耳にあるのは全身に刺さる気流、そして淡々とカードをシャッフルする音だけ。その手元には決して目を向けたりしない。なまえとリシドは、ただお互いに沈黙のまま睨み合っていた。
 観戦者側からも誰も何も発しない。城之内や本田も、今ばかりは凄まじい殺気と闘気が支配する空気に口を開くことができないでいる。杏子がそっと横に目を向けても、なまえと同じ鋭い目をした遊戯が、腕を組んで2人のデュエリストの動向を見つめているだけ。
 張り詰めた雰囲気の中で、なまえとリシドはデッキを互いの手に返す。その手が僅かに触れようとも、デュエリストとして集中した2人に動揺など起きるはずもない。背を向けて歩き始め、位置についたところで振り返る。

「これより、トーナメント第2回戦を開始します!」
 磯野の宣言に合わせて、2人はまだ一言も開かずデュエルディスクを起動させた。なまえはそこでやっと目を閉じて息を吐き、一瞬だけ肩の力を抜いてから鋭い目を再びリシドに向ける。

「千年秤、返してもらうわよ」
「いいだろう。……できるものならばな」


「「デュエル!!!」」

なまえ(手札 5/ LP:4000)
マリク(リシド)(手札 5/ LP:4000)


 火蓋の切られた決戦に、海馬はただ静かに腕を組んだままなまえを見ていた。……どんなに過酷な闘いになろうと、神のカードを相手にする事になろうと、なまえは誇り高いデュエリストとして闘うことを辞めなかった。その選択に、海馬はもう何も指図する気など無い。
「(だが、ヤツがデッキに《ラーの翼神竜》を入れていたら─── なまえはこのデュエル、勝つことなどほぼ不可能)」
 ジワリ、と腹部が熱くなった。これが彼女を心配する気持ちが身体的症状となって現れていることくらい、自分の体のことは理解している。しかしそれを悟られるわけにはいかない。海馬はただ目を細めて、なまえのプレイングに目を凝らした。

「先行は頂くわ!!!」

 先行を取りカードをドローしたなまえに、滲み出る彼女の本気を遊戯が感じ取る。シャーディーが言っていた『神のカードの秘密』、そして『王妃の魂』…… 遊戯は組んでいた腕をグッと握りしめた。


「私のターン、ドロー!(手札5→6)
 《魔導戦士フォルス》を攻撃表示で召喚!」(手札6→5)

《魔導戦士フォルス》
(★4・炎・攻/ 1500)

 魔法マジックカード《グリモの魔導書》! デッキから『魔導書と名のつくカード』を手札に加える!(手札5→4→5)

 そして《魔導戦士フォルス》のモンスター効果発動! 自分のターンに1度だけ、墓地の『魔導書と名のつく魔法カード』をデッキに戻すことで、フォルスはレベルを1つ上げ、攻撃力を500アップする! 墓地の《グリモの魔導書》をデッキに戻す」

《魔導戦士フォルス》
(★4→5・攻/ 1500→2000)


「攻撃力とレベルを上げるモンスター?!」
 驚くモクバや城之内達をよそに、海馬は淡々としていた。


「そして墓地から魔導書の魔法カードが無くなったことで、私は手札から《魔導書庫クレッセン》を発動!(手札5→4)
 このカードは墓地に魔導書と名のつく魔法カードが無い場合にのみ発動する魔法マジックカード。デッキから魔導書の魔法カードを3枚選び、裏側で相手に1枚を選ばせて手札に加え、残りはデッキに戻す。そしてこのカードを発動したターン、私は魔導書以外の魔法カードは発動できない。
 私が選んだのは《ゲーテの魔導書》《ルドラの魔導書》《魔導書院ラメイソン》よ。さぁ、選びなさい」

 裏側で出された3枚のカードがリシドの前に並ぶ。小さく息をつくと、リシドは1番左のカードを指さした。
「そのカードだ」
「……残りはデッキに戻すわ」
(手札4→5)
 リシドが選んだカードを一瞥してから、なまえはそれを手札に加えた。発動しなかったということは、フィールド魔法《魔導書院ラメイソン》を引き損じたと見ていいだろう。

「カードを2枚伏せてターンエンドよ」(手札5→3)


「いくぞ、私のターン(手札5→6)

カードを3枚伏せ、ターンエンドだ」
(手札6→3)

「……!」
 呆気なくエンド宣言したリシドに、なまえは眉を潜める。
 確かに攻撃力2000を上回るモンスターは、生贄召喚が必要なレベル5以上でもなければそうそういない。しかし、レベルが高ければ1ターンで出すことはできない。
「(トラップ……!)」
 間違いなく罠。壁にできるモンスターカードを出さなかったのは、「出せなかった」のではなく、何か「トラップ」のため。

