「へぇ〜、アンタ“お嬢様”だったんだ」

 「その呼ばれ方、好きじゃないんだけど」そう顔を顰める横で老齢の家政婦が「おかえりなさいませお嬢様」とリビングから出てきてなまえのジャケットとバッグを受け取る。

 舞は童実野町で行われるバトルシティ大会の間を、なまえの家に泊まることとなった。
 街を見下ろす高台の高級住宅街、その端の邸宅に通されて舞は意外そうな顔でエントランスを見渡す。

「舞さんがオープンカー乗り回してる方がびっくりしたわ」
「あ! どーゆーイミ? ソレ」
「運転してくれる男がトランクに積んでなかった」
「アハハ! 言ったわね、コイツぅ」
 首に腕を回して戯れあう舞になまえが笑いながら家政婦の横を通り過ぎる。家政婦は心底驚いたような顔でそれを目で追うしかできないでいた。

「ねぇお風呂広いの? 一緒に入りましょうよ」
「え゛ッ……そ、それはダ…
「いいじゃない! ここまで来たら徹底的に付き合いましょ。海馬のことも全部吐いてもらうんだから」

***

 海馬に掴まれた腕をなまえは振り払った。
 よほど信じられなかったのだろう、暫く固まったあと海馬はすぐに心底機嫌を損ねたと言わんばかりになまえを見下ろす。

「なんのつもりだ」
「そ、……そっちこそ」

 ジリッと距離を詰める海馬になまえが後退する。街のど真ん中で派手な登場をして注目を集めておいて、さらに手を握ろうとする海馬になまえは困惑を隠せない。
 周りの噂に油を注いぐばかりで、肝心の当人達は一歩たりとも関係を進めていないということを、海馬は本当に理解しているのだろうか。

 上空でホバリングし続けるヘリからの風に髪が忙しなく頬を叩く。
 目を細める海馬の威圧感に言葉がつまり、なまえは逃げたくても逃げられない。

「ゴメーン、なまえは今日アタシを泊めてくれる約束なの」

 なまえの腕を抱いて割り入ったのは舞だった。
 予想外すぎる展開に「へ?!」と間抜けな声を上げるなまえの口を舞の手が塞ぐ。
「なまえを連れてかれると、アタシが泊まる宿がなくなっちゃうのよ。……あら? まさか海馬コーポレーションの社長さんが、こんなイイ女に野宿しろなんて言わないわよね?」
 遊戯と杏子も舞の行動には黙って見ているしかできない。眉間にシワを寄せて目を細める海馬に、舞は止めを刺す。

「女の子が嫌がってるなら、ちゃんと引かなきゃダメ。どんなにイイ男でもそれが出来なきゃ嫌われちゃうわよ?」

「チッ……フン、いいだろう。……今日のところは帰してやる。」

 舞の腕から解放されたなまえが小さく安堵の息を漏らす。そこへ海馬がなにかを投げて寄越した。
「……ッと! なにを、」
「次からはそれを使え」
 それだけ言って海馬は背を向け、ヘリから降ろされた縄梯子に足を掛けた。強い風に目を一度瞑ると、もう遥か上空まで登っていってしまう。

「なんなのよ、ほんと……」
 髪を手櫛で直しながら渡されたものを見ると、青と金のリボンが結ばれたプレゼントボックスが手の中に収まっていた。
「……!」

「なぁにアレ? いっつもあんな感じ?」
 同じく手櫛で長い金髪を整える舞に振り向く。まさか助け舟を出してくれるとは思わなかっただけに、なまえはすぐに頭を下げた。

「舞さん! ありがとう、まさか助けてくれるなんて」
「いいのいいの。それよりアンタ、ああいうムカつく男にはちゃんとガツンと言ってやらなきゃダメよ!」
 杏子と遊戯もホッとした様子で駆け寄れば、舞は杏子の腕も抱いて引き寄せる。

「杏子も気をつけンのよ? 男ってのはね、イイ女が躾けてやらないとイイ男にはならないんだから」
「あ、アハハ…… そんな、舞さん……」
 あからさまに遊戯に向かって言う舞に杏子が困ったように笑う。遊戯もちょっと引いて苦笑いで返すと、なまえの手の中にあるものへ目を向けた。

