「王家の眠る谷を───?!」

「フィールド魔法《王家の眠る谷》が破壊されたことで、永続魔法《ネクロバレーの祭壇》の発動条件は満たされず、破壊される!」
「う……!」
 フィールドから2枚のカードを破壊され、イシズの顔色が変わる。特殊召喚をロックするカードの破壊、そして上級モンスター召喚の起点となる、彼女のデッキの最大のキーモンスター。

「《ネクロバレーの祭壇》の破壊により、《魔導召喚士テンペル》の効果を発動! 魔導書と名のつく魔法カードを発動したこのターン、テンペルをリリースしデッキからレベル5以上の闇、または光属性の魔法使い族を特殊召喚する!」

 デッキに手を伸ばした瞬間、なまえはなぜか迷った。心に浮かべた、次に召喚するモンスター─── なぜか、この土壇場になってブラック・マジシャンをフィールドに呼び出すのを躊躇った。
 構えていたイシズが、動きを止めたなまえに眉を顰める。背後で見ていた遊戯や海馬も、デッキからカードを引き兼ねているなまえに違和感を感じた。

「どうした、なぜモンスターを引かない?!」
 先に声を上げたのは海馬だった。ハッとして震える指でデッキに触れる。最後まで、ギリギリまでなまえは歯が軋むほど噛み締め、そして考えた。
 いつもならブラック・マジシャンを出すだろう。心の支えが必要なときほどブラック・マジシャンを選んできた。だけど、イシズの前にブラック・マジシャンのカードを出すのを躊躇うものが心に湧き上がっている。
「(なぜ、どうして私は躊躇っているの……?!)」
 なまえは一度触れたカードから指を離した。

 ジュノンは墓地に送られてはいるが、デッキにあと2枚入っている。テンペルの効果対象は「レベル5以上の闇、または光属性の魔法使い族」。なにもジュノンやブラック・マジシャンに限らなくても、なまえのデッキには他の選択肢だってある。どうする───

「私は、……《魔導法士ジュノン》を特殊召喚!」

 《魔導法士ジュノン》(★7・攻/2500 守/2100)

 決まった道などない。定められた運命を辿るだけの人生などない。私は、───ブラック・マジシャンを選ばなかった事で後悔するだろうか。

「さらにリバースカード、速攻魔法《トーラの魔導書》! このカードはこのターンの間、魔法使い族に対し魔法またはトラップの効果を受けなくさせるカード。
 あなたの《墓守の大神官》は魔法使い族! 《ダグラの剣》の効果を、このターン無効にする!」

《墓守の大神官》(攻/ 3900→2900)

「《王家の眠る谷》が破壊された事で、私は手札の《セフェルの魔導書》が使えるわ! 墓地の《ヒュグロの魔導書》を発動させ、ジュノンの攻撃力を1000ポイントアップさせる!」
(手札2→1)

《魔導法士ジュノン》(攻/ 2500→3500)

「魔導法士ジュノンで、墓守の大神官を攻撃!」

 墓守の大神官の撃破により、フィールドの《ダグラの剣》、《トーラの魔導書》も砕かれて散る。大きな風が巻き起こりなまえの髪とイシズの長いショールが翻る中、2人は互いに睨み合ったままそれを直そうともしない。

イシズ(LP:2100)
なまえ(LP:1600)

「(やはり貴女は、あの石盤に記された王妃の魂……)」
 目を細めたなまえの前に、攻撃を終えたジュノンが戻る。
 千年タウクのまなこが覗く、過去と地続きの現世いまに立つなまえ。その姿が、イシズの脳裏に焼き付いた過去の映像の王妃に重なった。

「このターン、貴女は最後まで……どのモンスターを召喚するかを迷った。わたくしの前に、貴女の魂の盾である魔術師のカードを出す事を、恐れているのではありませんか?」
 小さく唇を締める。言い当てられたことよりも、躊躇いの正体を知ったことの方が大きい。……ブラック・マジシャンを、この女の前に出す事を恐れた?
 「(バカバカしい)」、そう吐き捨てようにも、震える手は否定の拳を上げられずにいる。

「意識の外側から貴女を動かすもの、……それこそが運命。抗おうともがく意思ですら前世から望んでいた事。 ───近い未来を見通す千年タウクでさえ、この闘いの行方を見ることはできませんでした。それでもわたくしには見えています。貴女がいま選ばなかった道、……それこそが、貴女の敗北への関頭」

「でもあなたのフィールドはガラ空き。フィールド魔法《王家の眠る谷》が破壊されたいま、墓地のカードを多く利用する私の魔導書デッキを封じる手立てもなければ、墓守と名のつくモンスターの強化もできない」

「運命は常に定められています」
「……」
 イシズが指先で撫でる千年タウクがチラリと光った。停滞していた空気をゆっくりと吐き出すと、なまえはデュエルディスクを持ち上げる。

「今のバトルフェイズ、モンスターを破壊した事でヒュグロの魔導書の効果により、デッキから魔導書と名のつく魔法カードを1枚手札に加える。これでターンエンドよ」
(手札1→2)


わたくしのターン、」
 そう、運命は常に定められている。
「ドロー」
 風の吹き込むスタジアムの真ん中で、カードの擦れる音がやたら響く。じっとその動向を見つめるなまえの視線を感じながら、イシズは引いたカードを前にして、一度だけ瞬きをした。

(手札0→1)
「(わたくしにも罪があった。全ての罪に等しく罰があるように、全ての罪には等しく救いがある。わたくしの罰が死によって贖われていたのだとしたら、……現世に与えられたこのカードは、罪の名を冠した救いなのでしょうか)」
 千年タウクが見ることのできなかった、三千年の時を超えた女同士の闘い。結末の見えない未来に、イシズはなまえに闘いを挑むことまでが自分の運命だと半ば諦めていた。だがこれで確信した。

「手札から魔法マジックカード《強欲な壺》を発動。デッキよりカードを2枚ドローします」
(手札1→0→2)
 だとしたら、自分の伏せた1枚のカードもまた、目の前の彼女に与えられる罪の名を冠した罰。
 運命は決している。このカードを引いたのもまた予定調和だったのだ。……墓守の一族の勝利という運命に。

「(王家の谷を作り、闇の生贄となる墓守の一族を選んだ、名もなきファラオの遺したその王妃。わたくしが貴女に勝つことで、マリクの野望は終わる……!)」

 フィールドでなまえを匿うように立つ魔導法士ジュノンを見上げた。“彼女”もまた、ペガサスのイメージを通して生み出されたあの石盤の一部。
 イシズは視線をドローした2枚のカード、そのうちの1枚に注いだ。
「(ならばこのカードは、墓守の女である私の分身)」
 自然と口元が緩く上げられた。その笑みになまえが眉間に皺を寄せるが、それが嘲笑であったとは考えもつかない。

わたくしは、《墓守の巫女》を攻撃表示で召喚!」
(手札2→1)



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