「ハルトならうちに帰したじゃねぇか! 迎えが来たんだよ、聞いてねぇのか?!」

 遊馬達が塔を降り、帰路を踏み出して早々、またヘリが飛んできて、今度はゴーシュが飛び降りて来た。胸倉を掴まれて持ち上げられた遊馬が、息苦しさの中で抵抗する。
「さっきのヘリにも、アレと同じマークがあったぜ?!」
 ゴーシュを追うように着陸したヘリからドロワも降りてくると、遊馬を掴み上げたままゴーシュは「聞いてるか? ドロワ」と淡々と聞く。
「いや。ハルトの捜索に当たっているのは、我々のチームだけのはず」
「口から出まかせたァ、いいノリしてるぜ小僧!」
 オラァ!っと脅しをかけて再び遊馬を掴み上げる。だが遊馬も何度もやられる男ではない。
「オレは! ウソなんか、言ってねぇえ!!!」
 急所を蹴り上げられ、撃沈するゴーシュをドロワは一瞥もしない。
「ハルトはハルトの姉ちゃんに返したんだ! お前ら他人がつべこべ言う筋合いはねぇ!!!」
「ハルトの姉……?」
 腕を組んでいたドロワの肩が揺れた。ドロワがそれを問い質すより先に、小鳥が「あれは……!」と声を上げる。

 見上げた先に、見慣れた大きな翼が月に輝く。いくつも並ぶ風車をすり抜けて滑空するカイトが、遊馬達の前に飛び降りた。
「カイト……!」
 返事もせず、カイトはズカズカと遊馬に歩み寄る。それも遊馬を見ているわけではなく、遊馬のあたりを見回し、ハルトの姿だけを探して。
「どこだ。ハルトはどこにいる?!」
「おいカイト! こいつらオレがハルトを隠したって思ってやがんだ!」
「……ハルトを、隠した?」
 鋭い視線に遊馬がハッとして取り繕う。
「ちっ 違う! 迎えが来て、ハルトはそいつにについていったんだよ!」
「トボケルナトンマ! ドウセオ前ガハルト様ヲ攫ッタンダロ!」
「引っ込んでろ」
「カッ カシコマリ!」
 一段と低いカイトの声にオービタル7は文字通りカイトの背後に引き下がる。カイトはもう少しだけ遊馬に歩み寄り、威圧するように見下ろした。
「その迎えとは、どんな奴だ」
「は?」
「男か? 女か?! 背丈や服装、なんでもいい!」
 飲み込みの遅い遊馬に一喝すると、慌てて小鳥の方が口を開く。
「お、女の人でした! 背は高いけど、ハイヒールを履いてて、私よりは髪が長くて」
『身長160センチ程度、怪我の跡のような大きな染みが、顔の半分を覆っていた』
「そ、そう! 身長160センチ、顔にでっけぇ傷跡!」
 アストラルの助言を丸っと言ったところで、小鳥がハッとしてカイトに向き直る。
「ハルト君は、その人を見てすぐ「姉さん」って、……そのひと、自分のことをカイトに言えば分かるって!」

「!!!」

「カイトとハルトは2人兄弟だ! やっぱり口から出任せを───」
「やめろゴーシュ!!!」
「テメェの指図は受けねえ!」
 遊馬の首根を掴んだところで、カイトが引き止める。それを突っぱねたゴーシュに、今度はドロワが怒鳴りつけた。
「ゴーシュ!」
「ドロワ! 今の説明で納得したってのか?!」
「納得はしていない。だが、彼らが嘘をついてない事は確かなようだ」
「チッ」
 捕まえかけた遊馬を突き放し、ゴーシュはさっさとヘリへと戻っていく。その後ろで、ドロワがカイトの背中に目を細めた。ハルトが呼んだ「姉さん」という人物に反応したカイトを、ドロワは見逃してなどいない。つまり、カイトに思い当たる人物がいると察したのだ。
「……」
 カイトとそれなりに長い付き合いをしている筈のゴーシュとドロワ。その2人でさえ知らない、カイトの関係者がいる。
 ドロワの位置からカイトの表情は見えない。それでも、どこかいつもと様子が違う。いつもカイトを見つめているドロワだからこそ、その機微に気付けたのだろう。
「ハルトを攫った人間が他に居るなら、我々は捜索を続ける」
 カイトの背中にそう言っても、カイトは振り向きもしないし返事もしない。待っても無駄だと判断し、ドロワも踵を返してヘリに乗り込んでいった。

