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2026 06/19

[chapter:対戦]





「貴方の番です、マンドリカルド王。貴方の次の一手は何にしますか?」
「ふむ…」
マスターがそう言うと、王は軽く呟いた。何か確認するように手を何度か握ったり開いたりし、軽く体を動かす。
「お前の仲間も来たしな。せっかくだから、お前の恋人との対戦を要求しようか。ガンドとやらの術の効果も無くなったようだし」
そう言って、王はベッドから立ち上がった。そんな王を見て、マスターは声をかける。
「せっかくだから、ヘクトールとも対戦しませんか、マンドリカルド王?」
「…何?」
マスターの言葉に王は振り返る。自分を見つめる王にマスターは笑いながら、答えた。
「今の貴方なら、分かるでしょう?初日に語った俺の所にいるヘクトールが、本物のヘクトールだって。死後の彼ですが」
「いるのか…この中に…」
マスターの言葉に王はぽつりと呟く。そんな王にマスターは一人の人物を指差す。
「彼がヘクトールですよ。貴方から奪ったデュランダルを持っている彼が」
マスターの言葉に王は、そちらを向いた。長い茶髪を一つに束ね、自分のデュランダルを持っている顎に髭のある中年の男性。見た目はタレ目なせいか、穏やかに笑っているように見えるが、深い緑の瞳には一切の隙はない。
なるほど。初日に彼が語ってくれた通りの人物だ。
だが、王は黙ったまま、彼を見た。何か考え込んでいるのか、マスターのヘクトールを見つめてはいるが、何も言わない。迷っているであろう王を見て、マスターは声をかける。
「彼は俺に戦闘指揮などを教えてくれますよ。戦場でも戦士として戦ってくれます。あと、彼から、諸々の助言を受ける時もありますね」
「……」
迷う王を見て再度マスターが声をかけるが、彼は黙ったままだ。すると、マスターは王から視線を外し、ヘクトールに声をかけた。
「オジサン。良かったら、マンドリカルド王と話してくれない?」
「お、おじ…?!」
「はいよ、マスター。ま、お前さんの『命令』なら、仕方ないね」
ヘクトールに声をかけるマスターに王はぎょっとしながら、叫びかけた。自分の憧れの大英雄を『オジサン』呼びするとは!確かに見た目は中年の男性だが!!
だが、ヘクトールはそれには何も言わなかった。それどころかマスターの意図を察し、敢えて『命令』だと言う。そして、ちらりと王を見て付け加える。
「ま、お前さんの戦争相手のマンドリカルド王もそれを望むなら、と条件がつくがね、マスター」
「…そうか」
ヘクトールの言葉に王はそれだけ呟いた。またしばらく考え込むが、ようやく考えが纏まったのか、マスターの方を向く。
「お前のヘクトールとも、対戦していいか?」
「勿論ですよ、マンドリカルド王。ぜひ、心ゆくまで対戦して下さい。俺の恋人ともね」
「感謝する、リツカ」
王の一言を聞いたマスターはにこりと笑いながら言った。王が簡単に礼を述べると、マスターはまずはヘクトールを見る。
「じゃ、『命令』していいかな、オジサン?」
「分かった、マスター。喜んで、その『命令』を受けるよ」
マスターの言葉にヘクトールは頷きながら、返事する。次にマスターは自分の恋人であるマンドリカルドを見た。
「マンドリカルド。君は?」
「俺も構わないっすよ。むしろ、俺からも請求したいくらいっすね」
マスターの言葉にマンドリカルドは王の自分をちらりと見た。そんなマンドリカルドに王は唇を歪めて笑いながら、挑発するように見返す。一瞬だけ、二人の視線が交わり、火花のようなものが散った気がした。
「俺のサーヴァント達が『命令』を受諾しましたので、貴方の要求を受け入れます、マンドリカルド王。彼等と心ゆくまで対戦して下さい」
「こちらの要求を受け入れてくれた事に改めて感謝する、人類最後のマスターであるリツカよ」
自分のサーヴァント達の返答を聞いたマスターは王にそう言った。それに王は軽く礼を言うと歩き出す。
王が歩いた先はヘクトールであった。まずは、こちらから対戦するようだ。ヘクトールの前まで来ると、王は胸に手を当て、恭しく頭を下げる。
