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2026 06/19
[chapter:聖杯略奪]
「マスター!」
マスターの旅の話が終わると、名前を呼ぶ声と衝撃音、そして豪快な音と共に扉が開かれた。バタン!と開かれた扉の向こうには足で蹴って扉を開けたのか、足を下ろすマスターのマンドリカルドと他の仲間がいる。仲間達は部屋の中に入るとマスターに声をかけた。
「すんません、マスター。戦争中に」
「いいよ、マンドリカルド。目当ての物は見つかった?」
「あぁ、これだ」
声をかけてきた恋人のマンドリカルドにマスターは笑いながら、答える。そんなマスターにヘクトールが持っていたのを見せるように差し出した。
デュランダル。ヘクトールが使っていたと後世に伝わる剣。ヘクトールの物ともローランの物とも違う剣だが、デュランダルだと分かった。
そして、見て分かった。これは聖杯が姿を変えた物だ。これこそが、自分達が求めていた聖杯なのである。
「やはり、それか…お前達の狙いは…」
ヘクトールに差し出されたデュランダルを見て、王は呟いた。そんな王をマスターは見る。
「分かっていたのですか、マンドリカルド王?」
「あぁ。城を歩き回るお前の仲間を見てな。だから、一番に守りを固めていたんだが…」
マスターの言葉にそう返すと王は天を仰いで呟く。
「そうか…あれを突破したのか…あいつらは負けたのか…」
それだけ呟くと王は静かに目を伏せた。しばらく黙っていたが、緩く首を振ると目を開く。そんな王にヘクトールが声をかける。
「そうだ、マンドリカルド王。我々は略奪を終えた。ここからはマスターのサーヴァントとして、この戦争を見守らせてもらう」
「許す。有り難く思え」
ヘクトールの言葉に王はあっさりと答えた。その言葉を聞いた仲間達は一歩だけ下がり、二人の戦争を見守ると意思表示する。そんな彼らを見た王はマスターを見た。
「次はお前の番だ、リツカ。どんな一手を出す?」
「では、次の一手はこれにしましょうか。マンドリカルド王、貴方は聖杯…いえ、デュランダルにどんな願いをしたのです?」
王の問いにマスターが問いを返す。それを聞いた王はにやりと笑った。
「お前なら、分かるんじゃないのか?」
「流石に全部は分かりませんね。一つは予測できますが…あぁ、もし複数あるのなら、答えられる範囲で結構です」
「そこまで見抜いていたか…流石だな…」
王の言葉にマスターは笑いながら返した。それを聞いた王は笑みを引っ込め、考えながら呟く。
「そうだな…最初は『ロジェロに勝つ』…だったと俺は思っている…」
「なるほど。貴方はロジェロとの戦いの前にはデュランダルとなった聖杯を得ていたのですね。そこまでは、うちのマンドリカルドと一緒です。まぁ、彼が手に入れたデュランダルは願いを叶えるものではありませんでしたがね」
「この時点では確認していないから、断言できないがな」
王の答えにマスターは頷く。マスターの言葉に王はそう言って補足した。だが、十分納得できた。
マンドリカルドはロジェロに負けて死んだ。それが正しいマンドリカルドの歴史だ。少なくとも、自分の世界では。しかし、聖杯ならそれが覆せる。それだけ聖杯は危険な存在なのである。
「次に『ヘクトール並みに頭が良くなりたい』と願った。殆ど決意表明のようなものだったがな。だが、ここで自分の頭が良くなったのを自覚したから、俺のデュランダルは願いを叶える物だと分かった」
「貴方らしい願いですね。そして、貴方の頭の良さの原因が分かりましたよ。どおりで、頭が良い行動をする訳です。大英雄ヘクトール並みの頭の良さなのですから」
王の言葉にマスターは頷いた。どおりで、苦戦する筈だ。ヘクトール並みに頭がいいのだから。
だが、王は願いを間違えた。あくまでも、ヘクトール『並み』なのである。『並み』だから、本当のヘクトールの頭の良さには勝てない。自分達の勝因は仲間のヘクトールが本人であり、マンドリカルド王に頭の良さで勝っていたからだ。
