いま遊戯に迫る千年アイテムが宿した闇は、まさに本田となまえにも迫り来ていた。

「獏良…おまえ!」
「ククク…いまのオレは貴様の知ってる獏良じゃねぇ!千年アイテムのひとつ、千年リングに宿る魂さ。」
「千年リング?!」

 なまえは本田があいだに入ってる間に、銃と千年秤をベルトに差すとジャケットを脱いで、傷口を押さえるようきつく縛る。血は既に固まり始め、銃床に貼り付いた左手を剥がすだけでペリペリと音を立てた。爪の間に入ったどす黒い血の塊に嫌気がさす。

「オレが欲しいのはその千年秤。モクバか海馬を人質にとれば簡単に渡してくれかと思ってたが…今のお前からなら、目を瞑ってても奪えるぜ。」
 本田の背中から飛び出ると、超至近距離にも関わらず、なまえは容赦なく獏良の足元に向けて引き金を引いた…はずだった。千年リングの鉤がひとつ鳴るのと同時に射撃音が響く。弾丸は見えざる壁に弾かれて、関係ない方向の石壁にめり込んだのがなまえの視界の端に映る。

「…ッ!?」
「オレ様にそんな物は通用しねぇ。さっき見ただろ…?」
 気がつけば、闇はもう足元まで絡み付いてきている。その中にあって獏良の白い髪だけが怪しく映えた。
 なまえは魔導士達を出すのを躊躇っていたのだ。おそらくこの闇に囚われれば、彼らは帰ってこられない。しかし銃は効かなかった…残る術は、千年秤の闇の力。

「…」
 なまえは深く息を吸うと、銃を下ろして床に放った。凝固の始まった血が、銃を握る形で手を固めている。僅かに震えたその手で、なまえは千年秤をベルトから引き抜いた。

 ***

「さぁ、闇のゲームの始まりデ〜ス。」

「(あたりが…闇に包まれていく…!)」
 表の人格の遊戯は、次第に自分の身体が重くなるのを感じていた。胸を打ち鳴らす心臓が、本能的にこの空間を恐れているのだと悟らせる。

「いったい何が始まるんだ?」
 テラスからデュエルリングを見下ろしていた城之内と杏子にも、その闇が一面を覆っていくのをただ見ているしかできない。闇はゆっくりと形作られ、リング全体を包み込んで覆うと、遊戯とペガサスの姿は見えなくなってしまった。

 ***

 なまえの意識は薄らいでいた。ぼんやりと背中から、誰かが包み込むように立っているような気さえする。
「(誰…?ジュノン…?それとも、…ブラック・マジシャン?)」
 闇の色に染まり出す瞳が、ゆっくりと開けられた。

「さあ!はやくその千年秤を渡しな!それともオレ様に、闇のゲームで勝てるとでも思ってんのか?」

 手にこびり付いていた血が、千年秤に溶けて吸い込まれていく気がした。あんなに冷たいと感じていた千年秤が、いまじんわりと熱く肌に吸い付いて馴染んでいく。その意思が、なまえのなかに侵入して、千年秤のウジャド眼が光った。


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