『デュエリストの皆様にご案内します。ただいまから20分間を休憩時間とします』

 艦内放送のなか、舞やマリク、海馬はそれぞれの部屋でデッキの確認などをしている。その一方で、遊戯と城之内をはじめ、本田と御伽、そして静香が廊下を歩いていた。

***

 エレベーターホールから部屋に戻る途中、なまえはキャスターを転がす音に目を引かれた。そこで白衣の男が医療機器を運んで行くのとすれ違い、そのままふたつ隣の控室へ去っていくのを見送る。
 ふたつ隣、参加者順ならあれは獏良の部屋だろう。遠目にそのドアが開くと城之内や杏の声が微かに聞こえたが、自動ドアが閉まれば廊下はまた静寂に包まれる。
「……」
 見舞い、という行動の選択肢をなまえは選ばなかった。バトルシティ大会が始まる前、火災に巻き込まれて入院していた自分を見舞いに来た獏良を思い出す。……あの時、彼は既に闇の人格に操られていたのだろうか。

 カードキーを通して部屋に入り、ライトをつける。そして顔を上げたとき、部屋には白い服の男が立っていた。
「……!!!」
 思いがけず身構えるが、振り返ったその顔になまえはひとまず息をつく。
「……シャーディー」
 千年錠を首に下げた男。彼と対峙する度に何かしら良からぬ事が起きる。その緊張した心を見透かすかのように、シャーディーの目はただ暗く揺らぐだけ。

「現世に蘇った王妃の魂よ、貴女は石盤の存在を知り、そしてひとつ目の望みも果たされた」
「……」
 海馬の姿が脳裏に蘇り、掴まれた腕に鮮明に残る感触がなまえの唇を震わせる。
「シャーディーもイシズさんと同じことを言うのね。……いいえ、イシズさんがあなたと同じ事を言っているだけかしら」
「彼女もまた過去の秘密を知る者。千年タウクに宿りし未来を見通す力は、また過去の記憶をも見せる。ただ1人、失われた王の存在を除いて」
 石盤に描かれた王の姿、そしてそれに重なる、闇の人格の方の遊戯。
「私はもう1人……王の魂を見つけることができた。貴女も彼の真実を察知している。いま再び王と王妃はふたつの魂に分けられ、全てはやり直される」
「冗談よして。前世の自分だろうと、私からしたら他人に変わりはない。そんな誰かのために、この世で一度しかない自分の人生を使って歴史をやり直せというの?」
「しかしそうしなければ、貴女の魂も、また彼らの魂も解放されることはない」
「……」
 手が自然と胸の中央を撫でる。誰かが撫で取った痣、同じように触れてくれた遊戯の手。思い出すことのできない、大切な誰か。

「……貴女に預けた千年秤も、今や真の所有者へと渡された。ファラオの記憶をめぐる闘いのピースは、この船に集結している」
「! ……マリクが、千年秤の真の所有者?!」
 その名にシャーディーが目を細める。ふいにこぼした違和感は、なまえの思考を少しだけ停滞させた。
 ───そう、思い出した。千年秤を突きつけたあの大男、そして千年ロッドを突きつけた“別の手”を。
「……あ、」
「千年秤も千年ロッドも、この闘いでファラオの手に渡らなければならない。───3枚の神のカードと共に。王妃の魂よ、前世を信じファラオの記憶を取り戻すための闘いに加勢するか、この世の己にのみ忠実に生きるか、自らの手でその選択をする時が必ず来る。……だがこれだけは伝えよう。王妃の願いはあと2つだと」

 ひざまずいたシャーディーになまえは顔を逸らす。……ほんの僅かに視線を外したその瞬間、シャーディーはもう消えてしまっていた。

「……! シャーディー」

***

 海馬の指示で、獏良には乗艦している医療スタッフが当てられた。とりあえずの心配事が取り払われて、遊戯は部屋に戻りデッキの確認をしていた。テーブルに広げたカードに集中していた目を何となしに上げて窓を見やると、部屋の隅に立つ男が映り込んで振り返る。
「……! きみは、シャーディー!」
 名前を呼ばれたシャーディーが僅かに頭を動かせば、その首に繋げられた千年錠も静かに煌めく。

