「スターチップ10個だ」

 その頃、キースも城の入り口へ到着していた。門番を勤めていた猿渡はキースのスターチップを確認する。
「たしかに。…よかろう、ペガサス城への入城を許可する。」
「へへへ、ペガサス城一番乗りだぜ!」

 キースは城内へ入ると、城の内部ではなく屋外の門がある城壁沿いを目的地として進み、他のデュエリストを探す。
「さ〜て、オレの相手はどんなヤツが来るのか…」

 フと人の気配を感じたのか、城壁から見上げると壁外の監視塔の上に立つ遊戯達を見つける。
「!、あのガキ共!穴から抜け出して来やがったのか!…ん?」
 サングラスで隠されたキースの目に、遊戯と対峙してデュエルをするもう1人の男が映る。
「…あ?アイツは…海馬コーポレーションの御曹司!ククク…!面白そうな見世物が始まりそうじゃねぇか!丁度いい退屈凌ぎになりそうだぜ。」

 キースは塔を見下ろせそうな城内の建物にアタリをつけると、引き返してそこへ向かった。

 ***

 海馬と遊戯は断崖絶壁に面した二つの塔の上に立っていた。デュエルディスクを装着し、互いにスターチップ5個…ペガサス城への入城を賭けて闘う。
「いくぞ遊戯!再び雌雄を決する時だ!デュエルディスクによる究極のカードバトルでな!」
「どんなデュエルでも受けて立つぜ!そして海馬!お前を倒す!」

「「デュエル!」」

 ***

「!、居た…!」
 なまえはキースとは反対側の城壁の上に立っていた。しかしここからでは見上げるだけでフィールドが見えない…。

「ブラックマジシャン」
 いつも魔術師を呼び出すように、ブラックマジシャンへ問いかける。彼らは必ず反応して現れてくれるからだ。…しかし、ブラックマジシャンはなまえの身体から出ては来なかった。

「…?、ブラックマジシャン…?」
 不安が過ぎる。テンペルやジュノン、システィやバテルといった主要な魔術師達はすぐに現れたが、ブラックマジシャンだけは彼女の胸のさらに奥深くへ閉じ籠り、主人であるなまえの問いかけに応じる気配はない。

「(どうして…?!)」
 ハッとペガサスの言葉を思い出す。
 ブラックマジシャンではなく、海馬瀬人を選んだ事。…なまえは忘れていたのかもしれない。何も言わずただ寄り添ってくれていたブラックマジシャンは、他の魔導書の魔術師達とは違う事を。たとえ彼の意思や気持ちが読み取れないとしても、カードには心があるという事を。

 実際なまえがブラックマジシャンを最も愛して大切にしていた頃は、彼は呼ばずともすぐに現れてなまえを守ってくれた。だが海馬への気持ちが大きくなるにつれ、ブラックマジシャンと向き合う時間は減っていた。
 そしてついに今、ブラックマジシャンはなまえの呼び掛けにすら応えなくなってしまったのだ。

 物哀しく 初めて味わう恐怖にも似た寂しさに、なまえは急に晒されていた。

 なまえはデッキホルダーからブラックマジシャンのカードを取り出して見つめる。ペガサスからこのブラックマジシャンのカードを受け取ってから、なまえはもう一枚のブラックマジシャンのカードを求めて彷徨う道を歩いていた。だが海馬に出会い、なまえは自ら道を見出して選び、歩み始めていた。

 …それがブラックマジシャンとの決別になろうとは、なまえには考え付きもしなかった。それ程までに、なまえにとってブラックマジシャンは 包み込んで離れないと信じた魔術師の1人となっていたのだ。

 だが今更歩み出したこの道を、なまえ自身その歩みを止める事は出来なかった。
 それは海馬瀬人の存在が、なまえにとってブラックマジシャンよりも大きな存在となってしまった事を、本当は解っていたからである。

