山田家と!

山田家の次男には幼馴染がいる。


小学校低学年の頃からの付き合いであるその幼馴染は、長男である一郎から見ても不思議な子どもだった。
頭がいいのは当然として、行動が逐一大人じみているのだ。

これは後から知ったことだが、当時施設育ちだからという理由で二郎と三郎はいじめを受けていた。
当時は施設内も家族関係も色々とややこしかったため、一郎は気付いて力になってやることができなかった。
親がいない、施設育ち、そんな自分自身ではどうにもできない理由でいじめを受けていた2人を救ったには、他でもない幼馴染の少年だった。

少年はまずいじめっ子たちに懇々と説教を始めたのだそうだ。
それは自分がもし親がいなくてそれを理由にいじめられたらどう思うのか、という当たり障りのないものから始まり、それでもまだいじめようとする者にはひたすら勧善懲悪な話を延々と聞かせ続けたのだそうだ。

ここで一郎が思ったのが、そういえばあいつに言われると妙に説得力があるなということだ。
なにか強制力があるというか...耳障りのいい心地いい声だとは思うが、不思議と逆らえない、逆らってはいけない雰囲気がある。
年上の一郎でもそう思うのだから、小学生には効果覿面だっただろう。
一緒に話を聞いていた二郎にいたっては「舌切り雀めっちゃこええ...」と未だに怯える時があるので相当だったんだろう。


そんな少年と一郎がきちんと会話をしたのは、いじめの件があった年だ。
その時一郎は、誤解により二郎と三郎に嫌われてしまったところだった。
嫌われててもいい、あいつらの為に金を稼ぐ、そう苦しくても決めた時だ。

その日の夜、一郎は人気のない公園で時間を潰していた。
仕事は終わったが、まだ施設の人間が起きている時間だったため過ごしていたのだ。

少年が、音無結弦が話しかけて来たのはそんな時だった。

「...お兄さん、二郎と三郎のお兄ちゃん?」

「え...」

夜の公園に似つかわしくない幼い声に顔を上げると、そこには上の弟と同じくらいの少年が立っていた。
手にスーパーの袋を下げているところから、買い物の帰りだろうか。
夜とはいえまだ早い時間だったから有り得ないことはないだろう。

少年は顔は上げたが黙り込んだままの一郎を少しの間眺めると、そのまま一郎の座るベンチに同じように座った。

「二郎が言ってたよ。兄ちゃんがお金のために悪いこといっぱいしてる、信じられないって」

「っ...」

幼い声で紡がれる内容に歯を食いしばる。
間違っていない。
だが、弟が誰かにそう自分のことを話している、その事実がただただ苦しかった。

「...でも、本当にそうなのかな?お兄さんは本当に悪い人なのかな?そう聞いたら悩んでた」

少年の幼い、でも心地良い声が言葉を続ける。
特に返答は期待していないのだろう。

「言葉がね、皆足りないんだよ。
  殴り合う前に少しでも話をすれば、誰もケガなんてしなくていいかもしれないのに」

少年の言葉に「綺麗事だ」「何も知らないくせに」そう返してしまうこともできた。
だが一郎は不思議とそう切り捨ててしまうことができなかった。
綺麗事だ、夢物語だ、そう思うのにそうなって欲しいと思うのだ。

「…戻れると、思うか…?」

何を言っているんだろう、小学生相手に。
そう冷静に思う自分も確かにいる、だがそれ以上に、この子どもの言葉が欲しかった。

「大丈夫。兄弟なんだから」

少年は立ち上がり、一郎からは顔を見上げる形になる。
その幼い手が一郎に伸びて、そのまま頭を撫でる。
小さな手だ。幼い子どもの。
だというのにどういうことだろう

「(あったけえ…)」

おぼろげにしか記憶にない母に撫でられているような、そんな気持ちになった。






そしてそんな出会いから5年、三兄弟の絆は再び結ばれた。
まあ、結局あの後3年ほどはこじれたままだったが…。

「これはここの公式を使うんだよ」

「…え、ちょい待ち、もっかい…もっかい説明して…」

「ほんっとに低脳だなお前」

「なんだと三郎てめえ!」

「ほんとのことだろ?結弦さんに何回同じ説明させてるんだよ」

「ぐっ…」

「はいはい、二郎も三郎もステイステイ」

ダイニングテーブルで繰り広げられるいつもの兄弟ケンカとそれを止める少年。
施設を出て、この家で3人で暮らすようになってからはよくある光景だ。
試験が近くなると、二郎は幼馴染である結弦に泣きつき
我が家で開かれた勉強会に三郎が参加する。

本当なら長男である一郎が勉強を見てやるべきなんだろうが…
まともに高校で勉強して来なかった一郎には荷が重かった。

「二郎はもっかいこの公式からやり直して」

「うぅ…おう…」

「三郎は?わかんないとこない?」

「えっと…ここの例文がわからなくて」

「ここはねー」

二郎も三郎も、結弦の言うことはよく聞く。
もちろん一郎の言うこともとてもよく聞くのだが
それに負けず劣らず、2人は結弦に懐いていると思う。
まあ、一郎が側にいられなかった間も、結弦は2人の側にいてくれたのだ。当然だろう。