「ところで、ヤツから何を貰ったんだ?」
「え、あ…… さぁ」
 全員の視線がそのリボン付きの白い箱に集まる。海馬がリボン付きのラッピング……? と訝しむが、まあ誰かに用意させたんだろうなくらいに思い留めて、なまえはリボンの端を引いた。
 包み紙を適当に剥がして箱を開けると、なまえと舞と杏子の3人がそれを覗き込む。

「!」

「なにそれ、デッキケース?」
 ありきたりなごく普通のデッキケース。舞は色気のあるものが出てくるんじゃないかと期待していたようで、「海馬もセンスないわね」と呟く。
 だがなまえが少し驚いた顔をしているのを遊戯は見逃さなかった。
 この前の火事に巻き込まれた時、なまえのカードは無事だったがそれを守っていたデッキケースは所々焼け焦げてしまっている。……モクバからそれを聞いていたのだろう。

 なまえは小さく笑って蓋を閉めた。
「……まったく。ホント不器用な人、」
 リボンを適当にくるくると巻き上げて片手に抱くと、舞と杏子は首を傾げて顔を見合った。

「しかしだいぶ遅くなっちまったな。2人とも家まで送るぜ」

「チョット遊戯、なんでアタシが頭数に入ってないわけ?」
 腰に手を当てて詰め寄る舞に「あ、イヤ……」と口籠る遊戯。杏子も駅の電光掲示板を見上げてだいぶ遅くなっていることに焦りを見せる。

「私は大丈夫。遊戯は杏子を送ってあげて。……それか、タクシー便乗する?」
 なまえの提案に舞はフフンと鼻で笑うと、ポケットから車のキーを出して指でクルクルと回した。

「まー待ちなさいよ。アンタ達もたまには“お姉さん”に頼ったっていいんじゃないの? アタシが車で送ってあげるわ。」
「舞さん!」
 パッと顔を明るくする杏子に、遊戯も「すまない」と話に乗る。そこで舞は「その代わり……」と言って、手を合わせた。

「誰か今日泊めてくんない?」

***

「ホント悪いね、押し掛けちゃって」
「いえ……こちらこそ大しておもてなしできなくて」
 舞はこの不自然な家に何も言わないでくれた。食事が終わったら家政婦を帰らせて、大きな家にたった2人だけ。リビングとダイニング、寝室程度しか使わず、閉ざしたままの他の部屋の扉。デュエル大会の写真やトロフィーは飾ってあるのに、家族の写真は1枚もない壁。

「こっち来なよ、やってあげるからさ」
 濡れた髪にバスタオルを被ったなまえの腕を引き寄せ、舞はドライヤーを手にした。
「え、でも」
「いいからホラ、前向いて」

 なまえの恥ずかしそうな顔が鏡に映っている。舞はざっくり乾かしたあと、ブラシを通しながら髪をドライヤーに当てた。
「キレイな髪ね」
「舞さんこそ。……キレイな色、本当に羨ましいです」
 胸に落ちる髪のひと束を指に絡める。灰色っぽいような、ちょっと紫っぽくもあるような、中途半端な赤い髪。最近は遊戯の毛先みたいな色にも似てるかも……と思えるようになってきたが、やはり舞のような金髪や杏子のような栗色に憧れた。
「ありがとう。でも私はアンタの髪の色、素敵だと思うよ。……なまえみたいな妹が居たら、きっと寂しくないんだろうね」
「え、」

 両肩に手を乗せて屈み、なまえの顔の横に舞が顔を並べて鏡を覗き込む。
「どう? 顔だけ見れば姉妹っぽくない?」
 悪戯っぽくウィンクする舞にフフッと笑みが溢れた。

***

「バトルシティね……」

 ウジャド眼を冠したフードに顔を隠す男達に囲まれて、ただ1人濃紫のフードを被った男が笑う。その手には千年ロッドが輝いていた。
「はい、マリク様。……全国のデュエリストたちが童実野町に集結しつつあります」
 マリクと呼ばれたその千年ロッドの所持者が顔を上げ、周りの男たちを見回す。

「フフフ、獲物が一か所に集まってくれるならこれほど都合のいいことはない。……面白いよ。世界に散った我がグールズのレアハンターどもを呼び戻せ!」

「はっ」

「次のターゲットは童実野町だ!」


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