「緊急招集ーーー!!産屋敷邸襲撃!産屋敷邸襲撃ィ!!」

重なった二羽の鎹鴉の声に、実弥さんとほぼ同時に駆け出す。

「結弦!先に行けェ!お前の方が速い!!」

「わかってます!!」

半ば叫ぶように告げる実弥さんに頷いて、雷の呼吸に切り替える。
足の筋肉に呼吸を集中し、壱の型と同じ要領で蹴り出す。

「っ!(俺はこれ以上何も知らない…!ここからどうなるのか…お館様がご無事なのかすら…!)」

平成の時代に生きていた頃、物語はここまで進んでいなかった。
進んでいたのは禰豆子が太陽を克服し、炭治郎が岩柱の柱稽古を突破するところまでだ。
今までは気にしたこともなかった知識のなさが悔しくて仕方ない。

「(お館様を押し切ってでも護衛をつけるべきだった…!)」

優しい人だ。
優しく慈しみ深い人。
でもそれ以上に、執念深い人だ。
それこそ己の命と家族の命、どちらを犠牲にしてもかまわないと、そう思ってしまうような人だ。
鬼舞辻無惨を斃せるなら、と。

走って走って走って
響き渡った爆音に足を止めず顔をしかめる。

あたりに広がる火薬の匂いと、ほのかに漂う肉の焼ける匂いに、理解してしまった。

「っお館様…!」








「結弦、無理をしていないかい?」

「…無理、ですか?」

眼前で微笑むお館様から問われた内容に首をかしげる。
けれど思い当たる節はなかった。
柱となって数ヶ月、まだ未熟ではあるがその責務にも慣れてきたところだ。

「結弦は心の内を隠してしまうから、私は心配なんだ」

「…え、と…ご心配をおかけして申し訳ありません」

「いいんだよ。親は子を心配するものだ」

優しい声だ。
人は俺の声を美しいだのなんだのいうけれど、お館様には叶わないだろう。

「十と少しで入隊し、十四で柱になった…私が言うことではないかもしれないけれど」

微笑んでいる。
お館様も、お館様の少し後ろで控えるあまね様も。

「結弦は、もう少し周りを頼った方がいい」

周りもそれを望んでいるよ。
そう言って、微笑んでいたのだ。





「っ悲鳴嶼さん!!」

「結弦!奴が無惨だ!鬼舞辻無惨だ!!」

溢れそうになる涙をこらえて、見えた大きな背中に叫ぶ。
その悲鳴嶼さんの前にいるのが…間違いない。
いくら年月が経っていても間違えようもない。

「鬼舞辻無惨!!」

落ち着け落ち着け落ち着け。
怒りにとらわれるな、そんなことで勝てる相手じゃない。
わかっているからこそ、鬼舞辻に向けて無策に抜こうとする右手を左手で抑えた。

ここは物語ではないのだ。

「ーー誰かと思えば、いつぞやの金糸雀ではないか」

いくつもの棘に体を苛まれ、珠代さんに人に戻る薬を投薬され
それでも尚嗤う男に、寒気がした。






その後間も無く、現存してる柱が集合し鬼舞辻に一太刀あびせようとした。
けれど刃は届くことなく、足元に突如現れた襖が開き体が落下。
鬼舞辻の怒声と、炭治郎の叫びが聞こえた。

ーー覚えているのはそこまでだ。

気を失っていたのか?
否、それなら倒れているはずだ。
でも俺は立っていた。
最後の記憶のままの体制で、右手を日輪刀に添えた状態で。

「…ここは…」

刀に手を添えたままあたりを見回す。
黒い無数の柱に、格子状の仕切り…

「俺以外の隊士はいない…」

あの後見えたのは、同じように落ちていく柱たち。
実弥さんや杏寿郎がこちらに手を伸ばそうとしていたのが見えたが…
どうやら間に合わずに引き離されてしまったらしい。

周りに人の気配はない。
そう、「人」の気配は。
でもわかる。「いる」。

「…」

気配だけでわかる。
これはかつて会敵した上弦だ。上弦の…

「…姿を見せたらどうです。上弦の壱」


「ーーお会いしとうございました。兄上」


変わらない…否、以前よりも強く感じるその気配と闘気に、冷や汗が流れた。










一歩踏み込み刃を振るう。
震える声を叱咤して、ありったけの想いを込めて歌う。
何度も何度も練習した。
お館様が「言霊」だと力に名前をつけて、実弥さんが最低限まで自分の意思で使えるよう練習に付き合ってくれた。

