しかし攻撃をして打ち砕かれたのはブラック・マジシャンの方だった。

「───なん……、」

海馬(LP:250)


 蒸発したブラック・マジシャンの上げた煙の向こう、なまえの前に立っていたのは、他でもない《青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン》。
 驚きを隠せない海馬の前で、海馬のブルーアイズとなまえのフィールドに出されたブルーアイズが対峙する。

「どういうことだ」

「今のブラック・マジシャンの攻撃の直前、私はこのトラップカードを発動させたの」

 フィールドに出ていた伏せカード。それがいつの間にか開かれていた。
 海馬はそのカードに目を見張る。

「───《クローン複製》だと……?!」

「そう。ブルーアイズを召喚さえしなければ、相討ちであなたのライフも削られずに済んでいた。……フッ、やはり海馬じゃ、神のカードを持つに相応しくない」
「くっ……!」

 相討ちにまでしてブルーアイズを失うわけにはいかない。海馬の背中に死の陰が不安を囁く。ブラック・マジシャンの召喚もなまえには届かなかった。……いや、届いたからこそマリクの洗脳が強くなったと言うのが正しいか。どちらにせよ、海馬は圧倒的に不利な状況を覆すことができなかった。

 ライフポイント250対2200。ここからの逆転が果たして可能なのか? 現に守備に回り続ける海馬に、影に潜むマリクがなまえの口を釣り上げて笑った。
 手札を握る海馬の手に力が入る。

「分かってるんだよ。あなたは神の召喚どころか、オベリスクを手札にすら呼び込めていない。……神は常に使う者を選ぶ。海馬、神は私を選んだのよ」
「! どういう事だ」

「このカードで思い知らせてあげるよ。あなたはこの私に《オベリスクの巨神兵》を差し出すためだけに、一時的に神のカードを手にしていたのだとね。あなたは神に操られていたに過ぎない。海馬……あなたには、神の幻影で充分。」

「……神の、幻影」

 冷たい汗が前髪に隠れた額に流れる。なまえが組んでいたと言う神に対抗できるデッキ。その中に眠る神の幻影─── 


「リバースカード! 速攻魔法───
  《神の写し身との接触エルシャドール・フュージョン》!」

***

 背中には太陽、そして正面には月。どちらが沈みかけていてどちらが昇りかけているのかは分からない。ただ、そういう照明のようにある2つの光に照らされた石造りの机の前に立っていた。

 ゆっくりと真上の空を見上げる。星も何もない、ただの闇。太陽と月をどうしようも無く隔てる壁。……いや、太陽と月が、あの闇の中にあるのだと思った。
 鏡面の地に波が立つ。遠く水平線を船が進んでいた。

『───』

 呼び掛けられたものが挨拶なのか、それとも名前なのかは聞き取れなかった。ぼんやりと振り返れば、背中に向けていた太陽を頭に掲げ、猛禽類らしい鳥の頭をした男がなまえを見下ろしている。

──────なぜお前がここに居る。

***

「再び現れるがいい、《エルシャドール・ネフィリム》!」

 《クローン複製》によって特殊召喚された光属性のブルーアイズと、デッキの闇属性シャドールモンスターを生け贄に、なまえは再び《エルシャドール・ネフィリム》を召喚した。
 速攻魔法による海馬のバトルフェイズ中の融合召喚に、海馬は対処が追いつかない。このままターンを渡せば、確実に海馬の敗北が決まる。

 海馬のフィールドには《青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン》と、《ジャイアント・ウィルス》の2体。それも、どちらもカード効果による特殊召喚モンスター。ネフィリムの特殊召喚モンスターを破壊するカード効果の対象になり得る。

海馬(手札3 / LP:250)
なまえ(手札0 / LP:2200)

「(……ここまでか)」
 海馬は手札を持つ手を下ろした。海風が直接揺らすゴンドラ。翻るコートの裾、そして足を撫でる死の陰。


 ───あの時もそうだった。デュエリストキングダムでのペガサスの城の前。遊戯と闘っていたあの時も、オレは勝負のために命を賭けベットした。
 それを引き留め、このオレに涙まで見せたお前が、今オレと命を賭け合って対峙している。

 これが因果応報というものだろうか。

「なまえ。……覚えているか。あの時もオレは同じように絶壁に立ち、次のターンで命を投げ出すところだった。あの時の報いが回ってきたのだとしたら、オレは次のターン…… お前に殺されても構わない」
「へぇ、やっと覚悟を決めたの」
「勘違いするな。オレは“なまえの意思なら”殺されてもいいと言っているんだ。マリクではなく、なまえ、お前自身のためにだ!

  オレの知っているお前は、マリクの洗脳に屈するような脆弱な精神を持つ女ではなかった! なまえ、今も聞こえているはずだ。ブラック・マジシャンでさえその洗脳が解けなかったというのなら、このオレが目を覚ましてやる!」

 なまえの瞼が動き、風がなまえの赤い髪を掻き上げて攫う。ゆっくりと見開かれる目に、海馬は自分にできる最後のことをやり切る決心をつけた。

***

────早く帰りなさい

「あなたは、……太陽神」
 自然と溢れた呟きに太陽神は、まさしく小鳥が見せるように小さく首を動かし、ウアス杖を体に立てかけると空いた方の手でなまえのまぶたに触れた。

『(この世界に残された私は神の写し身。帰りなさい。お前が望み、お前を望む者が、お前の肉体の前に立っている。)』

 熱く、しかし優しい指先がなまえの目を閉ざした。その瞼の中で、なまえは青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴンを挟んで対峙する海馬の姿を見る。

「───海馬!」
 手が離されると同時になまえは目を見開いた。どう帰ればいいか分からない。それでも、早く戻らなくてはと咄嗟に太陽神に背を向けて走り出す。

──待て
 赤銅色の肌の大きな手がなまえの肩を捕まえる。振り返ったところで、その手はなまえの胸の中心に触れた。
「……!」

──お前に、 ────── もう“これ“は必要ない

 そう言って彼は胸の痣を撫でる。伏せられていたハヤブサの頭が上げられたとき、その瞳が同じ赤紫色に輝いているのを知った。

 私は彼を知っている─── そうだ、ずっと会いたかった。

 急に濡れたハンカチを絞ったように、突然涙が溢れた。太陽神の姿、神の写し身を名乗った彼は、なまえの涙を拭ってやる。

『(まだその時ではない。今は自分の肉体の耳を澄まし、その目で求めるべき男の元へ行きなさい。……お前の“一つ目の願い”は叶った。)』

「ア───……」

 バリ、と鏡面の地に蜘蛛の巣状の亀裂が入った。



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