「デュエリストキングダムでのキミへの問い、千年パズルに三千年もの間封印されていた謎。……もう1人のキミの正体に、辿り着くことができたようだな」
「……封印されし、ファラオの魂」
「その通りだ。ファラオの魂を宿す者よ」
 遊戯は椅子から立ち上がって少しだけ前に出た。対峙するシャーディーの顔を見上げてから、少しだけドアに視線を向ける。
「どうやってここに? ……いや、キミはいつも不思議な現れ方をするんだね」
「私は千年アイテムを監視する者。そして今、この船には7つのアイテムが全て揃っている。───それも、3枚の神のカードまでも」
「……!」
ファラオの記憶の扉を開くための条件は、この船の中にあると言ってもいいだろう」
 「本当?」と少し声色を明るくする遊戯とは対照的に、シャーディーの顔色はすぐれない。むしろ目頭に皺を寄せるほど顔を顰め、重くなった口を開く。

「しかしファラオの魂を宿す者よ、心して聞け。千年アイテムと神のカードは、選ばれた者だけがそれを使うことを許される。もし選ばれない者が扱おうとすればどうなるか─── キミはもう何度も見ているはずだ」
「……?!」
 脳裏に千年秤を使って苦しむなまえが思い出されて息を飲む。
「なまえは、千年秤に選ばれていなかった……?」
「そう、彼女は千年秤を一時的に預かっていただけの身。彼女の魂もまた、封印されしファラオの魂の目覚めに呼応して転生した王妃の魂。だからこそ千年秤に選ばれていなくとも、あの程度のダメージだけで済んでいた。……だがもし常人が使おうものなら、必ず神の怒りを受けることになるだろう」

「神の怒り……」

***

 ホールに集まる人数も、獏良が居ないだけで随分減ったように感じられる。遊戯があたりを見回すと、なまえの横顔につい集中してしまう。

 シャーディーは遊戯に、デュエルモンスターズ誕生の秘密、そして神のカードの渡って来た運命を聞かされた。その中で、あの石盤に記されていた女のことも。
『彼女の魂もまた、転生した王妃の魂。王妃だけではない。封印されしファラオの魂の目覚めに呼応して、因果に囚われたままの魂はみな転生し、この船に乗っている』
 予感はしていた。なまえももう1人の自分と関係があるのだと。実際それを聞いてからというもの、闇人格の方の遊戯は沈黙を貫いているものの、おそらく考えていることは遊戯にも察しがついていた。

「(なまえが転生した王妃の魂、……王がもう1人の僕なら、なまえは前世で、もう1人の僕の“お妃”だった)」

 ───『私が誰を好きになっても、それは運命なんかじゃない』

 ズク、と痛む心臓に遊戯はなまえの横顔から目を逸らした。今の痛みは自分のものではない。……もう1人の自分の心が震えたのだと、遊戯には分かっている。

「これより、バトルシティ第2回戦の抽選を行います」

 磯野の進行で、例のビンゴマシーンが数字を書いたボールを転がし始める。遊戯と、ここに居ない獏良以外のデュエリストが、乱雑に転げるボールから自分の番号を探して目で追った。そしてついにひとつ目のボールが転がり出る。

「第2回戦のデュエリスト、1人目は───
 デュエリストナンバー5ファイブ、みょうじなまえ!」

「……!」
 思わず肩に力が入ったなまえに、観戦側の杏子や本田、御伽が「がんばれよ!」と声を上げる。
「(相手は───)」
 だがなまえは周りからの声も小耳程度に、ただ自分の相手が誰なのか、そればかりに集中した。そしてついにもうひとつのボールが転がり、磯がそれを手に取る。

「対戦者は、───デュエリストナンバー8エイト、マリク・イシュタール!」



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