「広場に行ってみるとよいでしょう。そこで、あなた方の運命が切り開かれるはず。───あとはご自分の目で確かめるほうが早いでしょう」
 イシズはそう言って去って行った。残された3人はそれぞれに石盤をもう一度見上げる。

 遊戯はもう1枚の石盤に刻まれた女のレリーフをなまえの横顔越しに見上げていた。その視線に気付いたなまえが遊戯を見ると、鞄を足元に放った。

「遊戯、……関係あるかわからないけど、見せたいものがあるの。杏子の前で見せるのはどうかと思ったけど、」
 そう言って服のボタンを外し始める。
「お、オイ……!」
「ちょっ……なまえッ───、え?」
 シャツを少し開げた胸の中心、女の子らしいブラジャーが包むべき白い胸の谷間には、不気味なほど形の整った紫色の染みが覗いていた。

「なまえ、それ……」

 ウジャド眼を縦にしたような葉楕円形の肌の染みに杏子が口を押さえる。遊戯もその異様な光景に、石盤に描かれた女のレリーフを見上げた。

 どちらの石盤に描かれた女の胸も同じ場所を切り開かれている。なまえも自分の体の特徴にすぐ共通すると気が付いて、女としてもコンプレックスになり得るその秘密を遊戯と杏子に晒した。

「私には生まれつきこれがあったの。ただの紫斑だと思って隠してきたけど…… これを見て偶然だとは思えなくなった」
 ボタンを留めながらなまえはため息をつくと、「誰かに見せる日がくるなんて思わなかったわ」と漏らす。途端に海馬が瞼に浮かぶ。ふと、遊戯に先に見せたことで海馬に罪悪感すら湧いた。

「オレたちはやはり、この壁画に描かれた人物…… もしそうだとしたら、争っているもう1人の男は……」
 襟を直して鞄を拾い上げると、なまえは携帯を取り出す。

「(海馬……瀬人……)」

「(この壁画に描かれていることは、現在のオレと海馬にあまりに付合している。だがここに描かれている通りだとするなら、なまえは一体───

  やはり全ての謎を解き明かすには、オレ自身の記憶を呼び戻すしかないのか……!?)」

***

「今日オレがあの石盤を見たことを、相棒は知らない……」

 すれ違いを起こした童実野駅、その前を通りかかったところで遊戯は口を開いた。隣を歩いていた杏子と、少し離れて後ろを歩いていたなまえも小さく首を傾げる。
 遊戯は立ち止まって2人に振り返った。

「あの壁画のことも、イシズやなまえの事も……相棒には黙っていてくれないか?」
「……」
 無意識に胸元へやったなまえの手を遊戯が目で追いかける。
「オレが記憶を取り戻して、……その時、相棒と一緒にいられるかはわからない。今はまだ余計な心配をかけたくないんだ。」

 遊戯はおもむろにデッキケースからカードを取り出した。一番上に出ていた“ブラック・マジシャン”のカードになまえの方が小さく揺らぐ。

「オレの使うデッキは、いつもアイツと一緒に組み上げたものなんだ。半分はアイツの魂でできた結晶だ。……アイツがオレのことをきちんと理解してくれるから、オレはこのデッキの本当の強さを発揮してやることができる」

「うん」
「……そうね」
 杏子が真っ先に頷いたのとは対照的に、なまえはどこか思惑してから返事を返す。
 イシズの言っていた広場はもうすぐ目の前だった。だがここへ来て、遊戯が違和感に辺りを見回す。
「(おかしい……ずっと前から、殺気のようなものを感じる)」
 なまえも片方の手はずっと千年秤を撫でている。
「どうしたの? 2人とも怖い顔して……」

「おーい! 遊戯〜!」

 杏子の言葉にどちらかが返すより先に、駆け寄ってきた人物が3人を驚かせた。
「舞さん!」
「久しぶりィ! 元気だった?」
「舞も相変わらずそうなだな」
「いや〜ん、それほどでも……」
 振り上げていた手を下ろして笑顔を向ける舞にひりついていた遊戯の顔も少しばかり解される。だが舞の笑顔は少し悪魔じみて、そのまま杏子となまえの肩を抱いて真ん中に割り入ると、強引に遊戯から背を向けさせた。

「ねぇねぇなぁに? 遊戯と集団デート?」
「そ、そんなんじゃ……」
「なまえも海馬はどうしたのよ〜? 乗り換え? どっちにしてもネットでのウワサ、あとでたっぷり説明してもらうんだから」
「ア、アレは勝手に書かれてるだけで……!」

「じゃあ遊戯とデートしてるのは杏子で、なまえは乗り換えてないのね?」

「「なんでそうなるの!」」
「照れんな照れんな!」
 両脇で2人の首をグリグリと締める舞に杏子もなまえも「ギブ…!ギブギブ!」「舞さんくるしい……!」と降参する背中を、遊戯は困惑して眺めるしかできない。

