私には双子の弟と、二つ年上の兄がいた。
弟は双子として生まれ、生まれつき痣があったがために忌子として扱われている。
兄は本来なら家督を継ぐはずの方だが、
心根が優しすぎる、という理由でその役目から外されている。
だが私は知っている。
兄はなによりも優しく、誰よりも強いのだと。
発せられる声はこの世のものとは思えぬほどに美しく
紡がれる言葉は、まるで御仏のそれを聞いているかのような心地になる。
だからこそ、父も兄を寺に入れることも追い出すこともせず、家にまるで囲うように置いているのだ。

私も双子の弟も兄が大好きだった。
紡がれる言葉も、歌声も大好きだった。
双子の弟を君が悪いと思うことも確かにあった
だがそれでも、大切な弟なのだと、そう思えるようになったのは、確かに兄上のおかげだったのだ。
感情の動きが薄い弟が今どう思っているのか、逐一教えてくれたのは兄で
言葉が足りず戸惑う私を前にした弟に、言葉足らずを指摘してくれたのも
母が身罷られ、出て行こうとする弟を引き止め、きちんと連絡するようにと言いつけたのも
妻子が出来ても強さを追い求めた己を諌めてくれたのも
全て、すべて、兄だったのだ。
今まさに己と弟の目の前で、鬼に喰われた、兄だったのだ。

「っ兄上!!!」

「…みち、かつ…よりい、ち…」

「っはい、はい兄上…!巌勝はここにおります!」

「緑壱もここに…兄上…!」

鬼を斬り、血を流し倒れる兄を腕に抱く。
血は流れ尽くし、体温は奪われ、もう助からないのだと、そう悟ってしまう。
苦しいだろう、つらいだろう、それでも兄は笑うのだ。
昔と変わらぬ顔で、変わらぬ美しい声で、我らを呼ぶのだ。

「ど、うか…きょうだい、なかよく…いきて、おくれ…」

それだけが自分の願いだと。
そう告げて、たった一人の兄は逝ってしまった。
兄だけだった。我ら二人を分け隔てなく愛し、叱り、包み込んでくれたのは。
優しい人だった。この動乱の時代に人を斬れぬ、だというのに人を守りたいからと鬼狩りになるような…
愚かなまでに優しい人だった。
そして我ら兄弟の、微かな、けれど確かな光だったのだ。









その日、俺は継子と一緒にいつものように鬼狩りの任務についていた。
いつもと何も変わらない。
多少手こずることはあっても、なんの問題もなく頸を落とせる、そんな任務のはずだった。
でも、今日はどうやらいつもと違ってしまったらしい…。

俺はこれでも柱だ。
相手がどんな鬼でも引くわけにはいかないし、斬る。
でもこれは…これはさすがに…

「(上弦の壱がいるとか聞いてないわー!ないわー!!)」

鎹鴉からの任務内容は、何も珍しくないものだった。
毎夜人が消える、そんな村がある。調査して鬼であれば殲滅せよ。
いつもと同じ内容だ。
原因である鬼は斬った。
でもそのあとが問題だった。
誰が、こんな場所上弦の鬼が来ると思うのか!

「(獪岳は逃した…これで原作通りに獪岳が鬼にされることはないはずだ…)」

最初、この村での任務が原作で獪岳が命乞いをし、鬼舞辻の血をもらい鬼になる場面なのかと思った。
だがそれにしては早い。早すぎる。
まだ炭治郎たちは柱稽古どころか、吉原にすら赴いていない。
細かい時期はわからないが、確実に早すぎる、ということだけはわかった。

「(…それに、妙だ…なんであいつは動かない…?)」

こちらは奴を視認した瞬間、獪岳に応援を頼みこの場から逃がした。
獪岳も相手が上弦の、それも壱だとわかったから応援を呼びに行ったのだ。
だというのに、目の前の鬼は動くこともなく、それどころか殺気らしきものも感じられない。
最初はこちらを馬鹿にしているのか、とも思ったがそれにしては…

「(なんで、俺を見て目を見開いて…驚いてるのか…?)」

理由はわからない。
けれど上弦の壱は、俺を認識した瞬間から驚いて固まっている、そんな気がした。
俺は確かにあの世界での原作を知っている。
だからこれまでも対策をうてたし、大切な人たちを死なせずにすんだ。
だが、知っているのは途中までで、全ては知らない。

「(俺こいつの技とかなんも知らんわ!!)」

でもだからと言って、背中を向けて全力で走っても逃げられないだろう。
相手の実力を知らないので、逃げましたなんて説明もとてもではないができない。
だって柱だから!!
戦うしか、ないのだ。

「…歌の呼吸・壱の型 わらべ歌」

呼吸を整え、己だけの技を放つ。
もちろん一太刀浴びせられるなんて甘いことは思っていない。
思ってないけど!まさか躱された上で腕つかまれるとは思わんよ!?

「…その顔、その声…」

「っはなせ!!」

腕を掴んでいる腕を、刀を逆手に持ち替えて切り落とし、距離を取る。
これも避けられると思ったけど、なんでかまた動揺してるみたいで、
綺麗にすぱっと切り落とせた。
しかし…さっきから何なんだあいつ…。 
やる気がないにも程があるのでは?
…このやる気のなさっぷりは、応援が来るまで粘れば勝てるのでは…?
いやそんなまさかなー!
甘い考えは捨てよう。なにせ相手は上弦の壱だ。
上弦の参相手ですら、杏寿郎と二人掛かりで頸を斬れなかった。
おそらく死ぬ気でやらないと、こちらの首が落ちる。

いやしかし、このやる気のなさは逆に腹立つな…。
やる気がなければこっちの有利でいいんだけど!!

「…馬鹿にしてるんですか…?」

「…お前、名は…名は何という…?」

「聞けよ話を!!その耳は飾りかなにかか!!」

そこまでだった。
腹が立って声を荒げた、その次の瞬間
体を浮遊感が襲い、背中に激しい痛みを感じる。

「(はっや…!)」

見えない速度じゃなかった。
ただ、さっきまでのやる気のない姿と違いすぎた。
…簡単に言うと油断してました。馬鹿なの!?
相手は一気に距離を詰めて、俺の首を手で掴み、そのまま背後の気に叩きつけた、そういうことである。
上弦を前にして油断するとか馬鹿ですね!!はいすみません!!

「名を…名を名乗るがいい」

「…っ…音無、結弦…!」

「…結弦…間違いない…お前は…」

「(なんだこいつ…なんでそんな目で…)」

息は苦しいし、背中は痛い。
目の前にいるのは、滅するべき鬼だ。
でもなんでだ…なんで鬼であるこいつは…

「ど、して…そんな、かなしそう、な…」

「…ああ…ああ…間違いない…私が間違えるはずがない」

「(ほんとに話聞かねえなこいつ!!)」


「我が…我らが兄上…お会いしとうございました…!結弦兄上!!」


頭に蛆でも涌いてんじゃないのかと思いました。