亀毛兎角


この時間の銭湯はなかなかの混み具合であって、まだ性も淡い少女がマッパで脱衣場を走り回っていた。
それをぼんやり眺めながら湯上がりの海野はマッサージチェアーに揺られていた。
部屋の隅にあるデジタルテレビをがっつり観れるいい席である。あー、と唇をだらしなくあけてニュースへ目を移す。明日の天気は晴れらしい。


『ちょっと!きいてる?鯖江ー!』

「あ。ごめんごめん。えーと…なんの話だっけ?」

『聞いてないじゃん!!!』


慌てて携帯から耳を離すが、キィーンと金属音が耳の奥で木霊するようだ。
空いてた手でこめかみをぐりぐりおしながら、携帯を耳へ近づける。


「ごめん…アイダ…」

『もぉ!だからねー、ほらサチコと遊んでたときさぁ、ガチやばい男がいてー』

「やばいって?」

『すっげーこっちチラチラ見んの。きもい!ほんときもい!!黒い革ジャン着ててー』

「フツーじゃない?革ジャンって」

『違うの!背中にドクロあんの!!』

「あー…」

『サングラスかけててー』

「いや、サングラスぐらい許してやんなよ」

『ちょこちょこズラしてこっち盗み見てんだよ!?きもくない!?』

「あ、あー…」

『ストーカーとかになったらどうしよー!鯖江さ、いま探偵でしょう?』

「探偵ですけど…」

『もしわたしにストーカーできたら絶対助けてね』

「それだけでそんなに…いや、まぁ助けるけどさ…」


よっぽど気味悪かったんだろうーなぁと思う程度には海野も興味を持てた。
ニュースは先日赤塚団地交番前にて捕まったという変質者の話題へ移ってる。なんでもチェンソーと共に電機コードに全裸で縛られてたという。
ネットでは亀甲縛りだったと補足されていた。


ーーーーー…被疑者はいまだにチェンソーで斬りかかったのに死ななかったや、罠にはめられたなど口にしており精神鑑定と共に余罪の追及をーーーーー…


「……あれ?」

『どうしたの?』

「や、赤塚団地の変態、この間すれ違った人に似てーーー…いや、なんでもないや」

『はぁ?ちょっと鯖江、大丈夫?それやばいんじゃないの?ジョーダン笑えないし!ちゃんと休んでる?』

「マッサージチェアーなう」

『あはは!羨ましいーぃ!
そういえばさぁ、サチコ弟いたじゃん?』

「高校生だっけ?」

『ううん、まだ受験生。その弟くんがさ、この間の期末の帰りに猫男に会ったんだってー』

「……猫女じゃなくて?」

『え?そこ?鯖江っていつもズレるよねーポイント』

「え、えー…?」

『でー、びっくり逃げた先で今度は赤塚団地の前の川をさー、凄い速さで泳いでいる男を見てー…』

「……あのきったない川?」

『そ。しかも遠吠え上げて』

「まぢか」

『絶対ノイローゼだよね。受験ノイローゼ。サチコ心配して、今日は弟くんの塾の送り迎えしてるー』

「サチコ、免許持ってたっけ?」

『えー?忘れたのー?持ってたじゃんー』

「まぢか」


隣で産まれた猫が三毛猫だった、と言われた程度には興味が持てる。
海野はマッサージチェアーに揺られながらうっとり目を閉じた。


「なんか、」

『うん?』

「サチコ意外とブラコンなんだね」

『サチコの弟くんイケメンだよ』

「まぢか」

『あれー?鯖江は会ったことなかったけー?』

「たぶんない」

『あはは、あれだよそれ、嫉妬。
鯖江会わせたらとられそうだもん。弟くん』

「え…?なにそれ…」

『じゃーさ、弟くん受かったらあたしたちも合格祝いしない?』

「なんか乱暴なこぎつけだなー」

『いいのいいの!じゃないと一生会えないよ!イケメンに!』


いや、別に会えなくてもいいけど。
そんなツッコミじみた感想を抱く海野の頭上で、男湯より怒号が響く。


「おまえら!!ふるなああああああああああああああ!!!!!!!!」


なにをだ。
ちらりと天井を見上げながら、『あ、そうそう、そういえばバイト始めたんだけどぉ』という友人の声を聞いていた。


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