「なに? クイーンとの対決にエントリーするゲコ?」

 ヒキガエルのような風貌の支配人に、なまえの顔は引きつっていた。

***

「キミも命がけでクイーンに挑戦してみませんか? 今なら賞品に“ コケ ”のカードが手に入る……闇のコロシアムで開催中…?」

 なまえに案内されて見つけたビラには、確かにそう書いてあった。遊戯がなまえを見上げると、彼女も面倒くさそうに肩を竦める。
 城之内だけは面白そうに乗り気を見せた。

 とりあえずゲームとして必要な攻略だと割り切って、一行はそのコロシアムへと向かった。

「いやいや、勇敢な戦士たちゲコ。クイーンが強すぎて、挑むヤツが少なくて困ってたところだったゲコ。」
 それで、今に至る。
 差し出された豚のマスクに薄汚いマント。なまえは振り向いてしゃがみ込むと、青い顔で遊戯を見上げた。

「え? あれ着るの? 嘘でしょ?」
 本当に勘弁して。そう続けたなまえに遊戯とモクバは顔を見合わせるが、城之内がなまえの肩を叩いた。

「オイオイ、なにも全員が闘うわけじゃねぇだろ? ここはオレに任せとけって!」
「城之内……」
 困惑した顔で見上げるなまえに、城之内は初めて彼女からデュエルで頼られる事に顔がニヤけた。つい最近まで町内大会8位がベストレコードだった自分が、今ではデュエリスト・キングダム準優勝にまで昇りつめ、さらにはデュエルクイーンからも頼りにされている。そう思うと、ここでなまえに恩を売っておくのも悪くはない。

「もしそのクイーンが私のコピープログラムだったら100%城之内が負けるけど本当に大丈夫なの?」

 否、本当の困惑顔だった。モクバもなまえに並んで頷いている。城之内も予想の範囲内ではあったものの、2人の反応に大きく肩を落として落ち込んだ。

「あ、あの…… そんなに危険なんですか?」
 遊戯は支配人に念を押す。支配人役のモンスターはニタニタ笑いながらも、その返事はあっけらかんとしたものだった。

「なに、ライフがゼロになるまで闘ってもらうだけだゲコ。」

「ライフがゼロって……」
 遊戯の顔色が暗転するのも構わず、城之内はマスクとマントを取り上げた。

「やっぱりオレが出るぜ。」
「ちょっと城之内!」
 なまえは立ち上がり、今度は真剣な目で向き合う。城之内は「ヘッ」と短く笑って衣装を抱え込む。

「ライフがゼロになったら、この世界から生きて帰れる保証はねぇ。」
「だったら城之内のライフは少なくなってるし……!」

 モクバの反論にも城之内は耳を貸さない。それどころか、3人から完全に背を向けてしまった。
「オレなんて居ても居なくても大した違いはねぇが、お前ぇたちがいなくちゃ、ゲームをクリアできねぇだろ!」

「だったらライフが一番少なくて、使えるカードが少ない私が……!」
 なまえの反論に、城之内は「バカヤロウ!」と厳しく返した。

「オレたちの目的はあくまで“コケ”のカードだろ! そんな指定枚数も割ってるデッキしか無ぇなまえが行ったところで、無駄死にするかもしれねぇ。この中で適任はオレだけだ。……もうとやかく言うんじゃねぇ。オレは出ることに決めたぜ!」

「城之内……」

***

「レディース アンド ジェントルメン!───無敵のクイーンに挑む挑戦者が、久々に登場したゲコ!」

 太陽が直上から照りつけるコロシアムに、支配人の声が響き渡った。“オオカミ殺しのジョー”とファイトネームを付けられた城之内が、マスク姿で現れる。

 そう大して満員でもない観客の声がかかる中、城之内に一番近い席で遊戯となまえ、モクバが座っていた。

「ねぇ、今さらだけどこれってスター・ウォー…
「このゲームを作ったのはビッグ5の連中だ。兄さまみたいなゲームデザインのセンスなんて、アイツらにあるわけ無いだろ。」
 モクバが淡々と遮るので、なまえは口を噤んだ。遊戯も苦笑いでまわりを見回している。

