「遊戯!」

 リングを後にし、皆んなの居る観覧席へ向かう遊戯に、城之内の声が掛かった。
「城之内くん!」

 しかし返事も返さず黙って目を見つめる城之内に、遊戯は眉頭をあげて瞬きする。
「…城之内くん?」

「遊戯…オレ勝つぜ。必ず。…その時は、その時には」
 言葉の続きを察した遊戯が、ハッとして微笑んだ。

「その時には、お互いに全力で闘おう。」

 その応えに満足したのか、それとも安心したのか。城之内もほのかに闘志の燃え上がる胸を撫で下ろして笑ってみせた。

「あぁ。逃げも隠れも、手加減もしねぇ。本当の全力勝負だぜ!!」
「うん。」


 遊戯が観覧席に着くと、一先ず安心した3人が笑って出迎えた。しかし、その中になまえの姿はない。
「…あれ?ねぇ、なまえは?」



 なまえは廊下を降り、目的の人物を見つけると声を掛けた。

「舞さん」

「…! なまえ…」
 舞は振り返らなかった。長い金色の髪が僅かに小刻みに震えてはいたが、舞は決して俯いたりせず、その背筋は毅然と伸ばされている。なまえを前に、あくまでも強がろうとするその姿勢に、なまえは感嘆とも取れる小さな息を一つ吐いた。

「舞さん、…教えて欲しいの。もし、抱えたものが大きくて、多すぎて、全てが終わる負け方をしてしまったら、…私は、」
「バカね。」
 舞は背中を向けたまま、確かにクスリと笑った。
「負けたヤツの負けた直後に、負けたらどうしたらいいか、なんて聞きに来るなんて、アンタ…本当に負けた事がないのね。」
「…ッ、ご、ごめんなさい。舞さんを傷つけるつもりじゃ」
「分かってるわよ! まったく、…ほんと変なとこ真面目なんだから」
 舞はやっと振り返る。今までの時間で取り繕ったいつもの笑顔は、少し目が赤かった。

「アンタはなんのためにデュエルをしているの。」
「それは…」
 脳裏に海馬が過ぎる。だが舞は、まるでそれを見透かしたように目を細めた。

「私はね、他人のためにデュエルをしたことなんて一度もなかったわ。そしてこれからも。自分の事ですらどうにもできない、抱えきれないちっぽけな人間が、誰かのためにできることなんてありはしないのよ。たとえそれが、どんな事情があっても。」
「…」

「たった一人の自分、それとクイーンの座。アンタと対等の価値があるのはそれだけよ。それだけでも充分に、あなたの肩には重いのかもしれない。だって私を含めて、多くのデュエリストたちの憧れなんだもの。そこへまだ何か背負うなんて、自分を高く評価し過ぎなんじゃないの?」
「わ、私はそんなつもりじゃ…」
「ねぇなまえ。高みを目指したり、自分の価値を大きく評価するのは悪いことじゃないわ。でもね、もし抱えきれないと自覚した時…アンタはその荷物を分け合ってくれる仲間がいるんじゃない。」

「…、それは」

「分け合うことは逃げることじゃない。分け合った仲間と共に戦い、そして勝つのよ。クイーンの座だって、もし失ってしまっても取り返せばいい。…アンタを見てるとね、昔の自分を思い出しちゃうな。なまえくらいの歳の時、私も同じだった。でもアンタは私とは違う。自重で潰れる前に、助けてくれる仲間に出会えたんだもの。」

「…私、まだ遊戯たちと、友達ってわけじゃ…」
「何言ってんのよ。」
 舞はなまえの肩を抱いて引き寄せる。急な事と、そして人との接触の経験が少ないなまえには身を硬くすることしかできない。だがそれも舞の笑顔に、どこか安心感を覚えてすぐに緩んだ。

「アンタみたいないい女、あっちから頭下げさせて仲間になってやるくらいでいいのよ! 私みたいにね。」

 そうウインクする舞に、なまえはポカンと口を開ける。
「さ、私の代わりに、城之内の試合を応援してやってちょうだい。ほら早く行った行った!」

 背中を押されてよろけるが踏み止まり、振り向くと舞はもう背を向けていた。
「…ありがとう、舞さん。いつかまたどこかで。」

 舞はちらりと笑った横顔を見せて手を軽く振った。そしてヒールの音をコツコツと軽やかに立てて去って行く。
 なまえは少しためらって、それでも惜しむのをやめて観覧席の方へ小走りに去っていった。


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