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2026 06/19
[chapter:宣戦布告]
そんな中、部屋の扉をノックする音が響いた。それに全員臨戦体制になる。武器を構え、いつでも戦えるような体制になる。戦闘能力がない筈のマスターすら、いつでもスキルが使えるように構えた。
「誰ですか?」
「すみません、リツカ様はいらっしゃいますか?私は王からリツカ様に言伝を頼まれた使者です。宜しければ、中に入っても宜しいですか?あぁ、勿論私一人ですし、私には貴方様方と戦う術はありません。出来れば襲ったりするのはやめていただきたいのですが…」
「…やはりか」
マスターが声をかけると扉の向こうから控えめにそう言われた。そんな相手にヘクトールは呟く。どうする?と目でマスターに問うと彼は要求を受け入れようとばかりに頷く。そんな二人のやりとりを見たマタ・ハリが扉を開いた。
扉の向こうには使者らしき人物しかいなかった。周りを確認しても、兵士の類はいない。とりあえず、拒絶されなかったと分かった使者は安堵のため息をついた。それを見たマスター以外の仲間は舌打ちしたくなった。
自分達に対する対応が的確過ぎる。やはり王はそれなりに頭が良く、リツカをそれなりに理解しているようだ。そして、自分達に対しても。それが心底腹立だしい。
「とりあえず、確認の為に最初に聞いていいかい?お前さんは、どうやってこの場所が分かった?」
「王から許可が出ているので、答えさせていただきます。実は王がリツカ様の足につけた鈴には場所を教える機能があります。それを使い、王はここを突き止めました。そして、私を使者に選びました」
ヘクトールの問いに使者は頭を下げると淀みなく答えた。それを聞いたヘクトールは自分達の考えが間違っていなかったと分かり、呟く。
「やっぱり、マスターの足につけられていた鈴か。適当に離れた場所に捨てるなり、何なり出来れば良かったんだが…」
「タタール国内で捨てるには、ちょっとやばいもんっすからね…一応、できるだけ潰しはしたんすが…」
「小さいせいか、壊しきれなかったもんね。やっぱり、あの王様は頭がいいね。少なくとも、マスターに逃げられたら、何とか出来る対策を取れる程度には」
ヘクトールの言葉にマンドリカルドは続けるように呟いた。それにアマデウスも続くように呟く。やはり、あの王はなかなかの強敵だと再確認した。
マンドリカルドと共に城から脱出したマスターの足には鈴がついていた。足を拘束する際に足首の布に縫い付けられた鈴。太い方の紐を切っただけなので、くっついて来た。マンドリカルドも最初は気付かなかったのだ。マスターに指摘されて分かったくらいである。
初めは何処か別の場所にでも捨てようとしたのだが、
「これを捨てるのは、ちょっと不味い。少なくとも、タタール国内はね」
鈴を見たアマデウスはそう言った。それくらい、魔術の力が込められていたのだ。ただでさえ、タタールはあまり魔術の類が発展していない。これを捨てたら、あまり良くないと思い、アマデウスはそう言ったのである。
ただ同時に、これをマスターの足首につけさせた理由も分かった。恐らく、自身の場所を告げる魔術付与がされている。王は自分達が城の結界に苦戦し、だから潜入した可能性も視野に入れてこれをマスターにつけておいたのだろう。
結界を何とか出来る魔術の知識や技能があれば、これの危険性を分かるようにと、わざと魔術の力を強く込めたのだ。これを下手に捨てたら、大変な事になるぞと分からせ、マスター達に持たせ続ける為に。
そこまで分かってしまったので、ぎりぎりの策として潰せるだけ潰しておいた。しかし、壊せなかったのだ。その時点で王は自分達の場所を把握出来るだろうとは考えていた。そして、自分達はその時に反撃できる力がある。
だから、王は兵士の類では無く、戦闘力のないただの使者を送ってきたのだ。自分達に戦う意思はない。殺すなら、お前達はただの人殺しという罪人だ。罪人になりたくなければ、迎え入れて使者の話を聞けと言わんばかりに。
仲間は兵器でもあるので容赦なく使者を切り捨てられるが、マスターの本質は良くも悪くも善性だ。そこまで王はマスターの事を理解している。自分達に害がないと判断すれば、マスターは受け入れると考えて、とりあえず話を聞こうとするだろうとして。そして、自分達はそんなマスターを大切に思っている。