「ブラックマジシャン、私は確かに海馬瀬人を選んだ。私は…私は、海馬が好き。」

 口にしてやっと自分が涙を流していることに気がついた。
 ずっと堪えていたもの、額のあたりが疼いて 目頭にツンとした甘い痛みが走る。ブラックマジシャンとの別れを確信していた。だが泣いているのはその為ではなかった。
 自分の中で違う意思がその涙を流し、自分自身はそれを違う目線で眺めているような気分…。不思議な感覚の中で、なまえは袖で目を拭って小さく鼻をすすると、デッキホルダーにブラックマジシャンのカードを戻した。

「バテル。」
 魔術師は通常通り現れたことに、なまえは心の中で安堵の色を見せた。バテルへ海馬達に一番近い場所を探させ、案内させる。

 なまえは駆け出して海馬の元へ向かった。

 ***

 海馬のフィールドに“ガーゴイル・パワード”が出ると、遊戯は“カース オブ ドラゴン”を出した。それぞれを手札が囲むように現れると、カードの隙間越しにしか互いの顔を確認できなくさせる。

 これが海馬のペガサスへの対策である事を遊戯へ伝える。それはペガサスの人の心を読む力は心理学や何かしらのトリックであるという根本的な考えの違いからくる対策である。

「(海馬はペガサスの力が 千年アイテムによる力だとは知らない…。このデュエルディスク システムで、闇のゲームが破れるとは到底思えない…!)」

 無論それに遊戯はすぐに気付いていた。胸中は冷静にそれを考えてはいるが、遊戯の口からその事を出す事は 彼には出来なかった。それは遊戯の知る限り、海馬はまだ千年アイテムの力をハッキリとは認識していないからだ。ーーー恐らくはなまえの千年秤の力を一度目にしているかもしれないが、千年アイテムの闇の力という概念を理解していなければ根本は同じである。

 遊戯が応えあぐねているのを海馬が見逃しはしなかった。海馬は遊戯へ追い打ちのように挑発を掛ける。
「遊戯!どうした、俺の“ガーゴイル・パワード”を蹴散らしてみろ!」

 遊戯はくっと奥歯を噛みしめて小さく声を漏らすが、先ずは海馬の千年アイテムへの対策ではなく、海馬自身を倒す事へ思考をシフトチェンジする。
「よし…ここは攻撃をするのみ!」
 遊戯は手札を見て、デュエルディスクにカードをセットして投げる。
「いけ!“カース オブ ドラゴン”!“ガーゴイル・パワード ”に攻撃だ!」
 モンスターが破壊されると、海馬はフィールドから手にデュエルディスクを引き戻す。だがその顔は初手に敗れたと言うには余裕のある顔であった。
「フッ…やはり臆せず向かって来たか。それを確かめる事が出来れば、この程度のライフポイントのマイナスなど安いものだ。」
 海馬には既に戦略が立ててあった。この初手により、遊戯が基本的に攻撃を準ずる事を確認すると、海馬はデッキに眠る勝利への道筋を辿るだけだと確信する。

 海馬のターン、カードをドローすると“復讐のソード・ストーカー”を場に出す。ソードストーカーの効果により、墓地に眠るモンスター一体につき攻撃力を20%アップさせる。
「なに?!復讐心によって攻撃力が上がる?! …簡単にガーゴイル・パワードを倒させたのは、これが狙いだったのか!」

「フフフ…俺のモンスターは、遊戯のカースオブドラゴンの攻撃力を上回った。…いけ!“復讐のソード・ストーカー”!」

 だが、ソードストーカーが攻撃をする瞬間、遊戯のカースオブドラゴンは消えてしまう。
「なに?!」

 遊戯は自分の前を囲うように並ぶカードの一枚をリバースして海馬に向けた。
「俺の場には“モンスター・リプレイス”のカードがあるぜ!この魔法カードは、場のモンスターを 他の攻撃力の高い手札と入れ替える効力を持つ!…手札の中で最も攻撃力が高いのは“ブラック・マジシャン”!」

 遊戯の場にブラックマジシャンが現れると、遊戯は反撃を命じ海馬のソードストーカーは撃破された。
 ( 海馬 LP1500 遊戯 LP2000 )

