「それじゃあ、よく見てて。」
 御伽はさっきのカップを取り出すなり、その中へダイスを放り込んで机に伏せた。
「(それ私の席……)」
 堂々と勝手に使われて早くも文句が飛び出しそうになるが、なまえはぐっと堪える。御伽はカップから手を離すと、さも得意げと言った様子で上げたままの手を城之内にひけらかす。

「はたして僕がカップに手を触れずに、ダイスをこの右手に移す事ができるかどうか。」

「そんなの無理に決まってんだろ! 超能力でもないかぎり、ダイスの瞬間移動なんてできっこねぇ!」
「そう言ってる間に、ダイスはカップから消えてるはずだよ?」
 御伽は涼しい顔で右手を握りしめて見せる。城之内が慌てるのを面白がるように小さく笑うと、「ウソだと思ってるなら、確かめてみたら?」と嘯いた。

「バカな……」

 城之内はまんまとカップを持ち上げた。机にはダイスが現れ、城之内の目の前から御伽の手がダイスを取り上げる。
「え、……」

「いまダイスは右手に移った。僕はカップに触れてないよ。───僕の勝ちだ。」

 きゃあっと取り巻きの歓声が上がる。納得のいかない城之内に、思った通り簡単にしてやられたとため息をつく本田と杏子。なまえと遊戯もこれには閉口した。
「う…… てめぇふざけるな! こんなイカサマゲームで勝った負けたって言われるのは気に入らねぇ! 正々堂々とデュエルモンスターズで勝負だ!」

 御伽は前髪の先を指に巻いては弄び、吠える城之内には目も向けない。
「いいだろう。ただし、キミの得意なゲームを受けるからには条件がある。」

「条件?」
 城之内よりも遊戯がその言葉に反応する。だが城之内は遊戯ほど警戒することなく承諾してしまった。
「おう! なんだって受けてやるぜ!」

「フ…… 僕は自分のデッキを持っていない。」
 その言葉に取り巻きの女の子たちから城之内へのブーイングが飛ばされる。「不公平よ」と浴びせられた冷や水に、城之内はたじろいだ。
「わ、わかったぜ。いったいどうしろってんだ?」

「そこで、デュエルは新しいパックをその場で開けてデッキを組むことにする。どうだい? 平等な条件だろ?」

「そんなのムチャだわ!」
「そうだよ! 使い慣れたカードじゃなきゃ運に左右される!」
 なまえと遊戯が思わず抗議する。だがなまえはクラスの女子の視線に、遊戯は城之内に遮られて言葉を詰まらせた。
「(ほら出たみょうじさんのアレ)」「(ほんと、ああやって男子に混じって……)」
「うっ……」

「マァ心配すんなって! ペガサスへの挑戦権を争ったオレの腕前を疑ってんのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
 遊戯もなまえも引き下がらざるを得ない。なまえは一歩二歩後退して、ついには杏子の横についた。

「そうだ。ただゲームするだけじゃつまんないだろ? キミが負けたら1週間、僕の言いなりになるってのはどうだい?」

 とんでもない事を言い出した御伽に遊戯が口を開く間もなく、城之内が売り文句に買い文句とばかりに乗った。

「おもしれぇ。じゃあオレが勝ったら、テメェの取り巻きの女子! 全員オレのファンになってもらうぜ!」

 これこそ最大のブーイングが上がる。流石に遊戯も城之内から後退して、4人は呆れた顔で城之内を傍観した。
「最低……」
「ダメだこりゃ……」

***

「えぇ、なまえ…… 来ないの?」
 放課後わざわざ迎えに来てくれた遊戯に、なまえは申し訳なさそうに手を合わせる。
「クラスの女子と掃除当番代わったのよ。悪いんだけど、今日はパス。」
 なまえがチラリと目をやった先には、チアガールの制服をバッグに詰める3人の女子がいた。遊戯も彼女たちが今日御伽の取り巻きにいた顔だと気付くと、眉間に皺を寄せてなまえに向き直る。

「なんていうか、なまえも大変だね……」
「間に合いそうだったら行きたいけど、……なんて言うか、別の予定もあって。」
 視線を逸らすなまえに遊戯は首を傾げる。
「じゃあ、またね」
 なまえは手をヒラヒラと軽く振って掃除用具ロッカーを開けた。遊戯も「うん、バイバイ」と手を振って、階段の前で待つ城之内たちの方へ足を向ける。

『アイツ、また海馬と約束があるんだな。』
「(!! もう1人の僕! 見てたの?)」
 思わず声に出してしまいそうになるのを堪えて辺りを見回すと、不自然にならない程度に横に立つもう1人の人格の自分へ目を向けた。
「(でも、なまえは海馬君のことなんて一言も……)」
『……』
 不貞腐れたように口を曲げるもう1人の自分に、遊戯はその意味が汲み取りきれずなまえの方へ振り向く。もう僅かな隙間から彼女の背中しか見えないが、その腰にはしっかりと千年秤が煌めいていた。


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