更に、仲間はそんなマスターが相手だからこそ、王はマスターに自分の願いを要求し、応じさせる方法も分かっていた。分かるからこそ、使者に喋らせたくない。使者に王の要求を伝えさせたくない。
「あと、何か尋ねたい事はありますか?」
「いや、いい。これだけしかない。正直、こっちは全部分かってるよ。王が伝えたい事も、そしてそれに応じさせる方法もな。マスター、分かるか?」
「分かってる。全部分かっている上で使者を受け入れたんだよ、オジサン。だから、先に皆に謝っておくよ。迷惑かけてごめんね、皆」
使者が尋ねるとヘクトールはうんざりしながら答えた。確認するようにマスターに尋ねると、マスターは頷き、頭を下げて謝る。そんなマスターにマスター自身と使者以外はため息をついた。やはり、分かっているかと。
「とりあえず、王からの伝令を聞きましょうか。あぁ、名乗るのが遅れましたね。私がリツカです。王は私に何を伝えたいのですか?」
「あぁ、貴方様がリツカ様ですか。受け入れて下さってありがとうございます。では、王からの言葉を伝えさせていただきます」
マスターが名乗ると使者はマスターに向き合った。頭を下げて感謝を述べると王の言葉を伝えるべく、口を開く。
「城に来て下さい、リツカ様。貴方様、お一人で。そして、王の元に行って下さい。王はそれを望んでおります」
「拒否した場合、どうなりますか?」
「貴方様方には一切何もありません。私が死ぬだけです」
使者の言葉を聞いたマスターが尋ねると、死者はあっさりと答えた。その言葉にマスターと使者以外の全員が舌打ちしたくなった。
実に的確かつ、上手い交渉の仕方だ。しかも、マスターに要求を飲ませ、確実にマスターを手に入れようとあらゆる策が使われている。
お前が来なければ、使者が死ぬと王は脅している。しかも、こちらに一切の害がないと伝えながら。こちらに害が多少あれば、こちらはそれを理由にマスターの前でも使者を殺せるが、こちらに一切の害がないなら、使者を殺せない。マスターは自分達に殺させようとしない。
また、城に来るだけではなく、自分の元に来いとも言っている事で、確実に自分の元に来させようとしている。城だけなら、城の端っこにでも行って城自体には来たからいいでしょう?という逃げ道を潰している。確実にまたリツカを手に入れようとしている。
実に的確かつ、周到だ。
「いくつか、聞きたい事があります。宜しいですか?」
「はい。貴方様方からの問いには出来るだけ答えよと王から命じられております。そして、出来るだけ王は私に伝えて下さいました。だから、何でも仰って下さい、リツカ様」
マスターの言葉に使者は答える。これは使者を通じての王とマスターの交渉戦だ。マスターは頷くと使者に尋ねた。
「では、いきましょう。私がその要求を飲んだ時、私の仲間は大丈夫ですか?」
「王はリツカ様を自分から奪ったり取り返そう等としなければ、こちらからは一切手を出さず、国から出してやると私に言いました。また、貴方様方がリツカ様を奪おうとしているとこちらに分かった時点でも私は死にます」
マスターの問いに使者が答える。それを聞いたマスターと使者以外はまた舌打ちをしたくなった。
リツカが自ら城に来たら、そちらが一切手を出さなければ、こちらも一切手を出さないと言っている。むしろ、早くタタール国を出て行けと言っている。しかも、また違反したら、使者の命を奪うと脅して来ている。これでは、リツカが城に行ったら、自分達は手を出しにくい。実に効果的だ。
「では、次。王は私に城に来る方法は指定して来ましたか?」
「いえ、特には。ただ、もし足がなければ馬車でも何でも向かわせるとは仰っておりました。勿論、この場合は私達の方から優秀な護衛をつけ、必ず無事に城にお連れする事も伝えろと仰っておりました。また、この時点で貴方様方が襲撃などしてリツカ様を取り返そうとした場合、貴方様方には一切手を出さない代わりに、こちら側はリツカ様に関わった人間全員に即刻死ぬように命じられております。勿論、私も死にます」
マスターの問いに使者が答える。それを聞いたマスターと使者以外はまた舌打ちをしたくなった。
