それはいつも通り、滞りなく鬼を斬ったその帰り道だった。

『伝令!伝令!炎柱ガ上弦ノ鬼ト交戦中!救援乞ウ!!』

結弦さんとも俺のとも違う鎹鴉が、空から大声を上げて降り立った。

「上弦の鬼…!」

「…獪岳、これから全速力で現場まで向かう。付いて来れなければ後から来なさい」

「はい…!」

「現着後は一般人の保護と避難誘導を。どうやら善逸もいるようだから協力するように」

「はい!」

返事をすると同時に、結弦さんの姿は目の前から掻き消えて
視線を鎹鴉の飛ぶ方向に向ければ、もう豆粒のような大きさになってしまった背中が見えた。
おそらく、今は移動する為に雷の呼吸を使っているんだろう。
あの人は歌の呼吸を使うけれど、雷の呼吸が使えなくなったわけではないし
それに「移動に関しては雷の呼吸が一番速い」と言っていたのを覚えている。






必ず助けるのだと、決めていた。
鬼殺隊は俺の大切な仲間だ。
知っていることだけでも、なんとか悲しい結末にならないように変えたかった。
だから鎹鴉に頼んで、列車沿線の任務を回してもらって
杏寿郎の鴉にも何かあれば俺のところに来るように、と頼んでいた。
そしてそれは功を奏した。
鎹鴉は真っ先に近くにいる俺のところへ救援を要請しに来た。
歌の呼吸から雷の呼吸に切り替えて、全速力で駆ける。
獪岳は付いてこれない速度だとは思うが、杏寿郎の鴉が獪岳の鴉に位置を教えていたようだから大丈夫だろう。

「(…いた!)」

予想より現場から近い場所にいたらしい。
数分走れば、目視できる位置に砂埃が見える。

「(まだ生きてる。まだ杏寿郎は立ってる…!)」

上弦の腕は杏寿郎の腹を貫かず、杏寿郎も大怪我までは負っていない。
間に合った!
だけど、安心している場合ではないだろう。
相手は上弦の参だ、いくら杏寿郎が強くても守りながらでは限界がある。

「雷の呼吸・壱の型 霹靂一閃」

だから、俺の技で一番速度の出るものを、全力で放つ。
ただ助けたいという一心で。





「−雷の呼吸・壱の型 霹靂一閃」

同期の仲間から聞き慣れた単語とともに、雷が空を裂き、鬼の一撃を弾いた。
上がった砂埃が奪った視界が晴れた頃、そこには善逸の兄弟子…
柱合裁判で禰豆子を助けてくれた、あの人が立っていた。

「っ結弦か!」

「生きているな、杏寿郎。五体満足か」

「うむ!問題ない!」

「なら俺の補助に入ってくれ」

「む、それは…」

「歌う」

「………了解した!」

善逸が言っていた。
兄弟子は歌うように戦うのだと。歌い、舞うように戦うのだと。
でも普段の戦いから歌うわけじゃない、いつもは音階を口ずさむだけで
強敵と出会った時だけ、歌うのだと。
そう、善逸は言っていた。

「…ーーーーーーー」

美しい声だった。美しく力強い歌声だった。
歌うごとに技の斬れは増して、連携を取る煉獄さんの動きも洗練されていくように見えた。
そうだ、善逸はこうも言っていた。
あの人の歌は、聴いている人間にも力を与えるようなのだと。
歌を、言葉を聞けば、何者に負けないような、そんな気持ちになれるのだと。

「ーーー ーーーー」

「炎の呼吸・奥義…」

「ーーーー ーーーーーーー」

「煉獄!!」

美しい歌声と、力強い声が響く。
歌は聴く者の心を奮い立たせ、まるで炎の獅子を鼓舞しているかのようだった。
そして、土煙と血潮が舞う戦場で、結弦さんの歌声と、煉獄さんの咆哮が轟いた。

歌が止んだ戦場で、煉獄さんの日輪刀が鬼の上半身を抉り取り
結弦さんが、煉獄さんを貫こうとしていた鬼の腕を斬り落としていた。

「結弦!頸を斬れ!!」

「言われなくても!」

腕を切り落とした体制から、日輪刀を逆手に持ち振り上げる。
そのまま鬼の頸を切り落とす、そのはずだった。

「っくそ!!」

「がっ」

「結弦!」

鬼は結弦さんの腕をひねり揚げ、そのまま胴体を蹴り飛ばした。
飛ばされた結弦さんの体は、そのまま少し離れた雑木林の木に当たって止まる。
意識はあるようだが、どこかの骨が折れたのだろうか、起き上がろうとして口から血を吐いているのが見えた。

「(梃子摺った!早く太陽から距離を…)」

赦せなかった。
ボタボタと真っ赤な血を吐きながら、それでも立ち上がろうとしている結弦さんや
ボロボロになりながらも鬼を追いかけようと踵を返す煉獄さん。
こんなに必死に、鬼に有利な闇の中で戦っている人たち
そんな人たちに背を向けて、逃げようとしている鬼が、なにより赦せなかった。

「っ逃げるな卑怯者!!逃げるなァ!!!」

気が付けば、動かなかった体を動かして、日輪刀を鬼の背に投げつけていた。
こんなことをしたって、鬼とってはかすり傷程度でなんの意味もない。
そんなことはわかってる。
でもそれでも、叫ばずにはいられなかった。

「いつだって鬼殺隊はお前らに有利な夜の闇の中で戦ってるんだ!!
 生身の人間がだ!!傷だって簡単には塞がらない!!失った手足が戻ることもない!!」

「…炭治郎」

「お前の負けだ!!煉獄さんの、煉獄さんと結弦さんの勝ちだ!!」

「炭治郎、もういい…傷が開いてしまうよ…」

「う、うわあああああ!わあああああ!!」

「いい子だね…俺や杏寿郎のために怒ってくれたんだね…」

口から血を流した結弦さんが、泣き叫ぶ俺の頭を撫でてくれる。
流れる涙を拭いてくれる。
優しい人だ。優しく強い、慈しみ深い…でもいつもどこか何かを恐れている、そんな人だ。

「ほら、炭治郎も腹を怪我しているんだろう?あまり叫ぶものではないよ」

「す、すみませ…ぐっ…うう…」

「あーあー、善逸みたいな顔になってる」

顔を拭くために懐から出した布からは、とてもいい匂いがして
どうしてか母さんを思い出して、余計に涙が出てきた。

「結弦、君も人のことは言えんだろう。内臓か骨をやっているな」

「多分あばらかな、内蔵ではないと思う。杏寿郎は?」

「…小さな傷程度だ。誰かが敵の攻撃をいなしてくれていたおかげでな」

「器用な人もいたもんだね。
 …炭治郎、落ち着いたなら少し横になりなさい。隠が蝶屋敷まで運んでくれるからね」

「はい…」

気になることも、聞きたいことも話したいこともたくさんあった。
でも、どうしでだろう。結弦さんに言われると、従いたくなる。不思議だった。









「ぎぃやあああああああ!!!結弦兄ちゃああああああん!!!血!血が出てるよおおおおおお!!」

「うるせえぞ善逸!!結弦さんの傷に響くだろうが!!!」

「だだだだだだって獪岳!!兄ちゃんが!兄ちゃんが怪我!!!!!」

「てめえが騒いだって治るわけじゃねえんだよ!!黙れ!!!!!結弦さん大丈夫ですか!!」

「お前も騒いでんじゃん!!俺のこと言えないじゃん!!!!!」

「てめえほど騒いでねえわ!!!」



「…結弦の弟弟子たちは元気だな!」

「…元気すぎん?」