「初めまして。トロイアの戦士にして守護者、九偉人にして大英雄の兜輝くヘクトール殿。俺の名はマンドリカルド。タタール国を治める王です」
ヘクトールに対し、王はそう名乗った。どうやら、彼はマスターのヘクトールを自分の尊敬する大英雄ヘクトールとして認識しているようだ。
それに対し、ヘクトールも同じように胸に手を当て、恭しく頭を下げる。
「マスターのサーヴァントが一人、ランサーのヘクトール。残念ながら、今の俺はマスターのサーヴァントの一人でしかないから、貴方がそこまで畏まる必要はないですよ、マンドリカルド王」
「いや、しかし…貴方は俺が憧れ、尊敬する『ヘクトール』でもあるので…」
あくまでも、マスターのサーヴァントの一人のヘクトールとして、彼は名乗った。そんなヘクトールの言葉を聞いた王は顔を上げて、反論するように呟くと。それを聞いたヘクトールも頭を上げた。
「マンドリカルド王。確かに生前の俺はトロイアの英雄の『ヘクトール』であったが、今の俺は貴方の対戦相手のマスターのサーヴァントの一人でしかない。あくまでも、貴方の敵だ。だから、貴方がそこまで畏まる必要はないですよ」
「そう…ではあるが…」
ヘクトールの言葉を聞いた王は何か言いかけるが、うまい言葉が見つからないのか、それ以上は何も言わない。そんな王にヘクトールはにこりと笑いかけた。
「んじゃ、こうしましょう、マンドリカルド王。お互い、全部とっぱらちまおう」
「え?」
ヘクトールの言葉を聞いたマンドリカルド王は目を見開いて彼を見つめた。そんな彼にヘクトールはにこにこ笑いながら言う。
「これ、いくら話しても平行線にしかならねぇわ。なら、もういっそ、ただの『ヘクトール』とただの『マンドリカルド』で話そうや。ま、うちにもマンドリカルドがいるから、オジサンはお前さんをマンドリカルド王と呼ぶがね」
「な…!」
ヘクトールの言葉を聞いた王は更に目を見開いた。いきなり、ヘクトールが自分に対して態度を崩し、気楽に話しかけてきたからだ。そんな王にヘクトールはわざとへらへらと笑いながら話しかける。
「だから、気楽に行こうぜ、マンドリカルド王。お前さんの事だ。どうせ、今までマスターと全力で戦争してたんだろう?」
「そう…でも…あるが…」
「あんまり気を張ってると疲れちまうよ、マンドリカルド王。お前さんの本命との対戦が疎かになっちまうだろ?オジサンもそれは本意ではないし」
ヘクトールの言葉に尚も抵抗するように王はぽつりと呟く。そんな王にヘクトールは笑いながら、そう言った。途中でちらりと自分達のマンドリカルドを見る。が、すぐに視線を逸らすと、また王に向き合って笑いかける。
「なら、オジサンとは肩の力を抜いて対戦しようや、マンドリカルド王。気楽にな」
「…なるほど、貴方らしいな…ならば、そうさせてもらおうか」
ヘクトールの言葉を聞いた王は、ようやく受け入れた。体から力を抜き、わざと自分の肩と腰に手を当てる。自分はそちらの提案通りにくつろいでいると主張する為だ。
それを見たヘクトールは王が完璧に自分の提案を受け入れてくれたと判断し、わざと服のポケットから煙草を取り出した。煙草に火をつけて吸い、煙を吐く。そんなヘクトールを見た王は信じられないものを見るように目を見開いた。
「…貴方は煙草を吸うのか」
「オジサン、喫煙家だから。普段はマスターの前では吸わないが、今はいいだろう?この方が分かりやすいし」
「…そうか」
驚く王にヘクトールはそう答える。意図を察した王はそれだけ答えて笑った。そんな王にヘクトールは穏やかに笑いながら、話しかける。
「さぁて…何を話して対戦しようか…お前さん、オジサンに聞きたい事はあるかい…?」
「そうだなぁ…どうしようか…?正直に言うと、貴方に何を聞いていいか、分からないんだ…確かに、もしも貴方に会えたらと考えた事は数え切れないほどあるし、当時は山程に思いついたが…今は全部、吹っ飛んでしまった…これは困ったな…」
