「(月が大きい……)」

 手の届かぬ一点の光を見上げるだけの人生。25年前、人里離れた遺跡跡の枯れ井戸の傍らに捨てられていた私を拾ってくれたのは、今は亡きイシュタール夫妻だった。子供に恵まれない中で私を拾ったイシュタール夫人だけは、私を本当の息子として慈しんでくださった。

『もし…… このまま私たちに男の子が授からなかったら、リシドが10歳を迎えたとき、一族に迎え入れましょう。墓守の儀礼はリシドに───。あの子こそ、神が私たちに与えて下さったのかも』

 偶然耳にしてしまった、イシュタール家の宿命。墓守の一族という“かたち”。闇深くに眠った2つの千年アイテムと、三千年に渡る「王の記憶」の守護。
 5歳の頃、夫妻は長女を授かったが、その落胆ぶりは激しいものだった。

 そして9歳の頃、マリク様が産まれた。───母親の命を代償にして。

『リシド、教えてくれよリシド。僕は誰を憎めばいい……?!』


 ***


「私のターン、ドロー!」

リシド(手札 2→3/ LP:6500)
なまえ(手札 7/ LP:900)

 この瞬間、《光の護封剣》の効果が切れて《ブラック・マジシャン》と《魔導法士ジュノン》が再び臨戦態勢を見せる。だが時は遅すぎた。
「覚悟するがいい。お前のライフは風前の灯。残るデッキも1枚。だが、このターンで沈めてやろう」

「……なら、最後に私からもひとつだけ聞きたいことがあるわ」

 最後に。その言葉に遊戯と海馬が言葉を失う。これにはリシドも眉を動かして、構えていたディスクを下ろした。
「負けを認めてもなおサレンダーしないお前の姿勢に答えよう」

「あなたは誰?」

「?!」
 その言葉の奥深くに秘められた意味を、遊戯と海馬はいち早く察した。当の本人であるマリクとリシドも。遊戯の背後で城之内達が「なに言ってんだ? アイツ」と頭を掻くが、一番後ろにいるマリクは気が気ではない。

「マリクは千年ロッドの所有者。だけど、あなたは千年秤を使うばかりで、その腰に下げた千年ロッドには触りもしてない。……千年ロッドの所有者は、“マリク”は他にいるんじゃないの?」

「戯言を!!! お前を蔑めるのは千年秤で充分。それだけのこと!」

「思い出したのよ。私を海馬と闘わせるために千年アイテムの力で操ろうとしたとき、───」

「マリク・イシュタールは私だ。今さら敗者の言葉など───」

「あなたは千年秤しか使わなかった。千年ロッドを持っていたのは───」

「誰も聞く耳を持たん!」

「千年ロッドで私を操ったのは別の手だった。つまり、あなたはマリクに“マリク”だと名乗らされた別の人間!」


「(奴がマリクではない?! まさか───)」
 遊戯がチラリと振り向く。その視線に、マリクは奥歯を噛み締めた。

『チッ リシド!!! 早くその女を黙らせろ!!!』


「いいだろう。いま2つの千年アイテムをもって、お前を神が裁く!!!」

 ド、と一陣の大きな風が吹き抜ける。神の名に汗が噴き出す中で、なまえはただ1人唇を噤んだ。
「(……掛かった!!!)」


「私はこの瞬間、王家の神殿に祀りし祭壇の封印を解く!!!」
 聖櫃が開かれ、黄金の輝きがフィールドを照らす。鮮烈な光を裂き、全員が一度は目にすることを望んだカードがついに姿を現した。
「これが3枚目の“神のカード”……《ラーの翼神竜》だ!!!」

「だが神の召喚には3体の生贄が必要。ヤツのフィールドにモンスターは2体しかいない」
 海馬の呟きにリシドが目を向ける。その鋭い視線に、リシドの企みを察した。
「……まさか!!!」

「そうだ。神の生贄になるのは、お前のモンスター!!!」

「!!!」

《魔導法士ジュノン》(★7 攻 / 2600)
《ブラック・マジシャン》(★7 攻/ 2600)

「手札より魔法マジックカードを発動! 《クロス・サクリファイス》!!! このカードはお前のフィールドのモンスターを生贄にできるマジックカード」

「チッ 海馬と同じことを……!?」
「お前を蔑めると言ったはずだ」
 すかさずなまえは手を振り上げる。

「ならば速攻魔法《トーラの魔導書》を発動!!! このカードは魔法使い族一体を選択し、選択したモンスターは、このターン《トーラの魔導書》以外の魔法マジック、またはトラップカードの効果を受けない!」

「甘い!!! トラップ発動、《天使の手鏡》!!!
 このカードはモンスターに対する魔法カードの発動対象を変更させるトラップカード」
「くっ……!」
「お前が次のターンで有利になるのはその《魔導法士ジュノン》。トーラの魔導書でそのモンスターを場に残そうとしているのは分かっていた。……よって私が《トーラの魔導書》の効果対象に選ぶのは、───《ブラック・マジシャン》!!!」

 リシドの宣言通り、バリ、と砕けたのは《ジュノン》の方だった。
「《トーラの魔導書》の効果によって、お前の《ブラック・マジシャン》は《魔導書廊エトワール》の効果も失い、攻撃力が元に戻る」

《ブラック・マジシャン》(攻/ 2600→2500)

「……ッ」
 なまえのすぐ目の前をブラック・マジシャンが立ち塞がるが、もう神召喚の激しい混沌の風を遮ることさえできない。


「なまえに残されていた最後の一手、それは《魔導法士ジュノン》のモンスター効果によるカードの破壊だった」
「(だがなぜ前に2ターンもありながら効果を使わなかった?!)」
 遊戯と海馬も、ついにその猛烈な衝撃波に腕で顔を遮る。舞や杏子も髪を手で押さえ、城之内は静香を守るように引き寄せた。
 それをマリクだけが満足そうに笑って見上げる。


「神よ、我が力となれ!!!」

 カッと千年秤のウジャド眼がなまえとリシドを射抜いた。これには予想もしていなかったリシドとなまえ、そして外野で見ていたマリクも一瞬思考を取りこぼす。
「なんだ……?!」
 遊戯がやっとそう口にした瞬間、その首にかかる千年パズルもけたたましい閃光を放った。


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