「…」


「ゆ、遊戯が勝ったァ!!!」

 城之内の声に杏子や本田がワッと歓声をあげる中、なまえは呆然と立ち尽くしていた。
 フィールドからブルーアイズが消えた事でやっと遊戯と目を合わせ、そこでなまえは震える手からカードをデスクに落とす。

「負けた…、私が、」

 敗因は明らかだった。全ての運命は青眼の白龍をデッキに組み込み、そのために魔導士達を削った事…心のどこかで、魔導軸でなくても自分なら勝てると慢心していた事。
 そして事実、遊戯に敗北した。デッキを信じる心の差で、デッキは遊戯に応えた。千年秤が下した片方の裁きの腕は、このデュエルにおいてなまえの方を持ち上げる事はもうない。運命が決せられた今、なまえは孤高なクイーンの座をついに降りる時を迎えた。


「素晴らしい闘いでした、遊戯ボーイ。」

 クイーンの頭上から声が降り掛かる。それはまさしく王、いやデュエルモンスターズを生み出した神からの天声。あれほど対等に渡り合っていたペガサスが、今となってはほど遠く高く、手の届かない存在にさえ感じられた。
 デスクに両手をついて項垂れゞば様々な思いが身体中を巡る。どこか身が軽くなったような開放感を感じる反面、吹き溜まりの湿地に脚をとられるような…最も恐れていた事が自分と海馬に差し迫っているのをその身に覚えながらペガサスを見上げると、金色の目だけがなまえを射抜いた。
「クイーン、哀れな迷い子…自分を見失った者は敗北の道を進む…」

 闇の人格の遊戯の陰でそれを聞いた表の人格の遊戯はハッとしてペガサスを見上げた。いつしか祖父の双六から聞いた言葉そのままが、遊戯の頭に蘇る。

 ──『いいか?苦境に立たされた時こそデュエリストの真価が問われる。自分の道を見失った者は敗北の道を進むしかなくなるのじゃ。』

「(じいちゃん…僕わかったよ。なまえも海馬くんも、決してデュエリストとして間違ってはいない筈だったんだ…。)」

 身体を預けている闇人格の遊戯の背中を見つめると、それに気付いた彼も、元の身体の持ち主である彼に振り返る。またペガサスに目を向けた時には、その眼光はさらに鋭さを増していた。

「なまえは決して道を間違えたんじゃない。なまえは海馬を救うために、オレは爺さんを救うために闘った。なまえのデッキを禁止カードにすると脅してこの王国に加担させ、さらにはモクバや海馬を人質に取った…なまえの心を踏みにじり、屈するように仕向けたのは、ペガサス!お前じゃないか!」

 ペガサスはなおも腕を組んだまま「フフフ…」と不敵に笑う。
「違うわ、遊戯!…もうやめて」
 なまえの声に遊戯が振り向くと、なまえは項垂れたまま僅かに震えていた。

「私が負けたのは、ペガサスの言う通りよ。…私は道を間違えた。確かにペガサスの揺さぶりが発端かもしれない。それでも、最後にデッキを信じられなかった…最後に自分の魔導士達の力で勝てるという自信がなかった。だから海馬のデッキからブルーアイズをデッキに入れたのよ。」

「なまえ…」

「これで良かったのよ。私はやっと1人のデュエリストに戻る事が出来た。」
 顔を上げたなまえが遊戯としばし見つめ合い、フッと笑う。その瞬間、千年秤と千年パズルのウジャト眼がチラリと光って共鳴したような気がした。

 ツンとした耳鳴りに世界の音が攫われていく。2人の前には秒針がひとつ動くだけの時間ですら延々と永く横たわり、同じ色の瞳が重なった時、千年パズルと千年秤は確かに軋むように鳴いた。それが「違和感」として脳に伝達され「おかしい」と認知した頃には、──心臓に取り巻く細い血管の一筋が絡み合うような──…いかなる言及も足りない繋がりをついに遊戯は覚った。

 なまえの唇がゆっくりとまた動く。その声が届くまでの空間の隔たりですら、遊戯には思考する余裕がある。それにより、なまえが今の千年アイテムによる何らかの干渉を認知していたか、遊戯には明確には分からなかった。

「遊戯、海馬とモクバ君の約束…忘れないでね。」

 時間の流れが正しく感じられたその瞬間、なまえは既に背中を向けたあとだった。その後ろには黒服の男達に挟まれて両肩を抱き立たされた、意識のない海馬がいる。

「なまえ…フフフ、約束デ〜ス。海馬ボーイの身体、確かにユーの部屋から頂きマシた。」
「…」

 海馬が黒服の男達に連れられて行く。なまえは俯いたままそれを流れ落ちた髪の隙間から覗いていた。それも見えなくなると、小脇に挟んでいた千年秤を持ち直して腰のベルトに差し込む。観覧席から覗き込む城之内と杏子、本田も、声を掛けあぐねてただその背中を見つめた。

 彼女はゆっくり一歩を踏み出すと、その勢いに任せてデュエルリングをおりて行った。


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