自分の元に来てくれるなら、何でもいい。迎えに来て欲しいなら、いくらでも応じる。しかも、身の保証もする。そして、この時に襲撃して来たら、一切自分達には反撃はしないが、代わりにこちらは使者を含めた護衛等は全部殺すと脅して来ている。自分達に一切手を出さないというのが、実に悪質だ。尚更、手を出しにくい。
「では、次。私が城に行く代わりにこちらから要求できる事はありますか?」
「リツカ様以外はできません。リツカ様が条件を出して来た場合のみ、可能な限り応じると仰っておりました。ですが、その要求が王の元に行った後、また自ら王の元を去るようなものだった場合は一切受け付けないとも仰っておりました。それをリツカ様が要求した時点でも私は死にます。そして、王はリツカ様が求めるなら、自分の命を対価に要求しても応じると仰ってます」
マスターの問いに使者が答える。それを聞いたマスターと使者以外はまた舌打ちをしたくなった。
マスター以外の要求を一切拒絶する事でマスター以外の望みは一切聞かないと言っている。また、自分達に奪いに来るなと言い、更にはマスター自身も自分から離れる事を許さないと言っている。これでは一旦王の元へ行ってから、マスター自らが逃げ出すという手も使えない。
そして、マスターを手に入れる為なら、自分の命すら惜しくないと言ってきている。冗談抜きで王はマスターを手に入れる為なら、己の全てを捧げると言っているのだ。マスターを手に入れる為なら、自分の命すら対価にしてもいいと熱烈に愛をアピールしつつ、変な要求を自分にしたり、また変に自分の愛を拒否したら、場合によっては自分は死ぬぞと脅してきてもいる。
ここまで来ると、狂っているとしか言えない。本気であの王はマスターを愛し過ぎて狂っている。なんて熱烈かつ狂気的な愛だ。
「こちらからの問いは以上です。少し、仲間内で話し合ってもいいですか?」
「それを要求されたら、王からその日中に返答を貰えるなら、待てと言われています。ちなみに明日以降まで話し合いが続いた場合も私は死にます。本日中に結論を出せるなら、いくらでもお待ちしますよ」
マスターの言葉に使者はあっさりとそう答えた。その言葉にもマスターと使者以外はまた舌打ちをしたくなった。
結論は出ない、先延ばしにするという手は使えないと言っている。しかも、今日中に話しを終えられないなら、また使者を殺すと脅して来ている。余程、未練なく自分達を別れさせたいらしい。そして、マスターに何の心置きなく自分の元へと来いと言っている。
冗談じゃないと思った。誰がお前なんかにマスターを渡すものか。そんなに自分達を殺して死にたいなら、勝手に自分達を殺して死んでくれ。
マスターと使者以外は本気でそう思った。
「さて、何を話そうか?」
「じゃ、俺に進言の許可を出して欲しいっす、マスター」
「はい、マンドリカルド。どうぞ」
マスターの言葉にマンドリカルドが即座に手を上げた。そんなマンドリカルドにマスターはあっさりと許可を出す。しばらく迷うように考え込んだが、すぐにマンドリカルドは口を開いた。
「俺は王からの要求を一切拒否する事を進言するっす」
その言葉に反応したのは、使者だった。一瞬だが、ぴくりと顔が引き攣る。だが、すぐに元に戻り、何も言わなかった。散々、王から要求が拒絶されたら死ねと言われたのだ。さすがにそうなったら、あの王の使者として選ばれるくらいに有能でも多少は怖さとかあるだろう。もしくは、使者としての使命を果たせない恐怖からか。自分は王の使者という大役を任されておきながら、果たせず、死んでしまうのかという恐ろしさからか。
マスターはそれを確認すると、マンドリカルドを見た。そんなマスターにマンドリカルドは容赦なく言う。
「要求に応えても、俺らには何もメリットはないっす。また、拒否すれば、俺らは本日中に欲しいものを手に入れられ、かつあんたを守る事もできるっす。拒否した場合のデメリットは、せいぜい使者さんが死ぬ事だけ。なら、こんなクソな交渉自体、応じる事はないっすよ」
「ありがとう、マンドリカルド。嫌な役を引き受けてくれて」
マンドリカルドの言葉にマスターはにっこりと笑いながら、そう言った。そんなマスターにマンドリカルドはいえと言いながら首を緩く振る。
そう。マンドリカルドの指摘は何も間違っていない。王の要求に応えても一切良い事はない。せいぜい、使者の命を守れる程度だ。