「……いいわ。私と魔法・トラップでやり合う事がどんなに愚かか、その身をもって知りなさい!
 私のターン!!!(手札3→4)

 《魔導召喚士テンペル》! 攻撃表示!」(手札4→3)

《魔導召喚士テンペル》
 (★3・地・攻/1000)

「そのモンスターは最上級モンスターを呼び出す効果だったな」
「今さら臆しても遅いわよ」
 フ、と不適に笑うなまえにリシドは少しも動じない。通常召喚でリバースを返さなかったということは、……トラップのスイッチは直接攻撃といったところだろうか。そう目を細めながら、なまえは手札を指で撫でた。ここで魔導書と名のつく魔法カードを発動させれば、《テンペル》の効果でデッキから最上級魔法使い族を特殊召喚することができる。

「(でも、もし特殊召喚にトラップを発動されたら……攻撃力たった1000の《テンペル》を、無防備にフィールドへ置いておくことになる)」
 しかし伏せカードくらいで怯んでは何もできない。
 覚悟を決めたらしいなまえに、リシドはゆっくりと瞬きをした。

「手札から─── 《ルドラの魔導書》を発動! このカードと、手札の《ネクロの魔導書》を墓地へ送り、デッキから2枚ドローする。(手札3→1→3)

 魔導書のカードが発動したことで、《魔導召喚士テンペル》の効果発動! 《テンペル》を墓地へ送り、デッキからレベル5以上の光、または闇属性の魔法使い族1体を特殊召喚する。

 私はデッキから《ブラック・マジシャン》を特殊召喚!!!」

《ブラック・マジシャン》(★7・闇・攻/2500)


 鼓膜が張り裂けそうな痛みとなって、耳鳴りのような音がこめかみに走る。それはなまえだけではない。リシドも、まるで対峙したまま心臓をピアノ線で繋げられた感覚に襲われていた。

 対峙するブラック・マジシャンと、その後ろにいる1人の女。“2人”を前にして右手が痛んだ。ブラック・マジシャンに千年秤を弾き返された、あの痛みが鮮明に甦る。
「(……それがなぜ、胸まで痛む?)」
 冷汗がひとつ流れた。……それはなまえも。

 心の部屋の鏡面の床、そこに一筋の亀裂が入ろうとしている。


「(ダメよ、今はデュエルに集中しなきゃ)」
 震えそうになる手を握りしめてリシドを睨みつける。その長いコートの中に見える千年秤にもチラチラと目を向けながら、なまえは唇を噛んだ。

「カードを1枚セットする!(手札3→2)
 さらに《フォルス》の効果! 墓地の《ルドラの魔導書》をデッキに戻し、フォルス自身のレベルと攻撃力をアップさせる!」

《魔導戦士フォルス》
(★5→6・攻/2000→2500)

「私はこれでターンエンドよ」

「私の伏せカードに臆したか」
「好きに受け取りなさい」
 フィールドは圧倒的になまえが有利。モンスターの攻撃力も、既に4000のライフポイントを超えている。


「ん? アイツ、なんで攻撃力を上げる対象をブラック・マジシャンにしなかったんだ? 同じ攻撃力にするより、攻撃力3000のブラック・マジシャンがいた方が強ぇーじゃねぇか」
 頭を掻く城之内を海馬が鼻で笑う。それに突っかかる前に、遊戯が少し窘めた。
「なまえのデッキは魔法カードを中心に構成されている。だがそれは諸刃の剣。デッキから必要なカードを状況に合わせて呼び出せてしまう分、使い過ぎればすぐにデッキが尽きてしまう」
「なるほどね。あのモンスターは墓地のカードをデッキに戻す効果がある。……通常モンスターのブラック・マジシャンより、あの《魔導戦士フォルス》の方が、なまえにとって重要度が高い」
 舞が遊戯からなまえに顔を向き直して、彼女のフィールドに目を凝らした。
 ……『ブラック・マジシャンより、魔導戦士フォルスの方が重要』。その言葉に遊戯の胸がまたひとつ軋む。ブラック・マジシャンはなまえと共通で持つ、世界でたった2枚のオリジナルの“ブラック・マジシャン”のカード。「ブラック・マジシャンの肉体」と「ブラック・マジシャンの精神」に分けられたこのカードをめぐって争ったことさえあったが、今や遊戯にとって、なまえとの唯一の絆の象徴になっている。

「(……それが今はもう、なまえにとって認識が変わりつつあるというのか?)」


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