「僕にはできなかった…あのままデュエルを続けていたら、…海馬くんは死んじゃっていたかもしれないんだ!」

 表の人格の遊戯は、瞼を握り潰すように固く閉じて涙を溢れさせていた。
 それを城之内や本田、獏良が取り囲んで見ている。

「遊戯、…お前……」
「勝負は捨てて、海馬を助けたのか…」

 獏良も遊戯の行動に共感して、悔しさを残しながらも頷いた。
「歯止めの効かなくなった戦いを辞めさせるには、それにか方法がなかったのかも…。」
 杏子も涙を落として遊戯の前に腰を落とした。
「ごめん…ごめんね、遊戯。」
 それを遊戯が目を向けて杏子と視線を交わした。

「でも遊戯は間違ってなんかいない。」

 そこへ塔の端から足を下ろした海馬が、デュエルディスクを片手に数歩寄る。
「最後に弱さを見せたな。遊戯。俺を谷底に突き落とす非情さがあれば、貴様は勝つ事ができた。デュエリストとして何と愚かな行為を…。」

 だがその海馬に、なまえはゆっくりと歩み寄る。
「なまえ、降りてきたのか…」
 海馬が言い終わる前に、酷く渇いた音が辺りに響く。遊戯を囲む城之内や杏子達がそれに驚いて振り返ると、手を振りかざした後のなまえと、その前で頬を手酷く叩かれた海馬が呆然と立っているのを見て、4人は全てを理解した。
「ッ!…貴様何を」

 またしても海馬が言い終わる前に、なまえは俯いたまま海馬を抱き締める。

 海馬は自分の心臓が止まるかと思うほどの衝撃に息を飲む。…なまえはひどく震えていた。胸のあたりに彼女の顔が埋められ、湿気を含んだ熱い吐息が不規則に海馬の心臓部を煽る。

「海馬君…」
 遊戯の前に立つ杏子が海馬に向き合う。

「なまえがどうしてアナタを責めているのか分かってるの?!アナタは一番大切な、命のチップを投げ出した。アナタは自分に負けたのよ!最後まで自分と闘う勇気が持てなかったんだもの。」

 なまえの肩に自然と置かれた海馬の手が震えるのを、ハッキリとなまえは感じた。だが何を言うにも、なぜか言葉が詰まって出て来ないのを感じて、なまえはただ杏子の言葉に任せた。

 海馬の顔に敗北の屈辱と同じような陰が覆いかぶさってゆく。

「本当の勇気って、どんな時でも自分の手の中で命のチップを守り続ける事じゃないの?それを投げ出したら負けなのよ!…遊戯は、そんなアナタのたった1つの命のチップを守ったのよ!」

「…くっ」

 海馬は明らかに機嫌を損ねた顔で杏子を睨み付ける。
 なまえは海馬から離れると、赤く腫らした目に涙を流しているのを海馬は確かに見た。

 だがそれを拭うと踵を返して遊戯達の元へ去ってしまう。

 海馬はさらにどうしたものか激情に陥りそうになるが、そこは恐ろしく感情をコントロールできるだけあって不機嫌そうにグッと堪えると、スターチップを拾い上げて1人城門の方へ去って行った。


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