もし、ヘクトール以上に頭が良くなりたいとかだったら、もっと苦戦、いや下手したら負けていたかもしれない。そう思うと身震いしそうになる。
「願いを叶える物だと分かったから、性能やら何やらを確かめる為に次に願ったのは『物に一つの機能をつけられる魔術技能が欲しい』にした」
「何故、そこで魔術に関するあらゆる力にしなかったのですか?それを願われていたら、貴方は俺の仲間がサーヴァントだと気付いていた。最悪、俺は貴方から逃げられなかったでしょうに」
王の言葉にマスターは尋ねた。そう、マスターはこれも分からなかった。聖杯が複数願いを叶えるタイプのものと仮定した時にこの願いは仲間と話して分かったが、何故魔術に関するあらゆる力ではなかったのかは分からなかった。王が魔力探知等の力を得ていたら、仲間がサーヴァント…自分の使い魔だとバレてしまっていた。そして、もっと策を打たれていた。そうなったら、最悪、自分は王に全て奪われていたかもしれない。それも酷い状態で。
その意図を察した王はため息混じりに呟いた。
「あえて限定的にしたのは、限定的にすれば願いを叶える為の力の消費が減るかどうか知りたかったんだ。あと、タタールはあまり魔術に馴染みがない。強力過ぎる魔術は下手したら敵を無駄に作り、国を治めるのに無駄な障害が出来かねん。だから、少しだけ魔術を使えるようにしたんだ」
王の言葉にマスターは思わず唸った。なるほど、二つの意図から、この願いにしたのかと。確かに納得できる。
「そしたら、消費が減ったからな。以降の願いは条件を敢えてつけ、消費を減らした。ちなみに、これ以降の願いはたいした物じゃないから、言わない。割とくだらないからな」
マスターが納得したのが分かった王は不機嫌になりながら、そう答えた。そんな王を見て、マスターはもう一つ疑問に思っていた事を尋ねる。
「では、それを踏まえて質問しましょう、マンドリカルド王。何故、貴方はデュランダルに俺が貴方を好きになるように願わなかったのです?」
「願ったさ。お前が好きだと自覚した後、すぐに。でも、できなかった。願いを叶える為の力が減り過ぎてできなかったんだ」
マスターの意図をまた察した王は吐き捨てるように答えた。ため息混じりに呟く。
「ある程度、願いをできるように力を残しておいたつもりだったが、その前に願い過ぎた。その願いを叶える為の力は、もう無かったんだ。それが分かった瞬間、自分の馬鹿さ加減を呪ったよ。もっと力を残しておけば良かった。せめて、魔術技術を手に入れた辺りで、やめておけば良かったって」
忌々しそうに呟く王を見て、マスターは納得した。だから、王は他の願いを言わなかったのか、自分は王を好きにならなかったのかと。他の願いのせいで、一番叶えたい願いが叶わなかったのだから。
聖杯が複数望みを叶える物だと推測してから、マスターは何故、王がこれを聖杯に願わなかったか、ずっと疑問だった。一番の疑問だった。
ここまで自分を欲しがる王の事だ。聖杯が複数願いを叶えるものだったら、自分が好きだと分かったら、即座に叶えていた筈だ。ヘクトール並みに頭が良くなくても、願いを聖杯に叶えさせるのは容易に想像できる。
だが、自分はずっと恋人を愛していた。王ではなく、恋人を思っていた。だから、おかしいと思ったのだが…
そうか、できなかったからだったのか。
それが分かったマスターは心底安堵した。流石にこれを願われていたら、自分はここにこうしていられなかっただろう。ある意味、頭が良かったからこそ招いた王の失策に自分は救われたのだ。
「もういいか?これに関しては、もう考えたくない位なんだ。これ以上は無意味でもあるし」
「そうですね。なら、次に行きましょうか」
忌々しそうに吐き捨てるように呟く王を見たマスターは空気を変えようとそう言った。それに王も乗ったのか、表情を戻した。