現れたモンスターに、なまえは一瞬息が止まった。

 ───目を見ればわかる。私はずっとあなたの目の奥を覗いて愛を感じてきた。……いまは───を愛しているのね。

 砂を噛むような不快感と、砂嵐に霞む映像。何もかも黄金色の聖櫃に封じていた。だが時と共に金は剥がされ、棺の漆喰は崩れ、中身は溶け出して漏れ出てしまう。きっとこの“引っ掛かり”も、意識の外側から侵食する硫酸が齎らす、炭化した外殻。


《墓守の巫女》(★4・攻/1000 守/1500)

「《墓守の巫女》の召喚により、モンスター効果が発動! フィールドに存在する限り、わたくしのフィールドは《王家の眠る谷》の効果が適用されます」
「……! なんですって?!」
 破壊したはずの《王家の眠る谷》が、蜃気楼のようにイシズの背後に現れた。つまり、墓地のカードを除外して発動するジュノンのモンスター効果が使えない事を意味する。

「(───しまっ……
「貴女の敗北への関頭、……運命は、わたくしの勝利を選んだのです。
 《王家の眠る谷》の効果により、《墓守の巫女》は500ポイント攻撃力が上がります。さらに《墓守の巫女》のもうひとつの効果…… 墓地にいる墓守と名のつくモンスター1体につき、200ポイント攻撃力を上げる。
 わたくしの墓地に眠る墓守は6体」

《墓守の巫女》(攻/ 1000→1500→2700)

「《墓守の巫女》で、《魔導法士ジュノン》を攻撃!」
 二度もジュノンを撃破され、砕けたビジョンと衝撃波になまえが顔を背ける。

なまえ(LP:1400)

「カードを1枚伏せてターンエンドです」
「くっ……」


「かなり押されてるわね」
 舞が苦々しく口を開いた。言い知れぬ気迫に包まれた女同士の闘いに、城之内や遊戯も黙りこくる。
「あのイシズさんて人は、なまえちゃんの特殊なデッキを知り尽くしていて、それを封じるデッキ構築にしているんだ。このままだと……」
「御伽、テメェまるでなまえが負けそうな言い方しやがって!」
「落ち着きなさいよ」
 御伽にくってかかる本田を杏子が諫めるのも視界に止めず、遊戯はじっとなまえを見た。その背後で、闇の人格の方の遊戯も目をすましている。


「私のターン……!」
 なまえがカードを引いた瞬間に、イシズの目が光った。

「この瞬間、リバースカードを発動します
 トラップカード《死なばもろとも》!」
「───!」
 咄嗟に手札に目を落とした。「やられた」としか言いようがない。

「このカードは互いに手札を全て墓地に捨て、プレイヤーはそれぞれが墓地に捨てた手札の枚数×300ポイントのライフダメージを受け、その後、手札が5枚になるようにデッキからドローするトラップカード」
「私の手札は、今のドローフェイズで3枚……」

「イシズさんの手札はゼロ。つまり自分はライフダメージを受けずに、手札を5枚に増強できる……!」
「あの女、随分とエゲツない戦略を取る。……フン。グールズの総帥、マリクの姉だけのことはあるようだ」
 遊戯と海馬が背後で言っている事に舌打ちをし、なまえは3枚の手札を墓地に送った。

なまえ(LP:500)
イシズ(LP:2100)

「残りライフたったの500、……圧倒的になまえの不利じゃねえか」
「でも、なまえのターンで手札を5枚引ける。このドローで起死回生のカードを引ければ……!」

 遊戯の言う通り、5枚もドローすれば、この状況をどうにかするカードなり、少なくとも、守備モンスターを引く確率も高い。そうまでして手札を増強したのなら、ずっと伏せられたままになっているあの1枚のリバースカード───
「(まさか、あれも《死なばもろとも》のような効果を持つカードだったら……)」

「どうしたのですか? 手札を5枚、お引きなさい」
「……くっ」
 間違いなく罠。それをわかっていて足を踏み入れなければならない屈辱に耐え、なまえはデッキに目を落とした。

 ……大丈夫、デッキを信じている。手を震わせる必要などない。恐れることなど何も無い。デッキは必ず応える。私だけに!

「……ッ、」
 カードの擦れる音がやたら耳に響いた。パラ、と手の中で広げた中に、まるで折れそうな心を悟って支えに来たかのように、青い衣の魔術師のカードが微笑む。

「(ブラック・マジシャン……!)」

「(あのカードを引いたのですね)」
 顔色を幾分か良くしたなまえに、イシズは目を細めた。
 運命とはどこまでもおぞましく人を翻弄する。その手に舞い込んだ小さな歓びや幸せ、希望や、それによって奮い立つ活力。それをまた彼女から、私の手が奪う。

「カードとは、面白いものですね。人類が占いや予言に利用したように、運命もまた、カードを通して人に囁く。……言ったはずです。運命は常に定められていると─── 《ブラック・マジシャン》のカードが貴女の手札に舞い込んだのは、彼の意思ではありません」
「……!」
 なぜ手札を、そう問うよりも先に、なまえはイシズに目を細める。

「ブラック・マジシャンであれ、魔導士であれ、カードはいつも私に応えてきた。それはあなたの言う運命なんかじゃない。カード達の意思よ」
「(いいえ、貴女の手札は既に定められていたもの。なぜならば、わたくしが貴女から“その魔術師”を奪うことは、これで二度目)」
 イシズはあえて言葉としてなまえに伝えることはしなかった。沈黙を返答として返したイシズに、手札を握る手にも力が入る。

 あのとき─── 墓守の一族が恐れ、崇めてきた千年アイテムの片方をマリクが持ち出したあとで、イシズも禁を破り千年タウクをこの首に置いた。そう、全てはあれが始まり。千年タウクが見てきた全ての時間をイシズは見た。そして、これから何が起こるのかも全て。
「(ですが、千年タウクが見通した未来は、わたくしと王妃の魂を宿した貴女が闘いを始めるところまで。……この場面においても、未だに千年タウクが見通す未来は雲に覆われている。つまり、わたくしが勝つ未来と、なまえさんが勝つ未来で道は変わる。……ファラオの望んだ未来と、王妃が望んだ未来。それは相容れない光と闇の側面同士)」

 イシズが静かに顔を上げてなまえを見つめた。その目になまえはただ身構えることしかできない。

「人は、過去を知らなければどこへ向かうべきか道に迷うもの。カードに意思があったとして、その言葉を知らなければ、そのカードの意思と定めるものは、貴女の理想でしかないのです。……今お見せしましょう、その魔術師のカードが貴女の手札に舞い込んだ事で繰り返される、運命の一端を」



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