「しにそう…… 今日絶対プレイングミスする自信がある……」

「ちょっと大丈夫? コーヒー飲む?」
 朝日が差し込むダイニングテーブルになまえが突っ伏していた。キッチンから舞が出てくると、湯気の立つマグカップをなまえの目の前に置く。

「おさとう30個入れてく……
「いま紅茶入れるわね」
 突っ伏したままそんな事を言うなまえからマグカップを取り上げると、コーヒーには舞が口をつけた。

 いつもはキビキビと張り詰めているなまえも、この1週間で随分と舞に甘えるようになっている。舞もそれがなまえの隠していた本心だと分かっていて、つい世話を焼いてしまう。
 とくに、こんな徹夜明けのなまえには尚更だった。

「舞さんはもう組めたんですか?」
「デッキならアタシも4時くらいにやっと組み終わったわよ」
 殆ど徹夜しているのに、舞は少しも顔色を変えていない。敵わないなぁ、とため息を漏らすなまえの前に、ベルガモットフレーバーのアッサムティーが出される。磨き抜かれた舞のセンスにだってきっと一生敵わない、そう思いながら熱々のカップを手にした。

「で? なまえはデッキ構築終わったの?」

「………………………………マダデス」

***

「よし! 決まった!」
『ゲッ もう朝だよ!』

 徹夜をしたデュエリストはなまえたちだけではない。
 闇人格の遊戯に体を明け渡し、表の人格の遊戯は精神体として相談に乗り、組み上がったのは朝だった。

「魔法カード1枚入れるかどうかでひと晩中考えちまったぜ」
 徹夜の疲れも、デッキが組み上がれば吹き飛ぶらしい。遊戯はたいして目を擦るでも欠伸をするでもなく、さっそく組み上がったデッキを手にして満足そうに微笑んだ。

「……相棒。オレは闘いの前に、言っておかなきゃならないことがある」
『なに?』
「オレたちが闘うバトルシティ、……そこにはオレ自身を探す闘いが待っている。オレにとっては、おそらく重要な闘いだ。だがこの闘いも、お前の力無くしては勝利を得ることはできないだろう。

  オレはどんな時でもお前と、お前と共に組み上げたこのデッキを信じる。その事だけは、お前も胸にしまっておいてほしい。」

 遊戯は分かっていた。だがお互いに感じている事をひた隠しにした時間は終わった。やっと素直に話してくれた闇人格の自分に、遊戯も決心したように笑いかける。

『うん。わかったよ。』
 それしか返さない遊戯に、闇人格の遊戯が意外そうにその目を見つめた。

「詳しいわけを聞かないのか?」

『キミがレアカードを求めて闘うんじゃない。もっと深い事情があって闘うってことがわかっただけで充分さ。……キミが何を求めて闘おうとしているのか、それはキミが自分から話してくれるまでは聞かないよ。

  僕だってキミと、そして僕たちで組み上げたデッキをいつも信じている。』

「相棒……」

 遊戯と遊戯の手がデッキを挟んで重ねられた。同時に体も入れ替わり、表の遊戯が体を得て目を開ける。

「さぁ行こう、もう1人の僕!」

***

「ホントにこれ付けたまま街に出るの?」

 鏡の前でデュエルディスクを着けた自分の姿にたじろいでいると、舞はなまえを見定めながら「うーん」と唸る。
「そーやって恥ずかしがるからいけないのよ。ホラもっと背筋伸ばして!」
「えぇ……」
「大〜丈夫! カワイイ顔してんだから何してたってサマになるわよ! それよりも〜うリボン曲がってるじゃない」
 クレープの生地でもひっくり返すかのようになまえに背中側を向けさせると、サイドから編み込んでハーフアップにした髪のリボンを舞が結び直した。

「見た目なんて気にしなくても……」
「ダ〜メ。アンタは特に女デュエリストの頂点なんだから、もっとビシッと決めなさい! ビシッと!」
 解けないようにピンで止めてやると、舞はなまえの背中に喝を入れるように叩く。

 海馬から初めて貰ったプレゼントにラッピングとして付いていた、なんでもないサテンのリボン。赤い髪に青と金のリボンなんて、きっと誰の目にも似合わないと思われるだろう。元から“それ用”に作られていないせいもあって、たった1週間でもスレやヨレだって目立っている。
 そんなものでも後生大事にそのリボンを身に付けるなまえの気持ちを、舞はわからないでもないと尊重して何も言わなかった。

 なまえは海馬から受け取ったデッキケースをいつものようにベルトに通してスカートの上に巻き、千年秤を差す。

「それじゃ、行きましょうかね」
 舞が車のキーを指で回した。


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