一月の静養。
それがお館様から俺に下された命令だった。

…いや長いな!?
待ってお館様、俺そんな大した怪我してないんですよ。
ちょっと折れた肋が内臓傷付けて喀血しただけなんですよ。
炭治郎とかの方が大怪我でしたよ!?

「結弦さんは少し働きすぎですから」

「そうでもないと思うんですけど…」

「…獪岳くんから聴いてますよ。ここ数ヶ月、不休で任務を受けていたと」

「獪岳はちゃんと休ませてましたよ?」

「私は貴方の話をしているんですが?」

「あ、はい」

美人が怒ると怖いってほんとだね!
俺も結構な美形だと自負してるけど、胡蝶姉妹には敵わんわ。
姉妹だけじゃなくて、蝶屋敷には美人さんが揃ってて目の保養だわ。
不純な意味ではなく!!

「まったく…カナエ姉さんも心配してたんですからね」

「あはは、すみません。最近会ってませんけど、カナエさんは元気ですか?」

「つつがなく。肺を損傷してるとは思えない元気ぶりですよ」

この数年で、やり遂げたことが複数ある。
それがしのぶの姉、胡蝶カナエの生還だ。
柱になりたての俺が、初めての任務で上弦の弐と戦う花柱の救援に向かう。
これに関しては時期が全くわからなかったから困ったけど
なんでか居合わせることができて、なんとか死なせずに済んだ。
…まさかこれもチートの一種なんじゃなかろうな。

「…結弦さんには私も姉さんも感謝してるんです…本当に…」

「しのぶ…」

「だから、どうか…、無理や無茶だけはしないで…
 自分を大切にしてください…鬼に慈悲なんてかけないで…」

「…肝に命じておきますね」

いや、俺としては無茶をしているつもりはないんだけど
どうもはたから見るとかなりそう見えるらしい。
…そう言えば前に実弥にも似たようなこと言われたなあ…
え、俺ってそんな無茶してるように見えるの?うっそだあ!
常にいのちだいじにで戦ってるつもりなんですけど!
まあ、チートでなんとかなるのでは、と思ってる節があるからな…
実際なんとかなってるからな。…気をつけよう。

「ところで、俺はいつ屋敷に戻っていいんでしょうか」

「はい?」

あ、待って。
なにそのいい笑顔。
その笑顔見たことある!いい感じの毒が出来上がった時の顔と一緒だ!!
なにこわい!!

「結弦さんは一月ここで療養です」

「え、いや…こんな軽傷で世話になるわけにも…」

「言っときますけど決して軽傷ではないんですよ…。
 まあ気になるようでしたら、お願いした時に子守唄でも歌ってください」

最近騒がしい患者が多くて困ってるんですよ。
と、すごい笑顔で言われたけど
それはあれですね、俺を睡眠薬とか鎮静剤代わりにしようと…
いや…いいけど…。

「獪岳くんも結弦さんがいるなら、蝶屋敷にいると言ってましたし。
 男手が増えるのはこちらとしても助かりますので」

「…そうですか…」

獪岳お前!!最近過保護に拍車がかかってないかな!?
昔だったらこれぐらいの怪我なら…いや、昔からこんなんだったわ。
まあいいか…善逸もここにいるし、一緒に鍛錬でもしてくれれば。







一週間程安静にした後、様子を見て機能回復訓練を、という話をして
しのぶは「安静にしててくださいね。絶対ですよ。フリじゃありませんからね」と言って病室を出て行った。
…コントじゃないんだから大人しくしてるよ…さすがにちょっと痛いし。

「(しかし一月か…なっがいな。何してりゃいいんだ。読書?読書しかやることなくね?)」

寝台で体を起こして、暇つぶしにと獪岳が持ってきてくれたらしい本を開く。
あ、これ読んだことあるやつだわ。
俺の屋敷にあるやつを持って来てくれたんだな。
もう一回読んでもいいけど、今は気分じゃないなあ…。
本を閉じて、起こしていた上半身を倒し…

「(天井になんかいる!!!!)」

なんか…なんか張り付いてる!!
猪みたいな…あれ伊之助か!!なんで!?なんで病室の天井に張り付いてんの!?
しかもあれ多分こっち見てるな!?
こっわ!!こっっっっっわ!!

