無様にその場でへたり込む男に背を向けて、海馬は颯爽と去っていった。モクバもなまえも黙ってそれについて行く。
 現実感がやっと追いついたのだろう。恐怖のあまり叫ぶ男の声が背後で上げられた。

「残る神のカードは、2枚。この街にひそむそのカードを全て手に入れた時、何人もひれ伏す崇高なる神のデッキは完成する」

「(見せびらかしただけじゃん)」
 満足そうに高揚した海馬の横でため息をこぼすしかできない。オベリスクを前にしてなまえは不思議と何も感じなかった。2度目だからと言えば理由になるのか? ……おそらく違う。
 確かに神のカードの絶大な力はこの体を、心を大きく震わせた。だけど何かが引っ掛かっていた。千年秤も以前ほど反応を見せていない。

 私の本質が神を恐れていない。漠然とそう思った。

 ふと立ち止まったなまえに海馬とモクバも足を止めて振り返る。
 自分の歩くペースを乱されたのが気に食わないのか、海馬は少し唇の山を締めた。

「私とはデュエルしないの?」


「なんだと」

 海馬はあからさまに顔を顰める。そんな海馬が何か言葉を続けるより先に、アタッシュケースを抱えていたモクバがなまえの前に立ち塞がった。
「へん! いくらなまえでも、神のカードを持った兄様に勝てるわけないぜ!」
「それと私とデュエルをしない理由に、なにか関係あるの?」
 デュエルディスクを起動させると、モクバも「え、」と顔色を変えて片足を退げた。

「それとも、私に神のカードを奪われるのが怖い?」

「フン……」

 珍しく海馬は挑発にも乗らなかった。なまえに背を向けてもと歩いてた道を進み始める。
「……ッ! ちょっと! 本当に無視するつもり?!」
 周りの人間が何と噂しようと、関係が深くなり始めていたとしても、今2人はただ面と向かい合ったデュエリスト以外の何者でもない。海馬が“神のカード”を誇示するだけで肝心のデュエルを申し込んでこないどころか、闘う相手として認識されていない事がなまえにとっては屈辱だった。

 海馬が少し進んだところで足を止める。そして視線だけなまえに向け、また人の神経を逆撫でするように鼻で笑った。

「貴様と闘うべきは決勝トーナメントの舞台だ。こんな街の辺鄙なところで貴様に勝っても、オレにとって何の意味もない。世界中の注目の中でオレが貴様を倒して初めてオレは今までの屈辱が果たせる。
  なまえ、覚えておけ。ここで闘わないのは情けなどではない。貴様を観衆の前で完膚なきまでに倒す! その場が整うまでの猶予に過ぎん。
  そこを勘違いするな。」

「そう。……せいぜい観衆の前でまた恥をかかされないよう、頑張って神のカードを集めることね」

 コイツマジでもう一回フルボッコにしないと気が済まない。ジワジワと蝕む苛立ちになまえは胸に垂れた髪を振り払った。
 それに靡くリボンの端を目にした海馬は、小馬鹿にするように小さく口元を吊り上げる。

「行くぞモクバ」

「えっ、ま、待ってよ兄様!」
 なまえも、そして遊戯もいずれは自分の進むべき闘いの道の先に立ち塞がる壁であると海馬は知っている。運命などは信じない。なまえと再び闘いの場で向かい合ったとき、自ずと答えは出されるだろう。

***

「オベリスクを見つけただと?」

 マリクの前に立つ男は「はい」と短く応えた。他のレアハンターたちとは違う、マリクと同じ色のフードを被った男…… わずかに覗く顔の半分には古代象形文字ヒエログリフが刻まれている。

「童実野町北Cブロック…… オベリスクのカードの持ち主は、海馬瀬人です」

「フン、海馬の方だったか……」
 マリクは千年ロッドを撫でながら悪態でもつくように小さく笑う。オベリスクを海馬に渡したであろう人物─── エジプト考古学局長であり、実の姉でもある、イシズ・イシュタールを思い出して。

 『私たちの一族は三千年の長きにわたり、王家の谷を守ってきました。あなたは先祖たちの犠牲を無にするつもりですか?』
 なんのための犠牲だ! イシズの言葉が蘇るたび、マリクは千年ロッドを握る手に力が入った。いつか誰かがこの因習を破らねばならない。そして墓守の一族にそんな運命を背負わせた三千年前の王と王妃…… 蘇ったというなら、自らの手で復讐を遂げてみせる。
 そして我が一族を、呪われた運命から解放する!

「(姉さん…… やはり貴女が最後の1枚をもっていたんだね。千年タウクが見せる朧げな未来に導かれたのだろう。神の手招きによって、あの石盤に記された闘いが繰り返されようとしていることも、僕の運命がヤツらと交錯することも。
  でも最後にヤツらを屠り、神のカードを束ねるのは、僕の手の中だ! 新たなる王の称号と共にね……!)」

 レアハンターの1人がマリクのそばに出てきた。
「北ブロックにレアハンターを集結させ、海馬に狙いを定めますか?」

「海馬はまだ泳がせておけ。あの女を利用すれば、ヤツのオベリスクなどすぐ僕の手に舞い込んでくる。……今は遊戯だ。奇術師パンドラにデュエルの準備をさせておけ!」

***

 陽が頂点を過ぎてゆっくりと西に航路を進め始めた頃、遊戯は公園の一角で《真紅眼の黒龍レッドアイズ・ブラック・ドラゴン》のカードを眺めていた。

 城之内と絽場のデュエル。真のデュエリストになるという誓い通り正々堂々と闘って勝ち抜いた城之内を見届けて、遊戯も負けてはいられないと笑みが溢れる。

「(相棒。……オレたちが預かっているこのカードは、城之内君の勇気なんだぜ!)」

『うん。城之内君はこのカードを自分自身の力で取り戻そうとしているんだ。……城之内君なら、きっとバトルシティを勝ち抜いてくるよね!』
「あぁ。その時が来たら、オレは正面からアイツの挑戦を受けるぜ! デュエリスト 城之内克也の挑戦をな!」
『たとえその闘いでどちらが負けたとしても、それはいつまでも僕たちの記憶に刻まれるよね。僕が昔、じいちゃんとゲームで遊んだ記憶みたいに……』

 闇人格の遊戯に寄り添っていた表の遊戯の顔が、ふと静止した。
『(そうか…… もう1人の僕には、僕と出会った以前の記憶がないんだ)』

 シャリシャリ、と耳につく音が遊戯を精神世界から引き戻した。
 表の人格と向かい合っていた心の部屋から顔を上げると、公園の端に奇妙な格好をしたもの─── 大きな鈴を2つもつけた、性別なのか人間なのかさえわからないピエロが手招きをしている。

「レアハンター?! ……オレを誘っているのか?」

 ピエロが指差す先へ振り向く。その先にはサーカステントが張られていた。


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