「…フッ、遊戯…、貴様との闘いは心が騒ぐ。」

 ***

 城壁の上を見下ろせる城壁内部の窓から、なまえは海馬と遊戯を見下ろした。
 階段を駆け上がった所為で少し息が上がっていて、風の音に混じって自分の息が荒く耳に残る。…ここまで案内をしたバテルは、なまえの横顔を見るなり彼女の身体の中へと戻った。

 なまえの目が海馬を捉えると、走った事とは別に 一瞬だけ脈拍が大きく跳ねるのを感じた。…まだこの感覚には慣れそうもない。
 恋が邪(よこしま)なものだとは言わないが、なまえはグッと堪えて頭を横に振ると 自分の顔を両手で少し乱暴に叩いて覆う。

 もう何度吐いたかわからないため息を漏らしてから、やっと真剣な眼差しで海馬を見た。
 遊戯の前にはブラックマジシャンが出ていたが、遊戯はそれを引いてカース オブ ドラゴンを出した。

 なまえは、遠目に見るだけでもブラックマジシャンに避けられているような気がして少し心が痛む。
 だがそれでも彼らはデュエル中である。
 海馬がデュエルディスクを投げて“ランプの魔精 ラ・ジーン”を出すと、また気持ちを落ち着かせてその目を擦る。

 …これも、今日何度目を擦ったろうか。すこし目と瞼が赤く腫れている。
 あとで海馬や遊戯と会うまでには、何としても普通に戻して勘付かれないようにしなくてはと、なまえの胸中は少し焦りがあった。

 距離的にはそんなに離れていないので、遊戯と海馬の声もある程度は聞こえる。向こうはまだなまえの存在には気付いていなかったが、こちらから自分の存在を声に出して伝えようとは思わない。
 なまえはそのまま少し身を乗り出して海馬と遊戯のデュエルを見ていた。

 ***

 遊戯のターン、再びブラックマジシャンを召喚すると、ラ・ジーンに攻撃をする。しかし海馬が罠カードをリバースし、“マジック・ランプ”を発動した。

 ラ・ジーンはランプに吸収され、ブラックマジシャンの攻撃はカースオブドラゴンに向けて跳ね返された。
「“カース オブ ドラゴン”を粉砕!」

 海馬と遊戯のライフポイントが互いに1500と並んだ。

「海馬…俺を罠に掛けるとはな。…褒めてやるぜ。」
「(遊戯…貴様が本当の罠に掛かるのはこれからだ。既に俺の手の中で 最大最強のモンスターが鼓動を始めている。…すばり狙いは、ブルーアイズ三体融合!…フフフ、ハハハハハ!!!)」

 外野で見ている城之内と本田、獏良、杏子も、その様子を固唾を飲んで見ていた。
「どういうなってんだ?」
 消滅したカース オブ ドラゴンを見た本田が城之内や獏良に顔を向けると、それに獏良が答えた。
「海馬くんが遊戯くんを罠に嵌めたんだ。」
「さすがにやるぜ…」
 城之内は脳裏に、海馬との一方的なデュエルを思い出しながらそれを見ている。

「勝負はこれからよ!」
 杏子はそんな3人に眉間を寄せて 遊戯の方だけを見ていた。
 なまえが海馬を意識して見るように、杏子が遊戯に向けるその視線も、いつしか変化を見せていた。
「(がんばって…もう1人の遊戯…!)」

 海馬は少し満足気な顔で 腕を組み手札を見渡していた。
「(勝利の方程式は、3枚のブルーアイズを引いた時に完成する。遊戯…その方程式によって導き出される答えはただ1つ、…貴様の敗北だ!)」

 ***

「…遊戯はブラックマジシャンをもうフィールドをに出しているのに、海馬がブルーアイズをまだ出していないなんて」

 なまえには、海馬がまだブルーアイズを1枚も引いていないとは考えにくかった。遊戯がブラックマジシャンを1枚だけ入れているのに対し、海馬は3枚のブルーアイズをデッキに入れている。
 デッキの総枚数を考えれば、既に1枚くらい手札に来ていてもおかしくない。