マンドリカルドはそれを使者の前で指摘する事で自分達の意思をマスターに伝え、また嫌われる悪役も買って出たのだ。そんなマンドリカルドの心遣いを分かりながら、しかしマスターは答える。
「でも、君なら分かるよね?目の前に助けられる命があるなら、可能な限りは俺は守るって。それが、どんなに俺達の未来には無意味な事でもするって、君なら、分かるよね?」
「分かってるっすよ。分かってる上で進言させて貰ってるんすから。あんたの気持ちも何もかも分かった上で言ってるんす」
マスターの言葉にマンドリカルドも笑いながら、答えた。やはり、マスターは全てを分かった上で応じようとしているのだ。
「なら、俺らはあんたに従います。あんたの意思を尊重します。俺らはあんたのサーヴァントなんで。ただ、心配とかしている事自体は伝えさせて欲しいっす。俺らがあんたの身を案じている事自体は伝えさせて欲しいっす」
「ごめんね、マンドリカルド。言い辛い事を言わせて」
「いいんすよ。あんたはそういう人だから、俺らは好きなんす。俺がこれを言ったのは、俺があんたの一番のサーヴァントであんたの恋人なんで、代表して言わせて貰っただけっす」
マンドリカルドの言葉にマスターは笑いながら、言った。そんなマスターにマンドリカルドも笑いながら、そう言うのだった。そんな二人を見て、仲間はふっと表情を緩めた。王の使者ですら、軽く目を見開いて二人を見た。すぐに戻ったが。
マスターの旅は、そういうものだった。数多くの特異点や異聞帯の旅は終われば消える。でも、マスターはそれを分かっていても、守れるものは守ろうとした。消えてなくなると分かっていても、出来る限り最善を尽くした。無意味と分かっていても全力を出して抗った。
そんな彼だからこそ、マンドリカルドはマスターが好きだった。隣に立って、一番のサーヴァントとして活躍するべく、強くなろうと日夜己を鍛えて成長をしようとしている。守れる時は守り、間違った選択をしたら正し、少しでもマスターの力になろうとしている。だからこそ、誰よりもマスターと対等であろうとしている。誰よりもマスターを尊重しながらも、嫌な事は嫌だとはっきりと言う。誰よりもマスターに近い存在の恋人としている為に。
そして、そんなマンドリカルドだからこそ、マスターも好きになったのだ。
「んで?あの傲慢な王様には、どんな要求をするつもりなんすか?」
「あれ?マンドリカルドでも、分からないの?俺の恋人なのに?」
「あんたの口から、言う事に意味があるんすよ、マスター」
マンドリカルドがにやりと笑いながら尋ねると、マスターはふふっと笑いながら、揶揄うように尋ね返す。そんなマスターにマンドリカルドも笑った。仕方ないマスターだ、仕方ない恋人だと言わんばかりに目を緩める。
そんなマンドリカルドから視線を外すと、マスターは使者に振り返り、体を向けた。しっかりと使者に向き合ってその目を見つめる。青い瞳は強い意思を宿し、傲慢な王の使者に告げる。
「俺の要求はただ一つです。これから言う言葉をマンドリカルド王に伝えて下さい。他は何もいりません。それを伝えるなら、俺は恋人と共に貴方が許す限り城に近づけるだけ近づき、そこから先は貴方の元へと一人で行くと約束しましょう。仲間達にも貴方から俺を奪ったり取り返す事はさせないと約束しましょう」
「分かりました。貴方様の要求を受け入れます。何なりとお申し付け下さい、リツカ様」
リツカの言葉に使者は頭を下げる。あまりにも誇り高き王の交渉相手に使者は最大限に配慮と敬意を払う。こんな大役を任された自分はなんと幸運なんだと感動しながら。こんな方だからこそ、我らの王は心底惚れたのだと納得した。全てをかけて、己の命をかけてまで欲しがるのだと。誰よりも気高く美しい人に最大限の配慮と敬意を示しながら、言葉を待つ。
「俺達は貴方の流儀に従いますよ、マンドリカルド王。俺達は俺達が欲しいものを得る為に貴方に略奪を仕掛けます。嫌なら、阻んで下さい。全力を持って阻んで下さい。誇り高きタタールの王、傲慢な暴君で略奪者」
そこまで言うと、マスターはにっこりと笑って言った。
「全面戦争をしましょう、マンドリカルド王。俺と貴方の全てを使って。貴方との決着をつけます。貴方の望み通り、貴方は俺が殺します。俺の愛で貴方を殺します。貴方との全てを終わらせ、俺達が未来に進む為に」