「『フッ これは手間が省けたよ。最後の神のカード……《オベリスクの巨神兵》を持つ海馬瀬人が現れてくれるとはね。
  遊戯を抹殺したら次はお前だ! 海馬!』」

「(遊戯を倒すのは、オレだ)」

***

 船の汽笛が海沿いの建物に反響して、まるで街から汽笛が聞こえるような錯覚さえ覚える。
 まだ気温の高い、湿気を含んだ海風が吹くシーサイドデッキ。遊戯の顔を思い切り引っ叩いたあの場所に、なまえは立っていた。

 昼間だけあっていくつもの船が寄港するのが見える。心の騒めきか、魂が震えたのか、……それとも千年秤の反応か。どちらにせよなまえは本能的に引き寄せられるようにここへ来た。

「……なにもない、か」

 やっぱり気のせいだったのだろうか。それとも遊戯に反応したと思ったが、……何か別のものを感じたのだろうか。
 柵に肘をかけて海面を覗き込む。カモメがすぐ近くに止まっては飛び立ち、風に翼が撫でられるままにどこかへ行ってしまう。

 冷たい風はなまえに、思い出したくもない記憶の断片を砕いて浴びせかけた。暗い部屋、カーテンの向こうで車に乗り込む母親、……心の奥底に閉じ込めた幼い頃の自分に、強烈に刻み込んだものがあった。それこそ温かい光の中で生きていたからこそ知ったもの。

 与えられた闇の寒々しさ。

 細波に揺れる海面へと目を向ける。この胸の震えや痛みは、過去を恐れているために来るものではない。人が簡単に愛を裏切ると知っていて、なお自分から心を寄せてしまった生身の人間…… 背負うつもりのなかった、慈愛という感情にただ従ってしまう己の未来を恐れる痛み。

 なにか予感していたのかもしれない。……あの石盤を目にするずっと前から、自分は何かを抱えていた。そう、この世に生を受ける前から。
 赤く輝く紫色の瞳がのろのろと動かされ、水平線の彼方を捉えた。

 その視線が捉えられるさらに遠く、───なまえの魂の根底を揺るがす、漠然と大きなものが、差し迫っているとも知らないで。

***

 遊戯の手札は3枚、全てモンスターカード。だがオシリスに太刀打ちできるモンスターはいない。ドローフェイズで引いたのは《死者蘇生》だった。遊戯はそれをリバースで場に出し、《ビッグ・シールド・ガードナー》(★4・攻/100 守/2600)を守備表示で召喚した。
「『フフフ…… モンスターを召喚した瞬間、オシリスの特殊能力が発動する』」

「2000ポイントのダメージだって?!」
「恐ろしい能力だ…… 大抵のモンスターは、フィールドに召喚された瞬間に抹殺されるというわけか」
 召雷弾を受けて守備力600に落ちたビッグ・シールド・ガードナーを目の当たりにし、海馬は新たに目にする神の能力を見極めようとした。
「(オシリスの天空竜…… オレのオベリスク同様、ひとたびフィールドに召喚すれば、相手の戦意と勝機を一瞬で消滅させる威力を持っている……)」

 なんとか持ち堪える事はできたが、それだけでは勝てないと遊戯も重々承知していた。実際問題、次のマリクのターンをこれで凌げるというだけで、さらに次のターン、オシリスの特殊能力“召雷弾”を凌げるだけの守備力を持ったモンスターを引き当てなければ遊戯のフィールドからモンスターは居なくなる。そうすれば、オシリスの攻撃対象は直接遊戯に向けられることとなるのだ。
 それはつまり、直接的な敗北を意味する。

「『フフフ…… そうだ。絶望の中で足掻き苦しめ! そして無様に僕の前に這いつくばるがいい!』」

 アッハハハ!と高笑いするマリクの声が響き渡り、遊戯はさらに顔を険しく歪めた。
「『僕のターン、ドロー!
  この瞬間、《光の封殺剣》の効果が切れ手札が11枚になり、オシリスの攻撃力は11000ポイントになる!』」

「11000?! 兄様、あのモンスターは手札の数だけ攻撃力を上げやがるんだ」
「いや、それだけではない」
 モクバの視線の先とは違うものを海馬は見ていた。
「フィールドに《無限の手札》のカードを出して、手札の制限を無くしている」
「そんな…… 無限に攻撃力を上げていくモンスターに、勝つ手段なんてあるの……?」

 慄くモクバを脅かすように、攻撃力を上げたオシリスが一際大きく鳴いた。
「(無限の攻撃力─── 無限、……無限だと?!)」
 海馬の目が一度大きく見開かれる。そしてフフッと小さく笑うと、海馬の青い目が遊戯に戻された。

「(そうか…… フン、無限など神のまやかしにすぎん。遊戯、オレは神の攻略法に気付いたぞ)」


「『いくぞ。オシリスの攻撃』」
「くっ……!」
 ビッグ・シールド・ガードナーを粉砕されて、遊戯のフィールドからまたモンスターが取り除かれる。伏せカード一枚になった遊戯を前に、海馬は冷たく鼻で笑った。

「(貴様がここで折れるなら、もはやオレの敵ではない。尻尾を巻いてとっとと消えろ。……オレがヤツを倒し、オシリスを手に入れる)」


「『見たか! 神の力は無限だ!』」

 憎きファラオが膝をつき、その魂を再び砕くまでそう時間はかからない。追い詰めてジワジワといたぶるマリクが、己の力を誇示するかのようにそう高らかに叫ぶのを、遊戯はジッと堪えて聞いていた。

「(手札が増えるたびに神の力も無限に上がる…… そんな敵に勝つ方法など───

  ……無限?!)」

 遊戯も目を見開いて顔を上げた。
「そうか!」

 背を伸ばして体勢を正した遊戯は、マリクの思う“追い詰めた負け犬”などではなかった。自信を取り戻し、この状況で不適に笑う遊戯に、海馬も己が認めた真のデュエリストの姿を見る。

「神の攻略法が分かったぜ!」

「気付いたな! 遊戯!」

 マリクの顔色が変わる。
「攻略法だと?!」
「ああ。次のターンで全てが決まる。この1ターンが過ぎたとき、オレが貴様のどちらか立っていた方が勝ちだ!」
「『フン! なにを血迷ったことを! この1ターンで貴様が僕に勝つ可能性があるとでも言うのか!』」

「ある!!!」

 ハッキリと言い切った遊戯に、マリクは顔を歪めた。ここへ来てなおも噛みつく遊戯に、マリクは苛立ちを抑え切れない。
『(───! バカな、この形勢を逆転する方法など、あるわけがない! ハッタリに決まっている。……だがあの自信に満ちた顔はなんだ?)』

 モクバもまだその可能性というものが解らないでいた。攻撃力11000のオシリスを倒さない限り、相手のライフを0にする事はできないはず…… この絶望的状況で、それを遊戯は出来ると断言したのだ。

「兄様……」
「なにも喋るな、モクバ。
  よく見ておけ。真のデュエリストの、可能性というものを!」



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