WHICH?

2026 06/19

[chapter: WHICH?]





「早いね、マンドリカルド!待たせちゃった?」
立香が待ち合わせ場所に行くとそこにはマンドリカルドがいた。スマホを見ているマンドリカルドに立香が謝りながら駆け寄る。すると、彼は顔を上げて立香を見て、スマホをしまった。
「いや、俺も今、来た所っすよ」
「うっそだー。マンドリカルドはいつも約束の十分前には来ているじゃないか」
「待たせるよりは良いかなって思ってて…」
「やっぱり、早く来ているじゃん。俺ももうちょっと早く来れるようにしないと…」
「俺が勝手に早く来ているだけなんで、あんたは気にしないで下さい」
眉を下げて笑いながら言うマンドリカルドに立香は頬を膨らませながら言った。まるで子供のように拗ねる立香を可愛いと思いながら、マンドリカルドが返すと、立香は少しだけ目を伏せて言う。
「君ばかり待たせるのは悪いよ」
「あんたと一緒に遊びに行くのが嬉しいから、早く来ているだけなんで。だから、気にしないで下さい」
気まずげに言う立香の言葉を嬉しいと思いながら、マンドリカルドは返した。陰キャな自分なんかにも優しい立香。彼のこういう所もマンドリカルドは好きだった。
短い眉を下げて嬉しそうに言うマンドリカルドに立香は軽くため息をつく。
「…マンドリカルドのそういう所、どうかと思うよ」
「そっすか?俺、正直に自分の気持ちを言っているだけなんすが…」
「そういうとこー」
立香の呟きにマンドリカルドがそう言うと立香はまたため息を吐いた。が、すぐに顔を上げるとマンドリカルドの手に自分の手を絡める。それを見たマンドリカルドは灰色の鋭い目を軽く見開いた。
「ここに時間を割いちゃうのは勿体ないか。このお祭り、夕方になると混んじゃうから、ここまでにしておくね」
「…っすね」
半ば強引に手を繋いだ立香はそれだけ言うと歩き出した。マンドリカルドも頷くと歩き出す。いつもと違って隣は隣だけど、引っ張っているからか、半歩程前を行く立香。だが、顔はマンドリカルドに向いている。
自分にちゃんと向き合って話をする所が立香らしいとマンドリカルドは思った。立香のこういうちゃんと相手と向き合って話をする所もマンドリカルドは好きだ。
マンドリカルドは立香と繋いだ手にほんの少しだけ力を入れた。離れたくないと思ったから。離したくないと思ったから。
立香は一瞬だけ青い目を見開いたが、すぐに元通りになり、マンドリカルドと雑談しながら、歩いていった。しっかりと繋いだ手を握りしめながら。
顔が熱くなる。何なら、顔にも出ていたかもしれない。
だって、手を繋いで彼と歩くなんてデートみたいじゃないか。
そう思ったのは、どちらだったろうか?
二人はたわいの無い雑談をしながら、歩いていく。顔が赤くなっていたとしても暑さのせいにして。燦々と輝く太陽のせいにして。
そうすれば、少しでも長く手を繋げるから。
「今日は早く来たからか、まだ余裕があるっすね」
「夕方から夜にかけては人が多過ぎて身動き取り辛いのに、今はすいすい歩けるもんね」
澄み渡る青空で日が燦々と輝く中、二人は露天が並ぶ通りを並んで歩いていた。露天からは美味しそうな音と匂いと料理で使われている鉄板の熱が漂ってくる。それに二人は暑い暑いと言い合いながら、入り口付近の露天で買った冷たいレモネードを飲んだ。
汗が頬を伝わり、首筋を滑り落ちて通気性の良い麻の布に吸い込まれていく。
祭りだからと二人は甚平を着ていた。立香は黒と灰色の甚平。マンドリカルドは水色と青のものだ。
折角のお祭りなんだから、浴衣か甚平を着て行こう。
そう言ったのは立香だった。それに頷いたマンドリカルドだったが、別れてから慌ててリサイクルショップに駆け込んだ。浴衣も甚平も持っていなかったからだ。
男用のはあるだろうか?と浴衣のあるエリアを探していると、鮮やかな青が目に飛び込んできた。それを見たマンドリカルドは思わず目を見開いた。
