『歌柱ガ上弦ノ鬼ト交戦中!!救援乞ウ!!』

「あァ?」

「っ風柱様!!」

「お前…結弦んとこの……ッ!案内しろ!どこだ!!」

鬼の頸を斬り落とし、何か腹にたまるものでも食って帰るかと歩いていたところだった。
頭上を飛ぶ見たことのある鎹鴉が、耳を疑うような伝令を運んで来て
その直後、また見たことのある隊員が息を切らせながら駆けて来た。
…嫌な予感がした。
アイツも曲がりなりにも柱だ。
相手が十二鬼月だろうと遅れをとることはないだろう。
だが、そんなアイツが、鎹鴉と己の継子を救援要請に寄越した…
それだけでも大分ヤバい状況だということがわかってしまい、全速力で踵を返した。
結弦の継子が付いて来れていないが、鴉の案内があれば事足りる。

アイツは、結弦は弱くない。
力は弱いが、それを補って余りある技術と何より歌がある。
特に歌は強力で、己の稀血以上に鬼を酩酊させる効力があるものもある。
だからアイツと組むと無駄に血を流さずに済むしやりやすい。
それに…歌いながら鬼を斬るその姿が、本人や周りに告げたことはないが、好ましかった。

だからその声と歌がある限り、多少苦戦はしても無事だろうとそう思っていたのだ。
頸を絞められ、声も出せない状況に追いやられている、その姿を見るまでは。

「…薄汚ェ手を離しやがれ!!」

ブチブチと血管が切れる音がする。
頭に血が上る。
気が付けば声の限りに叫んで、結弦を掴み押し付ける鬼の腕を斬り落としていた。






死ぬかと思いました!
鬼殺隊の柱が窒息死とか笑えないんで、助けてくれた実弥さんには感謝しかないな!
全く息ができない状態ではなかったけど、めちゃくちゃ苦しかった。
あー、酸素って大事。

「た、助かりました…実弥さん」

「礼は後だ。動けるな」

「はい」

俺を背に庇うように立つ実弥さんの言葉に頷く。
まあ首絞められてただけだから、動くのに問題はないだろう。
呼吸もちゃんと整えれば問題ない。

「…兄上…兄上は輪廻をめぐってもまた、鬼を狩っていらっしゃるのか…兄上…」

「…何言ってんだアイツ…」

「わかりません…」

やっぱりあの鬼、頭に蛆涌いてんじゃないかなあ…。
兄上って…多分俺のことなんだろうけど、覚えがない。
そもそも上弦の壱って戦国時代から生きているはずだし、
そんな長寿の鬼に兄と呼ばれる記憶もない。

「お労しい…心優しき兄上…また苦しく辛い道を歩まれるのか。
 ならば、ならばいっそのこと、私とともに…二度と失わぬように…」

「ごちゃごちゃと…意味のわかんねえこと言ってんじゃねえぞォ!!」

「ちょ、実弥さん!」

いや確かにちょっと寒気したけど!ゾッとしたけど!
一人で突っ込むのやめてもらえません!?
相手上弦の壱ですよ実弥さん!見えてますよね目の数字!

「結弦!歌えェ!!」

「いや歌いますけど!!」

しのぶといい実弥さんといい、俺は便利道具じゃないんだよ!?
いや歌うけど!

「ーーーーーー」

「ああ、兄上…また歌を…歌を戦に…お労しい…
 斯様に優しく美しい歌声を…戦いのために歌われるのか…」

「労しいと思ってんなら大人しく頸切られろやァ!!」

「嘆かわしい。兄上の歌声は貴様のような蛮人の耳にはもったいなきもの…」

「うるせェ!!テメェら鬼がいなけりゃアイツも歌わなくて済むんだよクソが!!」

「兄上、兄上、私は間違っていますか。否、そのようなことはない。
 兄上、どうか歌を…鬼狩りのためではなく、かつてのように私のために」

「気色悪ィ!!」

すごい。
怒鳴りながら攻撃してる実弥さんも、攻撃めちゃくちゃ避けてる鬼もすごいけど
実弥さんが俺が言いたいこと全部言ってくれてるのがすごい。
以心伝心か?
…いや違うな、あれ実弥さん本気で気持ち悪いと思ってるな。
鳥肌立ってるのがここからでも見える。

