美しい人だった。
美しい顔には常に穏やかな笑みが浮かべられて
紡ぐ声もこの世のものとは思えないほど美しかった。
一目見て、一声聴いて、ひれ伏したくなったのは後にも先にもこの時だけだ。

「獪岳、こやつは音無結弦、お前の兄弟子じゃ」

「よろしく、獪岳」

こんなにも美しい人が、己の兄弟子であることが、とてつもなく誇らしかった。






じいちゃんこと、桑島慈悟郎の弟子になり鬼殺隊に入って数年、
俺にも弟弟子ができましたー!やったー!
で。じいちゃんの弟子ということは、あの子が将来鬼になっっちゃう子か…。
原作で読んだみたいな独善的な子だったら手に負えんよ、とか思ってたんだけど
実際一緒に過ごしてみると、めちゃくちゃいい子だった…微妙にツンデレだけど。
え、うそだろ…なんでこんないい子があんなんになっちゃうの…?
あれかなあ…やっぱ善逸が来てじいちゃんが構う時間が減ってやさぐれるのかなあ…。
獪岳はすごくかわいい。
今だって俺の後をちょこちょこ付いて来ては、色々と手伝ってくれる。
手伝うっていうか「俺がやりますから結弦さんは休んでてください!」と奪われる。
…いや、うん…いいんだけど、俺が押し付けたとじいちゃんに思われ…あ、思ってない?そうっすか。

数ヶ月後、基礎訓練が終わった獪岳は、ついに雷の型をじいちゃんに教わることになった。
獪岳は優秀だった。
一度見ただけで、までとはいかなかったけど
俺やじいちゃんが少しコツを教えれば、型を使えるようになった。
…そう、壱の型を除いて。
やっぱそこは原作通りなんだなあ…。
これだけがんばってるのに神様は意地悪だ。
獪岳もショックだったんだろう、最近は稽古中も鬼気迫るものがある。
俺やじいちゃんにはいつも通りだけど、やっぱり悔しいんだと思う。
俺からすれば十分に才能はあると思うけど、獪岳自身は納得できなかったんだろう。
じいちゃんの跡を継いで鳴柱になるって意気込んでたもんなあ…。
…よし。ちょっとだけチート使っちゃうか!
大事な可愛い弟弟子を励ますだけだしオッケーオッケー!

「獪岳、おいで」

じいちゃんとの稽古後の獪岳を手招きして、じいちゃんに視線を送る。
お、じいちゃんもわかってくれたっぽいぞう。さすがじいちゃん。
汚れた顔を手ぬぐいて拭いてやれば、少してれくさそうにでも大人しく拭かれている。
…俺の弟弟子が今日もかわいい!見てください!この子俺の弟弟子なんですよ!!

「獪岳は頑張っているね、すごい子だ」

「…結弦さん…でも俺…」

「…壱の型が使えないことが、そんなに重要だとは俺は思わないよ」

「っ、でも!俺は師匠の弟子で結弦さんの弟弟子なのに…!」

いやー、だってさー、基本の型でしょ?
むしろ基本ができないのに応用技が使えるってなにそれずるくない?
応用が使えるってことは、色々派生もできるし、ずるくない?
俺なんて壱の型会得するだけで、獪岳が他の型覚えるくらいの期間かかってるからね?
…うちの弟弟子すごくない?え、すごくない?

「俺はね、力が弱いんだ」

「え、」

「純粋な力比べなら獪岳にも負ける」

これは本当である。
美声チートをもらった代わりなのか、俺は力がとても弱い。
呼吸を使えばそこそこ強いとは思うが、それだって一般人と比べればだ。
呼吸や技はじいちゃんにも褒められているが、力だけは匙を投げられた。

「獪岳はそんな俺を情けないと、雷の呼吸一門として失格だと思うかい?」

「っ思いません!結弦さんはすごい人です!俺の尊敬する人です!!」

「それと同じだよ、獪岳。
 壱の型が使えないからなんだ。お前は他の型を使えるじゃないか」

壱の型が使えないからと言って、他の型が使えないわけじゃない。
それなら問題ない。問題なく戦える。強くなれる。

「例え壱の型が使えなくても、お前は俺の大切な弟弟子で、じいちゃんの弟子だよ」

「っ…!」

「ああ、ほら、そんなに泣いたら目が溶けてしまう」

善逸もびっくりするぐらい大泣きじゃないですか!声は上げてないけど。
よしよし、ついでに歌ってあげようね。
何がいいかな…、獪岳が大事に思われてるって理解してくれるような。

「…ーーーーーーー ーーーー」

はい即寝!!
(寝落ちた獪岳は俺では運べなかったので、影から見てたじいちゃんに運んでもらいました。非力!)






吹っ切れた、というにはまだ整理がついていない。
でもあの人達が、他でもないあの人や師匠が、それで構わないと言ってくれた。
それだけで十分だった。
結弦さんは言ってくれた、壱の型を使えなくてもいいと。
使えなくても、俺が大事だと。そう、言ってくれた。
言ってくれて、歌ってくれて、いつも隙間風が吹き込んでいた心が、穏やかになった気がした。
だからだと思う。
師匠が新しい弟子として善逸を連れて来て、
その善逸が俺が終ぞ会得のできなかった壱の型を使えるようになって
少しの悔しさはあっても、絶望や恨みを抱かなかったのは、あの時の結弦さんの言葉があったからだと。

「壱の型を使えない獪岳と、壱の型しか使えない善逸。
 お互いを支え合って切磋琢磨してくれれば、俺なんかよりもっとずっと強くなれる」

任務に赴く結弦さんは、そう言っていつも俺と善逸をまとめて抱きしめてくれた。
あの美しく愛おしい声で、それぞれの名前を呼んでくれる。

「行って来ます、じいちゃん、獪岳、善逸」

いつもの微笑みをより深くして、戦いに赴くその人に
師匠は穏やかに、善逸はいつも通り顔をべしょべしょにして泣いて、俺は…俺も、少しだけ泣きそうになる。
無事に帰ってこれるかなんてわからない。
結弦さんは強い。俺なんてまだまだ足元に及ばないくらい。
でも絶対なんてものはない。
だけど、任務に行く結弦さんに見せる顔が泣き顔なんて絶対に嫌だった。
だから震えそうになる声を押さえ込んで、こぼれそうになる涙を飲み込んで

「っご武運を!!」

泣きわめく善逸にも負けない声量で、叫んだ。