立香の瞳みたいな鮮やかな青の甚平だったからだ。値段を見ると千円以下と手頃でもあったので、即座に買った。
立香は家にあったのを着てきた。昔ながらの甚平。祖父が着ていたらしいそれは今でも使えるように大切に保管されていた為、着てきたのだ。
他にも無かった訳ではないが、これを選んだのは同行者がマンドリカルドだったからなのは間違いない。
「はぁ、暑いな。次はかき氷にしよ」
露天で売っていたレモネードを飲み終わった立香はそう言うとタイミング良く見つけたかき氷屋に近寄った。マンドリカルドも飲んでいたレモネードが無くなったので、自分もかき氷を買おうと立香の後を追う。
この祭りは開催する時期が時期だからか、雨になる事が多いのだが、今年は晴れ。しかも快晴だ。上からは太陽の日差しが、下からは前日まで降っていた雨のせいか、アスファルトの熱が湿気と共に何とも言えない不快な匂いを漂わせて漂ってくるので、暑さが尋常じゃない。
今年の夏は酷暑だろうな。
祭りの露天が並ぶ通りを歩きながら、二人はそう思った。
「マンドリカルドは何を食べる?」
「そうっすねぇ…日向夏ってのが珍しいから、それにします」
「王道以外のやつか。じゃ、俺は王道のやつから、選ぼうっと」
かき氷の露天に来ると、そこには多種多様なシロップの入った瓶がずらりと並んでいた。露天の台一杯にシロップの瓶が並んであるので、本数を数えるのが億劫なくらいだ。その中から、マンドリカルドは珍しい日向夏を選び、立香は悩んだ末にブルーハワイにした。
料金を払う時、露天の店主らしい若い女性がお兄さん達の甚平姿、格好良いね、お祭り楽しんでいってねと笑いながら言ったので、マンドリカルドは黙ったまま小さく首を縦に振り、立香は笑顔でありがとうと返して去った。
「日向夏って、どんな感じ?」
「何というか…微妙に甘いだけじゃない味がするような…?もしかして、柑橘系のものも入ってんすかね…?」
「今まで、かき氷のシロップは甘味料と食紅だけだったらしいから、何か足しているのかもね」
立香の問いにマンドリカルドが首を傾げながら答えると彼は笑いながら返した。食文化の進歩だと笑いながら、自分の瞳の色のように青いかき氷を食べていく。
立香がスプーンを兼ねているストローで掬ってかき氷を食べていく度に開いた口の隙間から青い舌が見える。それにマンドリカルドは鼓動が激しくなったのを感じた。煩悩を振り払うように緩く首を振ると、改めて隣の立香を見る。
「次は何を食べます?」
「お腹空いたから、ご飯系のを食べに行こうよ。あと、神社にお参りに行かないと。神社近くには食べるスペースがある店もあるしね」
マンドリカルドの問いに立香がそう言うと、それもそうっすねとマンドリカルドも頷いた。二人並んで神社に向かう。勿論、道中の露天でも食べ物を買うのを忘れない。昨今の値上げラッシュからか、以前より値段が上がっているが、なるべく安くて腹が膨れ、分け合えるものを選んでいく。
学生はお金が無いのだ。
神社の入り口にまで来ると人の往来は激しくなる。鳥居を通って境内に入ると太鼓の音が聞こえてきた。祭囃子の音かもしれない。
恐らく神社関係者が神楽を踊る場所らしい舞台の下を軽く身を屈めて潜り、本殿に着く。鈴はないので、そのまま二礼二拍手すると二人はお賽銭箱に五円玉を放り投げて手を合わせた。最後にまた二礼二拍手すると、二人は本殿前から立ち去る。
「おみくじは、どうしようか?」
「今日は屋台で金を使うから、やめときましょ」
「んじゃ、おみくじは初詣の時にしよう。その時に見せ合いっこしようね」
おみくじが準備されている台を見ながら、立香が尋ねるとマンドリカルドは首を緩く振りながら、そう答えた。それに立香もそうだねと頷きながら、その場を後にする。そして、思う。
初詣も一緒に来れるな。
そう思ったのはどちらだっただろうか?