そしてそれは一郎にも当てはまる。

あの出会いから、結弦は公園に限らず一郎を見かけると声をかけてくれるようになった。
さすがに他の大人が近くにいる時は寄ってこなかったが…それ以外の時は声をかけて話てくれた。
内容は二郎や三郎の最近の様子だったり、何気ない世間話だったり様々だった。
その何気ない時間は、他に寄る辺のなかった一郎には救いだった。
兄弟に嫌われ、様々なしがらみを抱えた一郎の。

結弦は一郎の話をしっかり聞いてくれたし、出会った時の様に頼まなくても頭を撫でてくれた。
それが一郎にとっては救いだったのだ。

まあ結弦自身に一郎を救ったなんて自覚はないだろうが。

「できた!結弦!」

「どれどれ……おお、正解」

「よっしゃ!!そろそろ休憩しようぜ休憩!」

「二郎くんや、まだ古典やら英語やらが残っているんですよ」

「ぐっ…」

「ほんっとうに馬鹿だな」

横に積まれた教科書の束に二郎が突っ伏したところで、立ち上がり声をかけることにした。
勉強も大事だが、そろそろ夕飯の時間だ。

「お前ら、そろそろ夕飯の準備するぞ。結弦も食ってくだろ」

「よっっっっしゃ!!」

「二郎テンション…うん、迷惑じゃなければ」

「迷惑なわけないです!ですよねいち兄!」

「当たり前だろ」

少し遠慮している頭を撫でて、財布を手に取る。
夕飯の準備だが、まずは買い物に行かなければならない。
本当なら勉強している間に行く予定だったが、珍しく半日仕事が入っていない兄と買い物に行きたい、と弟2人たっての願いもありこの時間まで待っていたのだ。

「あ、じゃあ夕飯俺が作る」

「はい!唐揚げ食いたい!」

「あっ、ずるいぞ!僕は結弦さんのハンバーグが食べたいです!」

「お前ら…客に作らせてどうすんだ…」

結弦が提案した途端、挙手までしてリクエストをする2人に頭を抱えた。
だが一郎は知っている、結局2人の猛攻に折れて客に夕飯を作らせるはめになるのだ、と。
なにせ、結弦の作る食事は美味い。
できれば一郎も結弦の作る料理を食べたい。
そう思ってしまっているのだから、作ってもらうことになるのは当然だろう。

結局、その後スーパーで唐揚げとハンバーグの材料を買い込み
結弦の指示の元、三兄弟も手伝いながら、夕飯は完成した。

4人で食卓を囲み、食後にまた勉強会の仕事をして
その後は流石に明日も学校だから、と帰ろうとする結弦を一郎が送っていくことになった。
最初は断られたが、夜も遅い時間だからと三兄弟全員で説得することになってしまった。


「今日はごちそう様でした」

「おう。こっちこそいつも悪いな…二郎と三郎の勉強見てもらって」

「いいよ、復習にもなるし」

街灯に照らされた道を歩きながら、今日の出来事や最近の出来事
…最近の出来事は会えなかった日々について聞いていく。
内容はいつもと変わらない平穏なもので、ほっと安堵の息を吐いた。

この少年は、そういう星のもとに生まれたのか、厄介ごとに巻き込まれることが多い。
一番最近だと、違法マイクを持った輩に絡まれてヤクザに助けられた出来事だろうか。
もちろんそのヤクザというのはヨコハマの碧棺左馬刻である。
左馬刻を毛嫌いしている一郎も、あの時ばかりは「よくやった」と思ったものだ。

「一郎さんも最近は無理してない?」

「ん?ああ…大丈夫だ、結弦にも二郎と三郎にも怒られたからな」

「一郎さん、全部1人で背負い込むところがあるからなあ…」

釣り上げられた眉に、面目ないと肩を下げて
だが最近は本当に無理をして過酷な依頼は受けていない、と再度告げれば笑ってくれた。

「で。言うこと聞いていい子にして俺になんか言うことないか?」

「…ええ…またやるの…」

「おう。俺の楽しみだからな」

「仕方ないな…屈んで屈んで」

「ん」

困った顔をして、それでも仕方ないと笑う声に従って、少し頭を下げる。
すると与えられたのは、髪を頭を撫でる温かな手だ。


「一郎さんはがんばってるね、えらいね、いい子」


紡がれる言葉に頬が緩む。
あの日以来、この手に撫でられていい子と言ってもらうのがくせになってしまった。
当時はこうしてもらえたから耐えられたと言っても過言ではない。

温かな、でも一郎より小さな手。
誰も殴ったことがないような、大人になる前の柔らかな手だ。
この手でこうして撫でられるだけで、泣きそうになる。


泣きそうなほど、嬉しくなるのだ。