 そうこう喋っているうちに、このコロシアムチャンプであるクイーンが、御輿に担がれて現れる。

「さぁ!迎え撃つのは無敵のクイーン、“バタフライのお蝶”だゲコ〜!」

「ねぇ、バタフライの蝶って」となまえが口を開いたところで、今度は視線だけでモクバはなまえを黙らせた。

***

「クソ! なんとか持ち堪えてくれよ!」
 ドアに鍵をかけ、動かせるだけのもので塞いだ本田と杏子は、バリケードが崩れないよう押さえていた。
 叩き破ろうとする男たちの怒号や振動が、手の平から伝わって来ている。

 杏子は背後に横たわる、無防備な3人の身体を渡すまいと、その手に一層力を入れた。

「(遊戯───……)」

***

「ねぇ、気のせいよね?」

 なまえは肘をついて、もはや茶番と化し始めていたデュエルを見ていた。モクバはあまり面識が無かったので仕方ないが、遊戯もこの落とし所を実際に戦っている2人に任せるしかないと感じている。

「間違いねぇ、この高飛車な笑い声、品のない言葉使い……」

 初手からだされた“ハーピィ・レディ”に、城之内のモンスターの攻撃で発動された“銀幕のミラー・ウォール”。そこへ装備魔法“バラのムチ”が出れば、城之内はもう確信を持たざるを得ない。

「ハーピィ・レディの攻撃!」

「ま、待て!」
 クイーンの攻撃が炸裂する寸前、城之内はマスクを取って素顔を見せた。
 その顔を見たクイーンも驚いて攻撃をやめると、彼女もマスクを外した。
「城之内?!」

「舞さん!」

 見知った顔は城之内だけでなかった。柵を飛び越えて上がり込んできた面々に、舞はさらに驚く。
「遊戯! なまえ! モクバまで…… なんでアンタ達がここに?!」
「そりゃこっちのセリフだぜ。」

 モンスターを下がらせて5人は歩み寄る。舞は驚きを隠せないようだが、遊戯たちは思いがけない仲間の登場に少し安堵していた。

「兄さまが人質に取られたんだ。」
「このゲームをクリアしないと、海馬の命も危ないかもしれないの。」
 モクバとなまえの真剣な表情に、舞も冷静さを取り戻す。
「海馬が?」
 遊戯は舞の視線に頷く。

「僕たち仲間なんだから、こんな所で闘うことないよ。」

 しかし、遊戯のその提案は受け入れられそうになかった。コロシアムに集まった観客たちの激しいヤジや、ゴミや石を投げ入れられ始めたことで、城之内は悪態を吐くように観客たちを見回す。
「だが、海馬を救うためには、闘って“コケ”のカードを手に入れる必要がある。砂漠を渡るにはどうしてもあのカードが必要なんだ。」

 深刻そうな顔を揃えた4人を前に、当の舞は全く意に介さないといった様子で、いつものように腰に手を当てて支配人の方を横目で見た。
「要はあのカードさえあればいいのね?」
 舞によからぬ雰囲気を感じた遊戯が「え?」と声を漏らすが、舞はそれにウインクで返して悪戯っ子のような笑みを見せる。

「アタシも実は、ここから逃げ出したかったのよ。」

 あ、これなんかやらかすやつだ。
 なまえと遊戯がそう思ったのも束の間、舞はハーピィ・レディにバラのムチで支配人の目の前からコケのカードを奪い取った。

「さぁ! さっさと逃げるわよ!」

 舞からケツを叩かれたように4人は一斉に走り出す。遠くから「逃すなゲコ〜!」という支配人の声が聞こえたあとは、もう風が耳をかすめる音しか聞こえなかった。


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