「(…つまり、敢えてブルーアイズを出していない…?)」

 なまえの目が細くなる。
 海馬の手札も遊戯の手札も、場に囲いのように出ているとはいえ角度的に一番端のカードしか見れなかった。

「(海馬はこのデュエルに負ける事は出来ない。確実に遊戯を倒すならば、…もしかして…!)」

 ***

 海馬のターン、“魔法除去”を引き当てると、ラ・ジーンをマジックランプから再び出して遊戯の手札の魔法カードを1枚破壊した。捲られたカードは“光の護封剣”。
「フン…いいカードを葬った。“光の護封剣”はあらゆるモンスターを3ターン封じこめる厄介なカードだからな。…さぁ!ラ・ジーンに攻撃して来い!再び罠に掛かるのがオチだろうがな!」

 だが遊戯は、ドローカードを見て同じく鼻で笑う。
「ラ・ジーンとマジックランプのコンボは破れたぜ!海馬!」
「なに?!」
 海馬は組んでいた腕を崩して構えた。まず遊戯は手札の魔法カードをリバースする。
「魔法カード“真実の眼”! このカードによってお前の手札は全て開かれる。」

 海馬を覆う手札の“囲い”を遊戯が指差すと、一枚ずつそれは開かれた。

「あれは…!既に手札に1枚、ブルーアイズを…!」

 少し離れたなまえも、海馬の手札にあるブルーアイズを見て確信を持った。その心境は遊戯も少し考えれば至るものである。

「(なぜだ?なぜ海馬はブルーアイズで攻撃してこない…?!)」
「(遊戯め…!俺の手札をさらしものにするとは、最大の屈辱…!)」
 海馬の眼光は鋭く遊戯を見るが、遊戯も負けじとその手札に秘められた戦略を見抜いた。

「(そうか…!俺が海馬なら、ブルーアイズ 3体融合を狙う。間違いない!ヤツの狙いはブルーアイズ3体融合!)」


 なまえは遊戯を見て、おそらく彼も気付いたであろう事を察する。
 闇の人格の遊戯と同じ色をしたなまえの瞳が見ている事に、遊戯も視線を感じていた。フとその方向に目を向けると、城壁に点在する窓から見覚えのある赤い髪を持つ彼女の姿を遊戯は目にした。

「(…!なまえ)」

「遊戯…、私に気付いたのね。」

 同じ色の瞳が重ねられ、なまえも遊戯に気付かれた事を察したが、海馬を応援していたなまえはどこか後ろめたい気持ちになり顔を背けてしまった。
 距離のある空間を挟んでいて、海馬ではなく遊戯が先に彼女に気付いたのは、やはり千年アイテムを所持する者同士故か、それとも別の何かがあるのか…?

 それでもなまえは、どこか気持ちの中では 海馬に先に気付いて欲しかった様子だった。


 遊戯はどこか腑に落ちないといった顔ではあるが、なまえが見ているという事にどこか自信や勇気が湧いて海馬に向き直った。

 そして遊戯は“死のマジックボックス”をブラックマジシャンとのコンボ攻撃に出す。マジックランプのカードを破壊し、ブラックマジシャンはラ・ジーンを攻撃して破壊した。

 海馬は残りのライフポイントが800となり、一気に劣勢へ持ち込まれる。


「(まずいわ…。やはり遊戯は強い。でも、海馬がブルーアイズの融合に成功すれば、遊戯にそれを覆す手立ては無いはず。)」
 なまえはかつて最愛とも言ったブラックマジシャンの活躍にも、海馬の劣勢へ意識が向いていた。…彼女の腰に差してある千年秤が大きく傾くのにも、それが表れている。


「海馬!ブルーアイズ3体融合はさせないぞ!その前にお前のライフポイントをゼロにしてみせるぜ!」
「フン…流石は遊戯、見破っていたか。」

 だが海馬にとっての戦略はそれだけではなかった。カードをドローすると、2枚の手札をデュエルディスクにセットする。

「(世にも恐ろしいコンボを見せてやる。これぞ究極の殺人コンボだ!)」


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