「っ…歌の呼吸・壱の型 わらべ歌!」

「…以前より精度も威力も上がっている…だがかつての貴方には届かぬ」

切り結ぶ刃も、繰り出す技も、てんで鬼には届かず、嫌になる。
これでも柱だ。
たとえ前世がしがない一般人だったとしても、今は柱なのだ。
戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。
戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。
全霊を込めて歌え。紡げ。

「っくそ…!」

振りかざされた刃を咄嗟に後方へ飛び避ける。
避けたはずだ。
それでも皮膚が裂け、血が噴き出す。
おそらく、間合いは広いのだ。見えているよりもずっと。

剣戟を飛ばしているのか?
否…違う!

「(斬撃の周りに不規則な細かい刃が付いてる…!)」

不規則だから避けるのが勘と経験頼りになる。
しかも呼吸も使ってるから威力も速さもとんでもない。
やっぱりこいつの方が俺よりチートじゃん!!
ちょっと神様もうちょっと俺にもチートくださいよ!!

「なるほど。以前より格段に強くなられた…」

「褒めていただいてどうも…嬉しくないわ」

「やはり兄上は鬼になるべきだ。あの方もそれを望んでおられる」

「…ブラック企業超越した暗黒企業に就職するつもりは…ないんだよ!!」

「!?」

構えた刀を納刀し、繰り出す技。
俺が唯一予備動作なしで出せる技。

「雷の呼吸・壱の型 霹靂一閃!」

「雷、だと…!」

これだけだ。
威力はさておき善逸にも、獪岳にもこれの「速さ」だけは負けない。

もちろん一撃で仕留められるなんて思っていない。
複数回技を出すことでそびえ立つ柱を蹴りあげ、目で追えない速さでもって頭上まで駆け上がる。

いくら鬼とはいえ、雷の速度で駆け上がった人間を捕捉するのには多少なりとも時間がかかる。
であれば捕捉される前に、落ちればいい。
それこそ、天から降り注ぐ雷鳴の如くーー!!

「歌の呼吸・肆の」

「ーー残念でなりませぬ、兄上…」

鼓膜を打つ、心底悲しそうな声。
鬼はこちらを「正確に捉えていた」。

「月の呼吸・漆の型 厄鏡・月映え」

幾重にも重なる斬撃がとんでもない速さと範囲で飛んでくる。
いくつかは防ぎ、弾いたが、いくつかはまともに食らってしまった。
上空で体制をほとんど変えられなかったのが敗因だ。

まさか、あんな瞬時に捕捉されると思っていなかった。

侮った…!!

以前といい今回といい、俺は何も学習しない!

「(傷が深い…まずい…手に力が入らない…)」

致命傷は避けた。避けたが…力が入らなければ致命傷と変わらない。
だが、四肢はまだ付いてる。大丈夫だ。
まだ、動ける。

「っ…」

崩れそうになる体を叱咤して、力が抜けそうになる足を踏ん張る。
まだいける。大丈夫。
まだ、戦える。

「…兄上、これ以上貴方を痛めつけるのは私の本意ではありません…」

「…いつまでも俺を舐めているつもりだ…俺は柱だ、鬼を狩る者だ…!」

まだ立てる。まだ刀を握れる。まだ戦える。

痛い痛い痛い。

それぐらいの痛みがなんだ。
俺はまだ生きてる。五体満足で生きている…!

「兄上はかつてと何も変わらない…気高く、強く、優しい心をお持ちだ」

悲しそうに、けれど誇らしそうに鬼は続ける。

「どうか兄上、そのお心のまま…どうか私とともに」

言葉と共に、異形の刃が振り下ろされたのが見えた。
その直後、胸が熱くて熱くて熱くて


いたい






感じる間もなく、意識が途切れた。