鬼も鬼でかわいそうになるぐらい必死なのは伝わって来るんだけど
如何せん俺に全く覚えがないので、ただただ怖い。
めちゃくちゃ怖い。
え、何あの人…ヤンデレなの…?本当に記憶にない…。

「風の呼吸・伍の型 木枯らし颪!」

「歌の呼吸・参の方 恋歌!」

実弥さんが飛び上がったところに合わせてこちらも技を出す。
歌声は途切れるが、実弥さんの身体強化はしばらく持続するから問題ないだろう。

「…結弦、手加減してねえよなァ…?」

「するわけないでしょう」

「クソ、バケモンが」

柱二人の全力の一撃だ。
倒せないまでも、大きくダメージを与えられていると思っていた。
だけど実際そこにある光景は、本当に信じられないものだった。
いやだって…まさか腕が一本落ちてるだけとか…ええ…嘘でしょ…。
多分、腕を一本犠牲にして俺と実弥さんの技を凌いだんだろう。
…回復を瞬時に行いながら。
チートじゃん。俺よりチートじゃん。

「…兄上…まだかつての兄上には及ばぬ…人であるが故に…
 兄上、結弦兄上、共に行きましょう。兄上ならばきっと強い鬼になるはず」

「っ誰がコイツを鬼に…!!」

あ、ちょっとイラっとした。
俺だってね、がんばってるんだよ。
つらい修行に耐えて、どんなに苦しくても辛くても
がんばればこの世界でできた大切な人を守れると思って、がんばってるんだよ。
それをお前…人間だからどうだの、鬼になればどうだのと…

「…人を馬鹿にするのは止めろ。
 人は強い、可能性がある。生きていれば繋いで行ける」

「兄上」

「俺はお前の兄ではない。俺は人だ、鬼の兄であるものか。
 人としての強さを忘れ、鬼に成り下がった者の兄でなどあるものか!!!」

腹立つ。
めちゃくちゃ腹立つ。

「兄上…結弦兄上…」

「それでも俺が兄だと抜かすなら!【いますぐここから消え失せろ!!】」

「っ!」


記憶にあるのはそこまで。
おそらく意識を失ったんだろう。
実弥さんには大変申し訳ないことをしたけど、なんでか無事だった。
実弥さんの話によると、俺が怒声をぶつけたすぐ後、上弦の鬼は消えてしまったんだそうだ。
…え、まさか言うこと聞いたの?うっそだー。
とも思ったけど、実弥さんがそんな嘘を吐くはずもないので、本当なんだろう。
その証拠に、俺は五体満足でこれまた五体満足な実弥さんに背負われている。

「すみません…実弥さん…」

「あァ?別に構わねェよ」

「もうちょっとしたら歩けるようになると思うので…」

「いいっつってんだろォ。このまま蝶屋敷まで運んでやらァな」

意識を取り戻した時、なんでか体がダルすぎて立つことすらできなかった。
そうでなければ実弥さんにおんぶしてもらうなんて申し訳ないことにはなってない。
なんかすごいダルいんだよな…。
長距離を休憩なしで全力疾走した、みたいな。
いや呼吸使えばそれぐらい屁でもないんだけど、例え例え。

「結弦、呼吸も乱れてんぞォ、寝とけ」

「ええ…申し訳なさが天元突破するんですけど」

「い い か ら 寝 ろ」

「アッ、ハイ」

やだー、肩越しに至近距離で見る風柱の凄み顔めっちゃ怖い。






「(…結弦が失せろつった瞬間に、上弦の鬼が消えた…偶然かァ?)」