「ところで舞、どうしてここに?」
 遊戯からの問いかけにやっと解放されて2人の被害者が首を戻したり動かしたりする。
「どうしてって…… アンタ達、何も知らずにここに来たの?」
 以外どうな顔をした舞を横目に、なまえはふと海馬を思い出す。

「あ、……そうだ。ゴメン、私…電話折り返してあげなきゃ」
 肩にかけていたバッグのフラップをめくったところで、遊戯はなまえの瞳に住み着く海馬を見てまた胸がひりつく。誤魔化すように小さく息をつくと、広場の方向へ目を向けた。

「オレ達はここに来れば未来が開けると言われたんだ。」
「未来ね、……それはそうかも。」

「……げ」

 なまえが小さくそう漏らす。電源の入った携帯を舞と杏子が覗き込むと、海馬からの着信通知がちょうど99件溜まっていた。これには流石に杏子も「うわぁ……」と溢れる。

 そこへ100件目の着信が鳴り響く。正直出たくない。かといって無視し続けてどうなるか想像するのも恐ろしくなって、なまえは電話に出た。

「…………も、もしも───
『貴様、オレの電話を無視して遊戯と一緒に居るとはいい度胸だ。』

「───!」

 驚いて辺りを見回す。その様子に遊戯ももう一度なまえに振り返った。なまえが見回した限りでは海馬の姿は見当たらない。
「な、……なんで知ってんのよ!」

 そう慌てる後ろで舞は杏子の肩に肘をついて耳打ちをする。
「ねぇ、やっぱなまえと海馬って付き合ってるわよね?」
「え、あ……さ、さぁ……」

「……」
 なまえはムスッとする遊戯と目が合う。ドキッと心臓が跳ね、つい口籠ってしまった。

『フン…… まぁいい。今迎えに行く』
「は?」
 ブツッと電話が切られる。明らかに機嫌が悪そうだった。今ここへ来るって言ってたけど、正直遊戯達の前で海馬に振り回されてくはない。

 大きくため息をつくと、なまえは遊戯達に振り返った。

「帰る」

「えっ」
「海馬に何か言われたの?」
「舞さん携帯覗いたのね」
 焦ったような赤い顔で目を細めるなまえに、舞はごまかすように笑う。


 そこへ町のざわめきが驚きの声に染まった。

「ねぇ、アレ!」
 杏子がなまえの背後を指差す。思わず冷や汗が流れ、振り返る勇気が出なかった。だが思っていたのと違う反応にすぐ冷静になり、3人が見上げる先へなまえも目を向ける。

 駅前の電光掲示板だけではない。ありとあらゆる画面に海馬が映され、まるでなまえが振り向くのを待っていたかのように海馬は鼻で笑った。

「海馬!」
 遊戯の声にハッとする。

『デュエリストの諸君、よく聞くがいい! 1週間後、この街において海馬コーポレーションがデュエルモンスターズの大会を開催する!

  デュエリストの参加条件は2つ! レアカードを含めた40枚の
デッキを用意すること。そして、この次世代デュエルディスクを所有することだ!』

「あれは……」
 先週見せられたデモンストレーションを思い出す。そして同時に、神のカードのあの威力をも思い出して身震いがした。

『デュエルはバトルシティルール、さらにアンティールールを採用! 敗者は自分のデッキから最もレア度の高いカードを勝者に渡さなければならない。
  つまり優勝者は最も多くのレアカードを手に入れることができるのだ!』

「レアカードのアンティーだと?!」
「海馬のヤツ、随分思い切ったルールを使うわね」
 遊戯と舞が画面の海馬を睨んでいると、明らかに町の音ではない轟音と突風がそこへ降り注いだ。
 舞やなまえが自分の長い髪を振り払ったところで、ビルの間を縫ってホバリングするヘリとヘリから降ろされた縄梯子に捕まる海馬が現れる。

 海馬の目になまえを探すという仕草は不要だった。旗のように翻るあの赤い髪など、はるか上空からでも見つけられる自信が海馬にはある。
 そして、それは遊戯に対してもそうだった。

 テレビ画面は海馬のライブ映像に切り替わる。

「戦いの舞台はこの童実野町全域! 1週間後、この街はバトルシティと化す!」

 湧き上がる歓声をヨソに、海馬は遊戯達の元へ飛び降りた。ただでさえ高圧的で偉そうに見えるというのに、腕を組んで遊戯となまえを見下ろす。

「やはり来ていたか、遊戯…… 貴様との因縁、この闘いで決着をつける!」
「フン、臨むところだぜ、海馬! だがせいぜい吠え面かかされないよう健闘するんだな」

「(フン……貴様はまだ“神”を知らない!)」

「(この闘いがあの石盤に導かれたものなら、これは宿命の闘い……! 今ならハッキリわかるぜ。それがどんなルールだとしても、オレは挑まなきゃならないとな!)」


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