休憩も兼ねて境内の露天を彷徨う。境内の右側は祭の時は広く飲食スペースのある露天が立ち並んでいた。その露天の前に来た二人は立ち止まるとぶら下げられたメニューを見上げて何を頼もうかと話し合いを始めた。
「お兄さん達、二人で来たの?」
「良かったら、私達と一緒にお祭りを巡ろうよ」メニューを見ながら話し合う二人に声がかかる。振り向くと鮮やかな浴衣を着た二人の女性。暑さからか、団扇を仰いでいるが、頬には色のついた汗が流れていた。
マンドリカルドが苦手そうな、いかにも陽キャ二人からの所謂逆ナン。その為かマンドリカルドは居心地悪そうに黙り混むので、立香が口を開いた。
「悪いけど、俺達お祭りデート中なんだ。だから、君達とは行けないよ」
その言葉にえ?と驚愕の声を漏らす浴衣の女性二人。隣のマンドリカルドも切れ長の灰色の目を見開いて立香を見る。
そんな中、立香はマンドリカルドの手を掴むと二人に別れの言葉を言って、その場から去った。
時間が経って日が影って来たからか、人通りが激しくなる。屋台が並ぶ通りは尚更だ。まだ熱気はあるが、いつの間にか陽が落ちたからか、通りを吹き抜ける風は涼しい気がする。
その代わり、二人の繋いだ手は熱かった。来た時の空気より熱い二つの手。だが、二人ともその手を離そうとしない。
まるで、その熱をお互いに確かめるか分け与えるようにしっかりと握り合い、通りを歩いていく。
「ここまで来れば、大丈夫かな?」
「とりあえず、大丈夫かと…」
そう言うと、立香は足を止めて来た道を振り返った。マンドリカルドも境内のある方を見ながら、返す。
露天の並ぶ通りでも少し開けた場所。ここは露天の並ぶ通りでも広く、何もない脇道にも繋がるからか、場所に余裕があった。邪魔にならないように屋台の隣に来た二人は浴衣の女性達が追って来ないか確認するとため息をつく。
「逆ナンなんて、初めてされた」
「俺みたいな隠キャに声をかけてくるなんて…祭の高揚って怖いっすね…」
立香が呟くとマンドリカルドも軽く身震いしながら呟いた。そんな彼を見て、立香は複雑な思いを抱く。
前から思っていた事だが、この男は自分の魅力を分かっていない。体は細身ながらも無駄なくしっかり鍛えられており、顔の作りも精悍。目つきが鋭いせいか、怖い印象を持たれがちらしいが、短い眉はへにょりと下がる事が多いので、少し付き合えばその印象はなくなる。加えて、こちらへの気遣いが過剰な程にあり、優しくて身内には親切だ。
やっぱり、この男は自分の魅力を分かっていないと立香は思った。
「というか、手…」
「あ!」
マンドリカルドが繋いだ手を見ながら恐る恐る言うと立香も繋いでいた手を見た。先程、逃げる時からずっと手を繋いだままだった。慌てふためきながは、立香は繋いでいた手を離す。
「ご、ごめん!暑いのに無理矢理繋いで!!」
「い、いや、そんな事は…お陰で助かりましたし…」
慌てふためきながら、立香は頭を下げた。そんな立香にマンドリカルドも口籠りながらも謝罪を口にする。
しまった。間違えた。立香を困らせてしまった。どうして、俺はこうも間違えてしまうんだろうか?
そう思いながら、マンドリカルドは自分の手を見る。謝る立香も見はしないが、繋いでいた手に意識を集中する。
繋いだ手は熱かったな。折角また手を繋げたのに離れる事になってしまって勿体無い。
そう思ったのはどちらだろうか?
「日も落ちてきたし…そろそろ帰ろうか…」
「そっすね。暗くなったからか、灯りもつき始めたし」
立香の言葉にマンドリカルドも露天が立ち並ぶ通りに吊られた灯りを見ながら返した。昔からある祭りだからか、この祭りで使う灯りは電球がほぼ曝け出された状態だ。通りに沢山吊られた電球達は暗い夜でも来客達が迷わないように煌々と光っている。その光の下、幼い子供から、浴衣や甚平を着た大人達は歩いていく。
赤と青を侵食するように深い紺が広がりゆく空の下、電球は来客が迷わないように煌々と光り続ける。
「来年も来ようよ。今度も浴衣か甚平を着て」
「そうっすね。また浴衣か甚平を着て来ましょう。あんたと来たからか、楽しかったですし」
笑顔で言う立香にマンドリカルドも眉を下げて笑いながら、返す。帰ろう、と声をかけ合い、二人は祭の露天が並ぶ通りではなく、家に繋がる脇道を進んだ。祭を十分に楽しんだから、帰ろうとするのは立香達だけではない為、他にも脇道には帰宅の途に着く人達がいる。
街灯が照らす脇道を楽しくお喋りして歩きながら、思う。
今度は本当に恋人になって本当のお祭りデートとして来たい。
そう思ったのはどちらだったろうか?
それとも、どちらともであっただろうか?
その答えは二人にしか分からない事だった。

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