笑いながらヘクトールが尋ねると、王は困ったように笑った。できるだけ適切な言葉を探そうと考えながら言っているが、それでも分からないのか、素直に胸の内を曝け出す。そんな王を見たヘクトールはまた煙草を吸って、煙を吐いた。
「んじゃ、お前さんが心底惚れているマスターの話でもするかい?オジサン視点だがね。どうせ、マスターの事だ。その辺は話してないだろう?」
「そうだな…貴方視点のリツカの話を聞くのも悪くない…貴方とリツカの話なのだから…」
「んじゃ、マスターの話をしようかね、マンドリカルド王」
ヘクトールの提案に王は乗った。そんな王にヘクトールは語り出した。
自分がマスターの元へとやってきたのは、割と旅の始めの頃。しかも、別の自分が現れた『オケアノス』の直後だと言う。ある意味、最悪なタイミングで来てしまったと彼は笑う。
別の自分のせいで、マスターの好感度や信頼度が最低だろうと考えた自分は必死になり、手を尽くした。武器の為と言い訳を出して、わざとシミュレーターという特殊な機器を使った戦場で百体の敵と戦ったり、自分の持っている知識をマスターに教えたり、戦術を指導したり…とにかく、必死になって自分の有用さを教える為に手を尽くしたと言う。
「オジサン、そこまでしなくていいよ。俺達、うちのオジサンと『オケアノス』のオジサン、全くの別人だと分かっているからさ」
ある日、マスターはそう言ってきた。あんまりにもあっさりと言われた言葉に自分は驚いたと語る。そんな自分にマスターは更に言い放つ。
「普通にこき使うから、安心して。戦士としても戦って貰うし、知将とかの観点からも戦闘関係とかも教えてもらう。だから、無駄に考えなくていいんだよ、オジサン。確かにオジサンは頭良いけど、頭良すぎて余計な事まで考えてるよ」
あっさりと言われた言葉に自分はしばらく呆然としてしまった。間接的に自分は馬鹿だとすら言われたのだが、だが何故か妙に納得してしまったと言う。確かに、自分は考え過ぎていたようだし、やり過ぎだったと気付いたからだ。
それから、自分は少し手を抜いた。気楽に構えつつ、だが言われた事はしっかりとこなしていく。そんな自分をマスターは信頼してくれ、頼るようになってきてくれた。ランサーが有利な戦場なら真っ先に戦力として使うし、戦術等で分からない事があれば容赦なく聞いてくる。時には素材の在庫管理などの雑用にすら使う始末。本当に情け容赦なく、自分をこき使ったのだ。
そのお陰か、マスターの能力はめきめきと育っていった。最初は覚束なかったり不安な部分もない訳ではなかったが、徐々になくなっていった。自分の教えた戦術を駆使し、誰よりも有利に戦場を動かし、自分達を使いこなして勝利していく。あらゆる意味で頼もし過ぎるマスターだ。
自分を頼ってくれるマスターが嬉しくて、表面上は適度に手を抜きながらも、裏では誰よりも手を回した。良くも悪くもカルデアは様々なサーヴァントがいるので、決してマスターに危険が及ばないようにあらゆる手を尽くす。頭のいいマスターの事だから、きっと気付いているとは思うが、何も言わない。その辺は知らん振りし、触れようとすらしない。
今では他にも頼りになるサーヴァントはいるが、古参だからと何かと自分を頼ってくれるマスターが自分は可愛くて仕方ない。自分の教えるあらゆる事を貪欲に吸収して成長していくのも見ていて楽しいし、その成長振りを見る度に自分が手塩にかけた成果を実感できる。あらゆる面で自分の心を捉え過ぎている。思わず、自分のトロイア認定してしまった位だ。きっと、このマスター以外に自分がここまで心を許す事はないだろう。
それくらい、マスターの人心掌握の能力は高過ぎた。更に他の能力もめきめき成長していったせいか、あらゆる意味で他の追従を許さない。マスターの能力面の欠点と言ったら、魔力が最低ランクである事くらいだ。冗談抜きで、それしか欠点がない。なのに、中々自分の能力の高さを自覚してくれないから、本気で困っているそうだ。
「ま、こんな所かな…」
そこまで語ると、ヘクトールはまた煙草に口をつけた。煙を吸うと、吐き出す。そして、王に尋ねた。
「他にオジサンに聞きたい事はあるかい?」
