綺麗な人だったのを覚えている。
疲れきった顔をして、それでも気高さを感じさせる人だった。
その女性は幼い俺の言葉を真剣に聴いてくれて
少しでも疲れが取れれば、と歌った幼い歌声を微笑みながら聴いてくれて
最後には、「どうかそのまま…愚かな男になどなるなよ」そう言って頭を撫でてくれた。
あの人の名前は、なんだったか…。
「中央区で行われるディビジョンバトル決勝の、前座…ですか?」
「もう!言い方が悪いわ!前座じゃなくて催し物の一つよ!メインよ!」
「いやメインはバトルでしょ…」
「あらやだほんとよ!中身ちゃんと見てみなさいな」
差し出された薄い冊子を開いてペラペラとめくっていく…やだほんとだ
扱いが前座どころじゃないわ。メインだわ。なんでだよ。
なんかバトルとは別にチケットが必要な感じになってるし…。
「あれ…日付が…」
「そう!結弦ちゃんのLiveがあるのはバトルの前日前夜!メインよ!!」
確かに…銃兎さんに聞いてた日の前日だわ。
でもなんでだ?
確かに俺の歌は中王区でも人気と聞いてはいるけど
それにしたって、なんでわざわざ大事なバトルの前日前夜に…?
「私も詳しいことは聴いてないのよねえ…急に無花果ちゃんから連絡があったんだもの」
「いちじく…社長の親戚でしたっけ」
「そうよ〜。中王区なんてもの作ってから滅多に連絡なんてしてこなかったのに急に!」
ぷんぷんと、成人男性とは思えない怒り方してるけど、不思議と嫌悪感がないのが不思議だ。
…見た目的は立派な成人男性なのになあ…。
男性なんだよなあ…。
「…ライブについてはわかりました。
顔出しはいつも通りなしでいいんですよね?」
「それはもちろんよ!
というか顔は晒さないように、ってお達しが出てるぐらいなのよ」
「それは、ありがたいですけど…」
いや、ほんとにありがたい。
これからも平和に暮らして行きたい身としては、歌手として顔出しは控えたい。
もちろん将来、学生でなくなった時には顔出しも考えるけど
今はまだ学生の身なので、下手に街中を歩けなくなるのは困る。
それに、保護者である銃兎さんとも、顔は出さないって約束してるし。
「ん〜…無花果ちゃんがね…今までもこれからも顔を晒す必要はないって言うのよえねぇ…」
「ええ…そんな出しちゃいけない顔してます…?」
「そういうことじゃないと思うのよ…そもそも無花果ちゃんも歌手E-S(イース)の顔は知らないでしょうし」
それもそうだ。
俺は完全に顔出しNGの歌手として活動してるし
ライブをやる時だってフードと仮面で顔を隠してる。
…思えばものすごい厨二くさい…
いやでもフードも仮面も毎回怪しくない、おしゃれな感じにしてもらってるから多分大丈夫なんじゃないかな!?
「会場は前日入りで、衣装や小物も中王区が用意してくれるそうだから」
「ええ…上げ膳据え膳でこわいんですけど…」
「よねえ…」
前日入りは分かる。リハとかもあるからまあ。
しかし衣装も小物も中王区が用意っていうのが…。
変な衣装用意されやしないだろうな…。
女尊男卑の世の中だからあり得る…性別は隠してないからなあ…。
覚悟だけしとこ…。
と、思ってんだけど。
「E-S様、お待ちしておりました。」
中央区に入った途端、賓客扱いか?と言わんばかりに丁寧な接待を受けている…。
え、なにどういうこと?
女尊男卑なんじゃないの???
社長もスタッフも頭上にはてなマーク浮かべてるよ?しっかりして?
ちなみに中央区に入る前の車内で社長に仮面つけられたので、
ここまで案内してくれたお姉さんたちに顔は見られてない。
「後ほど勘解由小路様が参りますので、それまでこちらでおやすみください」
「あ、はい。ありがとうございます」
お姉さんたちに取り囲まれるように案内された部屋がまあ…豪華で
一体俺はここになにをしに来たのかわからなくなるほどだった。
社長も相変わらず目が点になってる…。
しっかりして!社長でしょ!!
「…何なのかしら、このVIP待遇…」
「ですよね…」
「見て、マネージャーちゃんが白目になってるわ」
「しっかりして!!マネージャーさん!!」
スタッフで数少ない女性であるマネージャーさんが、女性にあるまじき表情で白目を…!
「E-Sちゃんなにこれ。政府になんでこんなVIP待遇されてるの…マネージャー聞いてない…」
「俺も聞いてないです。しっかりして!」
この場にいる全員の疑問。
それは案外すぐ解決することになる。
数分後現れた女性、勘解由小路無花果によって。
「−−変わっていないな、結弦」
赤い髪を靡かせて入室し、そう笑いかけて来た女性に
俺は確かに見覚えがあった。
昔、母さんと父さんが存命だった、俺に前世の記憶がなかったころ
母さんが後輩だと言って連れて来た女性。
疲れ切った顔をして
でも幼い俺の話と歌を聞いて微笑んでくれた人。
「…おねえちゃん…?」
愚かな男にはなるな、とそう告げて頭を撫でてくれた人だった。
あたたかな家庭だった。
優しい母親に、優しくも厳しい父親
そして素直で心優しい子ども。
誰もが憧れるであろう、あたたかな家庭だった。
その中に招かれた時、幼い子どもが辿々しく
でも優しく紡ぐ言葉にたまらなく胸を打たれたのを覚えている。
その子は疲れた私を癒し、幼い声で歌まで歌ってくれた。
愛しく子。
まだ小さく、誰かが守り慈しまなければいけない。
そう。
きっとこのまま歪むことなく育てば、男といえども素晴らしい子に育つ
それはこの家庭にいればなんら難しくないことだと、そう思えた。
男でありながら争いを憎み、それを無くそうと尽力する父親
そしてそれを支える母親
2人に育てられれば、きっと
そう思っていたのに、父母は亡くなった。
あの子は…まだ幼いあの子は独りになってしまったのだ。
守り慈しむ大人がいなくなり、独りに。
だがあの頃の私にはまだ力がなかった。
だからあの子を守ることができなかった。
ただ親戚である、警官になりたての男が後見人となるのを、見ていることしかできなかった。
だから、今度こそは守るのだ。
比類ないほど優しく強く、輝かしく育ったこの子を。
世の愚鈍な男どもと一緒にしてたまるものかと。
勘解由小路無花果さんと