故郷は、なかなか食の趣味が良いな…悪くない味だ…あと、酒の肴にいい…」
「俺の国ではフライドポテトは基本的に食事で出しますが、酒を出す飲食店にも肴のメニューとしても提供しているんです。俺の国は食の変態国家と言われるくらい、食に厳しいんです。世界的に衛生基準が高い上に、飲食店はどこに行っても行列が出来るくらい、美味しいんです」
「お前の故郷は面白いな…一度、お前と共に行ってみたいくらいだ…王でなかったら、お前と共にお前の故郷に行く為に旅をしたかった…」
王が感想を言うと、マスターは説明する。そんなマスターの言葉に王は目を細め、遥か遠くにあるというマスターの故郷に思いを馳せた。王だから許されない未来だが、想像くらいは許してほしい。きっと、お前とする旅は悪くないと王は呟いた。
マスターとは穏やかで優しい日々を送っていた王だが、その一方で怒り狂っていた。マスターの仲間の情報が一切入ってこないのである。目的物は城を歩かせる事で目処がついたが、それ以外は全く分からない。
「何故、仲間の情報が入ってこない?!何のために、わざと警備を緩めている時間があると思っている?!あの女や男に接触してくる奴がいるだろう?!」
「それが…あいつらに接触する奴は皆、違いまして…しかも、こちらが気付かれないように上手くやられまして…」
「何故、分からない?!何故、見つからない?!情報が伝わっているか否かすら、分からないのか?!」
「何とか接触するのが分かっても、何を使って伝えているかのか分からなくて…紙とかはなく、何か合図をしているのは分かったのですが…」
「どんな合図だ?!」
兵士達の話を聞いた王は知り得る限りの情報を得た。一応、念の為に聞いた仕草をマスターの前でやってみて、情報を探る。
「あれ?マンドリカルド王、何で手話を知っているんですか?」
「手話?なんだ、それは?」
マスターの言葉に王は尋ねた。曰く、耳や喉などに障害があって声での会話が出来ない者が使っているハンドサインだとか。このハンドサインを使って会話しているらしい。
「どのハンドサインが何を表しているか、分かるか?」
「申し訳ないのですが、分かりません。俺が分かるのは、せいぜいありがとうのサイン位です。それくらい数が多く、また難しいんです。少なくても、俺はそう思っています。なんせ、彼等はこれで会話するのですから。俺の故郷でも当事者や関係者しか分かりません」
「いや、いい。十分に分かった。ありがとうな、リツカ」
尋ねると答えてくれたマスターの言葉に、王は褒美のように優しく頬に口付けた。何を伝えているかは全く分からなかったが、情報が漏れているのは確定した。
「奴等は独自のハンドサインを使って情報を伝えている。手で何か伝えてくる怪しい奴を特定したら、そいつを尾行して情報を集めろ」
王は兵士達にそう指示した。だが、それでも相手を特定できない。そんな兵士達に王は苛立ちながら怒鳴る。
「何故、分からないんだ?!」
「そ、それが…相手が分かる前に逃げられるようで…相手が全く分からなくて…」
「くそっ…!こちらにバレたのが、あちらにもバレたか…!!」
報告してくる兵士達の前で王は苛立ちを隠す事なく、舌打ちした。
念の為、マタ・ハリにも情報提供をするように仕掛けたが、
「一つのハンドサインの情報につき、こちらに要求する権利を一つ。それ以上は譲らない。それくらい、手話には価値がある。言っておくけど、手話は馬鹿みたいに種類が豊富だから、知りたいなら、こちらの要求を馬鹿みたいに受け入れられるようになってからする事をお勧めするわ」
逆に交渉を求められてしまった。そんなマタ・ハリに王は傲慢に言う。
「踊り子風情が、王の俺を舐めるとはいい度胸だな?」
「その踊り子風情しか頼れない無能な王は誰かしら?」
「くそっ…!」
王の言葉に踊り子は王を馬鹿にしたように煽る。そんな踊り子に王は盛大に舌打ちするしかなかった。事実だから、何も言い返せない。
拷問で吐かせる事も考えたが、それは悪手過ぎる。マスターの王に対する印象は最初に比べて良くなっているし、二人も情報を吐き出しそうにない。無意味どころか、デメリットしかない手段に訴える程、王は愚かではなかった。
男同士のやり方の知識も王に順調に教えられ、時間は刻々と過ぎていく。なのに、マスターの仲間の情報は一向に集まらない。そんな中、王が取れる手段は城の守りを固める事しかなかった。

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