「私のターン」
 ドローしたカードが芳しくない。だが流石の経験値か無意識のうちか…なまえのその顔には一切出なかった。

「(魔導書のカードが1枚も無い…サーチできるバテルすら来ていない。どうする…?)」

 チラリとフィールド魔法のラメイソンを見る。魔導書のカードが墓地にあって初めて能力を発揮するカードなだけに、このターンで魔導書を使って墓地を肥やしていかなければ、さらに次のターンでも持ち腐れ…まさしくハリボテの塔に過ぎない。
「(いえ…まだ2手目だし…手札自体から考えれば状況も悪くない。ここは一旦流れを掴んでおけば…)」

 その思案、僅か10秒といったところか。扇状に広げたカードの端をなまえの指が ツツツ…と撫でる。その指先の一端の動きにさえ、遊戯にはカードへの愛情が見て取れた。
「二手目でガイアを出すなんて、流石ね。まだ早いと思ってたんだけど、遊戯を相手に出し惜しみなんて…失礼だったわね。」

 禍々しく霞む空気の中から、悪魔の如き魔道士がフィールドに現れる。
「“魔導鬼士ディアール”を攻撃表示で召喚」

 “魔導鬼士ディアール”(攻/2500 守/1200)

「攻撃力2500…?!」
「ディアールで暗黒騎士ガイアを、さらにドリュースで砦を守る翼竜を攻撃!」

 遊戯(LP:1400)
「くっ…!!!」

「遊戯!!!」
「ヤベーぜ!モンスターが一体も居なくなっちまった…!」
 杏子と城之内が身を乗り出す中、本田も圧倒的ななまえに「強えぇ…」と溢すしかできない。だがこの攻撃に、獏良は既に何かの違和感を感じていた。

 その違和感の正体を見破っているペガサスだけが、王座に背を預けて小さく笑っている。

 しかし現に対峙している遊戯本人は、圧倒的ななまえの布陣に対してまだその“なにか”に気付く気配はまだない。
「ガイアが一瞬で…!」
「どうしたの遊戯。私の本気は、こんなものじゃないわよ」
「くっ…!」

 しかしなまえは既に感覚の違いを覚えていたのだ。…それでもこのデッキ自体に大きな弱点があると言うわけではないと自負はしている。例えデッキ構成が “魔導軸でないと気付かれたとしても” 遊戯に打ち破れるものではないと踏んでいるのだから。

「私はカードを一枚伏せてターンエンドよ。」

 ***

「(マズい…なまえのフィールドには攻撃力1800と2500のモンスター。今オレの手札にそれを上回るモンスターは居ない…!)」

 遊戯の手札に現状を覆す手立ては無かった。だが遊戯は諦めず、手札の数だけある可能性に賭けてデッキに目を向ける。

「オレのターン、ドロー!」

 なまえもこの程度で遊戯が諦めない事、…むしろ窮地に立つほどにその強さを発揮する遊戯を知っていて、そして恐れていた。
「(攻撃力だけを見るなら、遊戯のデッキで通常召喚できるモンスターの中にディアールを倒せるモンスターは居ない。…恐れるべきは、舞さんとのデュエルで見せた儀式召喚モンスターや、城之内とのデュエルで見せた条件発生モンスター。いえ、それ以前に遊戯なら私のように魔法カードでトリッキーな動きだってできる…どう出るのかしら)」

「フフ…流石にそう簡単にお前を倒せるとは思ってなかったぜ。だが力押しのデュエルなら、オレの方に分がある!オレは“カースオブドラゴン”を召喚!」

 “カースオブドラゴン”(攻/2000 守/1500)

「まだ私のディアールには攻撃力が足りない…。…!まさか」
「ああ。通常モンスターでお前のモンスターを倒せないなら、オレには別の手があるって事だ!魔法カード“死者蘇生”!暗黒騎士ガイアを復活させ、さらに魔法カード“融合”で、“竜騎士ガイア”を召喚!!!」

 “竜騎士ガイア”(攻/2600 守/2100)

「融合モンスター!」
「いくぜ!まずはドルイド・ドリュースを攻撃!」
 もう一体のドルイドも打ち砕かれ、ついになまえのライフポイントが削られる。

 なまえ (LP:1200)


「やったぜ遊戯!!!」
「あぁ!なまえのライフを遊戯のライフが上回った!」
 城之内と本田が手放しに喜ぶ中、やはりどこか気にかける獏良がチラリとなまえに目を向ける。
「なまえちゃん…」


「攻撃力の高いディアールよりも、私のライフを削る方を優先したのは正しい判断だったわね…」
 不敵に笑うなまえに、一抹の不安が遊戯の心に残る。まるで「いまライフを削っておかないと、もう二度目はない」とも取れる言葉だと感じたからだ。

「確かに竜騎士ガイアならディアールを倒せた。だがソイツは魔導士モンスターの一体…あるんだろ?特殊効果が。」
 ガイアとディアールを挟んで互いに牽制しあう遊戯となまえ。その目は一見澄み切った闘志に燃えていたが、遊戯の心には違うものがあった。


「(闇の人格の遊戯ボーイ…まさか…。おやおや…それもやはり運命デシタか…)」
 銀の髪の隙間から覗く金色の“真実の目”が、遊戯の心に映る淡い焔を見つめていた。…それがどんなに哀れな運命なのかを知りながら。

 その姿がペガサス自身に重なるものだとも、もし俯瞰して見れていれたならば…その後の運命も変わっていたのかもしれない。


 なまえの心には、ここへ立つ前に触れた海馬の顔があった。かたく瞼を閉ざし、魂を奪われた男。…なまえの心を奪ったとも知らないで。

「ディアールの特殊効果を警戒したのね…いい判断だわ。こんなに楽しいデュエル、久しぶり…」

 その心に映る海馬への目を閉ざし、なまえは純粋な気持ちで遊戯とのデュエルが楽しいと感じた。微笑む彼女の顔に、遊戯はハッと息を飲む。


「あ…」
 …遊戯が首までほんのり赤く染めるのを、杏子だけが見逃さなかった。ひどく胸が痛むような気持ちに、自然と身体が強張る。


「オレもお前と全力でた闘えて嬉しいぜ、なまえ。…これが互いに、大切なものを賭けていなければ、…もっとお前に、オレの事を知って貰えたのかもしれなかったのにな…」

「それは違うわ、遊戯。…分かり合えるわ。互いに、信念と正義をぶつけ合うデュエルなんですもの。」

 なまえは毅然として遊戯と向き合った。広いデュエルフィールドを挟んでいるはずなのに、今はすぐ眼の前で向き合っているような感覚を覚える。それが遊戯となまえの心の距離なのだと気付くのに、2人は時間を要さなかった。

「なまえ、…あぁ、そうだな。」

 互いに笑い、認め合う姿に、杏子の胸中は穏やかでなかった。どこかモヤモヤとした黒い淀みがその足元に忍び寄るのを、ペガサスの目がチラリと見やる。
「(ほんのわずかデスが、闇の波長を感じマ〜ス…。あのままガールの心に根付けば、それは新たな闇の贄になるヤモしれマセンネぇ…フフフ…)」


 小さく笑うペガサスの真意に気付かない遊戯となまえは、デュエルを続行する。

「オレはカードを2枚伏せてターンエンドだ。」



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