赤ん坊の頃から知っていた。
キャラキャラと笑って指を握る、手の柔らかさを覚えている。
訪れる度に、大きくなる姿を見て来た。
「我慢するな」
告げた言葉に、声を押し殺して大泣きする姿を、覚えてる。
「でぃびじょんらっぷばとる…」
「ええ、それに新しいチームで参加することになりまして」
食卓に並べられた家庭料理に舌鼓を打ちつつ告げた内容に
同じく向かい側に座って食事をしている養い子が、きょとんとしているのを視界に入れる。
…絶対ひらがなで発音したな。
「ラップバトルっていうとあれでしょ?マイクで殴り合う…「違います」ア、ハイ」
素っ頓狂な返答にため息をひとつ。
ただ、この子はこのご時世には珍しく、ラップをしない子なので、まあ仕方ないかとも思う。
この子の本業はラップではなく「歌」だ。
いやラップも歌だが、この子の歌はJPOPなんかの類のものだ。
一応ヒプノシスマイクも持ってはいるようだが(一体誰にもらったんだ)
一度使わせたら、普通に持ち歌を歌い出したので大慌てで止めたのを思い出す。
ラップを教えようとしたが「語彙力が足りません!!」と胸を張って言われ、
最終的に「普通に話し合いした方が早くない?早いよ?」と言い出したので諦めた。
確かに、この子の言葉には不思議と説得力がある。
実際「話し合い」でケンカを回避したこともあるぐらいだ。
「だから平日なのに夕飯一緒に、って言ってたのか」
「ええ、チームメイトの素性が素性なので、早めに教えておかないとと思いまして」
「素性…」
「普通に暮らしていれば接することはまずありえない人種ですよ」
本当なら、この子に教える必要はない、そう言い切ってしまいたかった。
だがこれからのことを考えると、この子が闘争に巻き込まれる可能性もある。
それならチームメイトの素性を教えておいた方が、この子も対策ができるだろう。
「来週の週末は空いていますか?」
「来週?大丈夫だと思う」
「では土曜の夕方に迎えに来ます」
「う、うん?」
未だチームメイトが1名決まっていない状態だが
アイツにもこの子の顔を覚えさせた方がいいだろう。
もし何かに巻き込まれた時に「知らねえ」と言われないように。
俺にはこの子を守る義務がある。
だというのに、だ。
「あ?結弦じゃねえか」
「左馬刻さんだ」
「……なんで知り合いなんだよお前ら…」
守るべき養い子が、知らない間にヤクザと知人になっていた…
なんて、亡くなったご両親になんと説明すればいいのか。
銃兎さん(保護者)に左馬刻さん(友人)を紹介されました。
…そういえばもうそんな時期ですね。
紹介されたのは左馬刻さんだけで理鶯さんはいないから
多分まだ出会ってないんだろう。
「相変わらずちっせぇな、身長伸びたんか?あ?」
「身長のことは言ってはいけない」
言いながら頭ぐしゃぐしゃにするのやめてもらっていいですか。
っていうか俺が小さいんじゃないんだよ、銃兎さんと左馬刻さんがでかいんだよ。
日本人で180cm超えとか巨人かよ。168cmは平均です!!多分!!
「…ちょっと、撫でながら徐々に下に押すのやめよう?」
「いやあ今が丁度いい高さでよォ、これ以上伸びると置きにくくなるだろ?」
「何が?」
「肘と顎」
「肘置き!?俺の頭は肘置き!?あと顎ってなに!?」
「頭って重いだろ」
「俺の頭で首の休憩しないで!?」
ぎゃーぎゃーと騒いでると、見かねた銃兎さんが左馬刻から引き離してくれた。
…さっきまでメガネのブリッジ上げ下げしてたけど大丈夫だろうか。
まあ、被保護者が知らん間にヤクザと仲良くなってたら動揺もするか。
銃兎さん警察官だし余計に。
ちなみに宣言通り家に銃兎さんが車で迎えに来て
連れて来られたのは見慣れた銃兎さんの家だ。
別に迎えいらなかったのでは?
まあ、俺の今の家はシンジュクにあるからわざわざ迎えに来てくれたんだろう。
「…さて、どういうことか説明できるな?」
リビングの椅子に座らされ、対面に銃兎さんも座る。
所謂ゲンドウポーズでいつもの敬語を取っ払って告げられた保護者からの言葉に逆らえるはずがなかった。
(左馬刻さんも静かに俺の隣に座ってたのでお察しである)
「つまり、お前は左馬刻の妹を左馬刻目的のチンピラから助けて、
なおかつそのチンピラに正座させて説教かました、と」
「おっしゃる通りでございます…」
「すげぇまとめたな」
思えば…昔からどこかおかしなことをする子だった。
小学校に上がる前から朝晩の走り込みをしたり
変な音が聞こえると思えば、この子の呼吸音だったり
なぜか瓢箪が欲しいと、小さいものから大きなものまで揃え出したり
気が付けばその瓢箪が木っ端微塵に割れていたり…
…おいなんで止めなかったご両親と引き取った後の俺。
終いには俺の知らないところで危ない目に遭うわ
ヤクザに恩を売ったり、チンピラに説教かましたり…。
どうやったら普通に生きてくれるんだこいつは。
いや確かに引き取ったものの、衣食住だけ与えてあまり構えていなかった俺にも非はあるだろう。
いくら警察官に成り立ての頃で時間に余裕がなかったとはいえだ。
しかし、それでもそれなりにきちんと育てて来たはずだ。
保護者の必要な学校行事にはできるだけ顔を出したし
休日は毎回とはいかないが、遊びに連れて行ったりした。
お陰でグレるどころか反抗期すらない素晴らしい良い子に育ったはずだ。
この間だって学校の成績表に担任教師から優秀と太鼓判を押されたぐらいだ。
「…おい、銃兎いつもこんなんか?」
「怒られたことないからわかんない…」
「あ?甘やかして…るわけじゃねえか」
「俺、良い子なので」
「テメエで言うなと言いてえが…事実だわなァ」
「いやそこは突っ込んで欲しかった。恥ずかしい」
「よーしよし」
「すごい雑に頭を撫でて来る!!」
それがちょっと目を離した隙に、ヤクザと仲良くなってやがる。
あれだけ俺が口を酸っぱくして、危険なことには近づくな
陽が暮れたができるだけ出歩くな、どうしても出歩く場合は事務所のマネージャーにでも付き添ってもらえ
そう、それだけ口を酸っぱくして言っていたというのに。
まあ、百歩譲ってだ。
この子は優しく、正義感もある子だ。
だからチンピラに絡まれている女性を放っておけなかったんだろう。
そこは褒めてもいいだろう。
だが、チンピラを正座させて説教する必要はあったか?否、ない。
助けられた時点で人通りの多いところにでも出て、助けを求めればよかっただろう。
なのにこの子はそれをせず、説教をしたと。
…この子の「言葉」には有無を言わせない力強さがある。それは認める。
だがそれと心配なのは別の話だ。
そうだ、俺は心配をしているんだ。
当たり前だ。
この子は俺の「家族」だ。
「左馬刻ィ!結弦になんかあったらタダじゃおかねえからな!!」
「うおっ…黙り込んだと思ったら急にテメエ…」
「(脳内でなんか色々考えてたんだろうなあ…)」