「…えーっと…何か用事、かな?」

「…女顔ォ!!俺と勝負しろ!!」

誰が女顔じゃ!!ブーメランだからなそれ!!
実際の素顔見たことないけど、こちとら漫画で見てんだよ!
現実だと猪の被り物めっちゃこわいな!?

「相手してあげたいんだけれど、しのぶに怒られてしまうから困るなあ」

「…」

「天井に張り付いていないで、降りてきてくれないかな?」

「…」

お。降りてきた。
思った通り、伊之助は中身が幼児に近いんだろうな…。
お願いをすればそこそこ言うことは聞いてくれそうだ。
それだけ純粋ってことだけど。

「自己紹介をしようか。俺は音無結弦、名前を教えてくれるかい?」

「…嘴平伊之助様だ!!」

「伊之助か。勝負はできないけど、話相手になってくれるかな?やることがなくて困っていたところなんだ」

「困ってるなら仕方ねえな!俺様が話相手になってやるよ!」

「ありがとう」

顔は見えないけど、ちょっと照れてるのがわかりますね!
善逸は言わずともだけど、炭治郎もかわいかったし…
かまぼこ隊かわいすぎか?
俺の後輩がこんなにも可愛い!!

その後、伊之助は身振り手振りを交えて、今までの体験なんかを話してくれた。
途中で擬音まみれになったけど。
三十分ほど経ったところで、電池が切れたみたいに眠りだしたけど。
…俺の後輩可愛すぎか?(二回目)




診察が終わって、兄ちゃんもしばらくここにいるって聞いて
鼻歌なんて歌いながら兄ちゃんのいる病室に入ったんだけど、
そこには予想してなかった光景が広がってた。

「あーっ!!なんで伊之助が結弦兄ちゃんの病室にいるんだよお!!」

寝台の上で体を起こす兄ちゃん。これはいい。予想通りだ。
いや予想よりすごい優しい音がしてて、今すぐにでも抱きつきたい。
問題はその兄ちゃんの手が優しく撫でているものだ。

「善逸。静かに、起きてしまうだろう」

「ぐっ…で、でも…でも兄ちゃん!」

兄ちゃんの言葉には逆らえない、逆らいたくない。
でもそれでも、伊之助がしてもらっていることは、俺がしてもらいたかったことだ。
兄ちゃんに撫でてもらって、子守唄を歌ってもらって、一緒に寝たい。
なのに先に伊之助がそれやってもらってるとか!!

「…おいで、善逸」

言いたいこともあるし、なんならすやすや寝てる伊之助をどかしたい気持ちもある。
でも兄ちゃんに呼ばれるとどうでもよくなる。
昔からそうだ。
獪岳とケンカしてても、兄ちゃんが一声呼んだけで、そんなことどうでもよくなる。
兄ちゃんが止めてくれてなかったら、俺も獪岳ももっと仲が悪くなってただろうなっていつも思う。

「ふふ…善逸はいくつになっても甘えただね」

「…もおおお…結弦兄ちゃんだからだよおぉぉぉ…」

撫でる手も、呼ぶ声も優しくて
さっきまで伊之助に抱いてたもやもや晴れる。
兄ちゃんの声は不思議だ。
呼ばれればそれだけで心があったかくなるし、いいこいいこって言われると途端に甘えたくなる。

兄ちゃんからする、怖がってる音も、昔から変わらないけど。







「結弦さんこちらに善逸くんは…あら」

「しー。さっき眠ったところなんです」

「あらあら…。二人とも甘えん坊さんですねぇ。
 なにかかけるものを持ってきますね」

「ありがとうございます、しのぶ」