 飛び去っていくホバリング音と共にヘリが遠退く。カイトはそれを確認などしなかったが、遊馬や小鳥が目で追うのを見ているだけで充分だった。ドロワやゴーシュが居なくなって、やっとカイトは握っていた手を緩める。
「遊馬、ハルトは確かにその女を「姉さん」と呼んだのか?」
「え? あ、あぁ」
「……その女の手を見たか?」
「手?」
 遊馬はカイトの真意を掴めず、困惑した顔を小鳥に向けるが、小鳥も首を横に振る。カイトには見えないが、遊馬が反対の方を見上げるので、おそらくアストラルにも確認しているのだろう。しかし、回答は得られなかったらしく収穫の無さそうな顔のまま遊馬はカイトに向き直った。
「暗かったし、ハッキリとは見てねぇ。顔の印象が強くて……」
「顔…… 傷跡があると言ったな」
「えっと、オレから見てコッチ側か? こう、とにかく目立つ感じの」
「……」
 覚えている限りで、遊馬は自分の顔に指を這わせ再現する。それをぼんやりと見つめはしたが、カイトはまだ半信半疑のように眉間を押さえて考え込んだ。
「……悪かった。オレがちゃんと確かめもせずに、ハルトを……」
「……」
 黙ったまま眉間にシワを寄せるカイトに、遊馬は素直に謝罪の言葉を出す。長いこと考えていたカイトが踵を返した去り際、やっと口を開く。
「ハルトは、……アイツは病気なんだ」
「え?」
「病気……?」
 遊馬と小鳥が顔を見合わせ、アストラルも大きく一度だけ瞬きをした。それ以上何も言わずに去っていくカイトにオービタルがあとを付いて進み出したところで、遊馬が呼び止める。
「待ってくれカイト、ハルトを連れて行かれたのはオレの責任だ! オレもハルトを探す」
「……お前には関係ない」
「カイト、オレはハルトに約束したんだ。必ずお前に会わせてやるって!」
「……」
 僅かに向けられた横顔に煌く瞳が、じっと遊馬と見つめ合う。真っ直ぐな眼差しで口を噤んだ遊馬から、先に目を逸らしたのはカイトだった。
「……オービタル」
「カシコマリ。モシ見ツケタラ連絡シロ、コノトンマ!」
 オービタル7から放たれた電子信号に、遊馬のDゲイザーが反応する。胸ポケットから取り出したゲイザーには、連絡用の番号が表示されていた。それを目にした遊馬が、ハッと顔をあげる。
 オービタルがカイトの背中に飛びつき、翼を広げた。少し助走をつけてから飛び去るカイトの背中を見送る中で、遊馬はどこか心中穏やかではない。
「カイト……」




「おかえりX、\も……」

 廃屋と言うには随分と荘厳な美術館跡。中世の教会を模した建造に、白い壁は月夜によくはえていた。
 最奥のホールに待ち構えていたトロンが両手を広げて笑っている。てっきりXが連れて来るものと思っていたWは、\の腕に抱かれて眠るハルトを目にした途端、機嫌を損ねたように顔を顰めた。
「ケッ いいご身分だぜ、何も知らないガキが」
 ズカズカと歩み寄ってきたWがハルトに手を伸ばす。それを\は体を捻ってかわすと、鋭い目で睨み返した。
「……」
「あ? なんだよ、まさか此処へ来てソイツに情が移ったんじゃねぇだろうな、\」
 \の首に腕を回したまま肩に頬を預けて眠るハルトを抱き直して、足を進めるままにWを横切る。無視された事に癇癪を起こしそうな自分を、トロンの手前もあったWはグッと堪えて、その背中を目で追う。\はVやトロンさえも素通りし、大広間の中央に膝をつくと、やっとハルトをその大理石の床へ横たえた。
 急激に襲う冷たい感触と硬い地面に、ハルトがゆっくりと目を醒ます。ハルトはぼんやりとした意識の中で、ステンドグラスを背にした\を見上げた。
「姉、さん……?」
 その微かな呟きすら踏みにじるように、\の背後に4人が歩み寄る。トロンはじめXとW、Vは\の背中で、真下から覗くハルトはステンドグラスからの逆光で、その顔も、真意も見ることができない。
「さぁ、儀式を始めよう」
 トロンの声に、\は垂れ落ちた前髪を耳にかけ直した。そこでハルトは初めて、彼女が自分の知らない顔で笑っているのを知る。
「姉さん?」
「ハルト、……やっと楽にしてあげられる」
 なんのこと? そう呟いたつもりでも、喉はなにも声を発していない。さっきまでの眠気とは違うさらに深いものが、ハルトのまぶたを覆った。




「(どこだ、……どこに居るハルト)」
 雲に届くほど上空を滑空しながらも、カイトは街を見下ろしているわけではなかった。脳裏にあるのは、木漏れ日にゆれる影、スズランの群生する森の中。ハルトがどこへ隠れても、カイトはすぐに弟を見つけることができた。そしてその度に、ハルトは嬉しそうに笑っていた。

 ───『兄さんはやっぱりすごいや。僕がどこにかくれても、すぐに見つけてしまうんだもの』

「そうだハルト。今度も絶対に見つけてやる……!」
 ───『カイト』
 スズランの群生する森の中、その記憶に相乗して、こちらに微笑む少女の口元がカイトの名を呼んだ。耳元を切る風の音が、雨にけぶる森の中をカイトに思い起こす。
 突然の雨に、泥の跳ねた靴や裾。雨宿りできる木の影まで引いた手の、大きな傷痕。
「カイト様!!!」
 オービタルの叫びにハッとして、カイトはすぐ目の前まで迫っていたビルをかわした。ぼんやりしている間に随分と高度が下がっていたらしい。カイトはあたりを見回すと、もう一度上昇気流へ身を任せた。


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