「では、貴方が俺に言いたい事を言って下さい。貴方の口から、貴方が俺をどう思っているか知りたいです」
ヘクトールの語りが終わると王は迷いながらもそう言った。緊張に体を強張らせ、ヘクトールに向き合う。そんな王を見たヘクトールは煙草を吸って煙を吐いてうん、と一つ頷くと言った。
「んじゃ、これを伝えとくわ、マンドリカルド王。マスターを愛してくれて、ありがとうな」
その一言を聞いたマンドリカルド王は目を見開いた。驚きのあまり、固まってすらいる。しばらくすると、考えながら迷いながら王は口を開いた。
「その…俺は貴方が大切にしているマスターに…酷い事をしたのだが…」
「まぁ、やり方自体は良くなかったね。実際、オジサンもお前さんの愛し方には怒ったし、怒り狂った。だが、それを言うのはオジサンじゃないよ」
王の言葉にヘクトールはちらりとマンドリカルドを見る。
「その辺は、マスターの一番のサーヴァントでマスターの恋人である、うちのマンドリカルドに任せてあるから、対戦時は心するように」
「…そうですか」
ヘクトールの言葉に王もマンドリカルドをちらりと見た。彼は不機嫌そうな顔をしながらも黙り込んでいる。視線を意図的に逸らし、二人を見ようともしない。そんなマンドリカルドからヘクトールが視線を逸らすと、王も目を逸らした。改めて二人は向き合う。
「お前さん、良くも悪くも愛情が深いんだよねぇ…オジサンみたいに…やり方とかが違い、様々な要因が違ったら…お前さんはマスターの最高の恋人になれたかもしれないなぁ…」
そう言いながら苦笑すると、ヘクトールはまた煙草を吸った。深く吸い込むと、一気に吐き出す。まるで、言いたい事を全部吐き出すように。そんなヘクトールを王は黙って見つめる。
「『フライドポテト』がいい例だ。あれは良かった。オジサンも、あれだけは素直に認めているよ」
「…そう、ですか」
ヘクトールの言葉に王は複雑そうな顔をしながら、ヘクトールから視線を逸らして呟いた。王はあれを『傲慢な暴君の略奪者』の自分らしくないと思っていたが…
そうか。あのやり方なら、良かったのか。
「ただ、それでもお前さんはマスターの恋人にはなれなかっただろう。マスターが恋人に求めているのは、あれとは違う。お前さんの事だ。随分見ないように、聞かないようにしていたが…いい加減、分かっているだろう?」
「……」
ヘクトールの言葉に王は今度何も言わなかった。ただ黙り込み、俯いている。そんな王にヘクトールも何も言わなかった。また煙草に口をつけると煙を吸い、吐き出す。
「他に何かあるかい?」
「いえ…他には何も…」
ヘクトールの言葉に王は緩く首を横に振った。その顔は穏やかに笑っていた。
もう聞きたい事は聞けた。十分過ぎるくらい話した。尊敬し、憧れた大英雄と話せた。満足できた。
「ありがとう、ヘクトール殿。貴方と対戦できて良かった」
幸せそうに王は笑いながら、礼を言った。そこにいたのは『誇り高きタタールの王』ではなく、『傲慢な暴君の略奪者』でもなく、一人の大英雄に憧れる、ただの『マンドリカルド』だった。
「そいつは、どうも。お前さんも、十分休めたようだしな」
王の笑顔を見たヘクトールも満足そうに笑った。そのまま、ちらりと自分の仲間のマンドリカルドを見る。
「じゃ、次に行くか。お前さんの本命の対戦相手。言っておくが、マスターの一番のサーヴァントでマスターの恋人でオジサンの可愛い後輩でもある彼はオジサンみたいに甘くはないよ?あらゆる意味で、うちで最強のサーヴァントだしね」
煙草を床に落としてブーツで踏み締め、火を消すヘクトール。対戦が終わりなのを意図的に伝える為にも、ヘクトールはそうした。それを察した王は軽く礼を言う。
「忠告、どうも。感謝する」
ヘクトールの言葉に王は顔を引き締めた。先程までの穏やかで幸せそうな笑みは消え、傲慢な笑みさえ浮かべる。そして、ヘクトールの前から去った。
ただのマンドリカルドは『誇り高きタタールの王』で『傲慢な暴君の略奪者』のマンドリカルドへと戻ってしまったのだった。

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