「さぁ、いよいよだ。ハルトの力を我がものとする時がきた……!」
 紋章の上に並んだハルトとトロンの体。時代にハルトの体には、紋章からのびた印が鎖のように絡まりついていく。
「ここから僕の復讐は始まる…… 待っていろDr.フェイカー」

 それを少し離れたところで、4人の兄妹が眺めた。ハルトが苦悶に喘ぎ、叫んでも、Xは眉ひとつ動かさない。それどころか、幼い子が苦しむ姿に眉を寄せたのはVただ1人だけ。Wと\は笑みさえ浮かべていたが、その笑みに潜むものは、ベクトルの違うもの。
 Wがちらりと\の横顔を覗く。すっかり自分と似たような笑い方が板に付いた\が嬉しい反面、その笑顔の理由を知っていて複雑な感情がWの自尊心を擽ぐる。面白くないのに面白いフリ、苦しいのに苦しくないフリ。いつまでもそんな自分との葛藤に付き合わされる様は、虫歯が痛いのを我慢して内緒にする子供とさして変わりない。
 「チッ」と小さく舌打ちするWに気付いたのもまたVだけだった。
「兄様……」
 Vの呟きをかき消したのは、門前の人感センサー。4人が一斉に目を向ければ、モニターが映像を出す。

「カイト!!! カイトが来た!!!」

 今までに無いほど感情を昂らせ、興奮しながらカイトの映るモニターに食いついた\を、3人が思い思いの表情で見つめる。とくにWは、今にも爆発しそうな顔で\の背中を睨んだ。
「おいッ、\───」
「W」
 \の肩に伸ばそうとした手をXが遮った。邪魔をされた事にギッと睨み返すが、Xは淡々とWから顔を逸らす。忌々しそうに顔を顰めながらも、諦めたようにWも画面のカイトを見上げた。
「……ケッ、思ったより早かったな。着けられてたんじゃねぇのか? X」
「ありえない」
 誤魔化すような会話を聞きもしないで「あは、あはは……」と笑う\の背中。肩が動いているだけで、左手で右の手を撫でているのだろうとWには分かる。
「カイトは、お前たちに任せる」
「ほんと?! X兄様」
 パッと明るい顔で振り向いた\が、嬉しそうに駆け寄ってWの手を掴むなり扉の方へと引っ張ろうとした。だがXは、そんな\を間髪入れず呼び止めた。
「Wと行くのはVだ」
「─── はぁ?」
 ニコニコと笑ったまま振り返り、引っ張ったWの手を握り続ける。そこにあるのは一向に目を合わせないXに、望んでいた方向で命令が出たことに嬉しそうなW。Vは\の背後にいてどんな顔をしているか分からないが、それでも\の癇癪に触れるにはその2人だけで充分だった。
「X、カイトに復讐するために私はここに居るの。それを知ってて……WとVに任せる?」
「フン……ハハハハ! 残念だったなァ\。テメェの恨みはこの俺が晴らしてきてやるよ」
「すっこんでろWォ!!! ザコ相手担当が。いい気になってんじゃねぇぞ」
 良い子ちゃんの顔はすっかりなりを潜め、豹変とも言うべき罵倒にWは一瞬面食らった顔をしたあと、すぐに\の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「あァ? テメェ、誰に向かってンな口聞いてやがる?!」
「おやめください2人とも!」
 予想通りの展開になったXは、静かに頭を悩ませた。だがXは、どうしても\をカイトと闘わせるわけにはいかない理由がある。
「W、V、……カイトを甘く見ない方がいい。勝とうと思うな」
「X!!!」
 怒鳴り散らす\から、Wは掴まれた腕を振り解く。すぐにまたWを捕らえようと伸ばした腕が、今度はXに掴まれた。
「これはトロンの命令だ」
「!!!」
 急に大人しくなった\に、Wは「ケッ」と吐き捨てる。
「俺がヤツらに勝てねぇとでも言いたいのか?」
「カイトは強敵だ。勝つことに拘るな。……時間を稼げればそれでいい」
「わかんねぇなぁ、始まっちまったら。ヤツの命の保証もできねぇ」
 行くぞV、と声を掛けられ、VはXと\に目を見つめたままゆっくりとその場を離れる。どこか困った様な顔をしてから小走りにWを追いかけた。
 力の抜けた\の後ろ姿に視線を戻すと、Xはため息をついて解放する。
「……トロンが、私に見てろと言ったの」
「今は時間稼ぎだけでいい。勝ちに拘れば、トロンの計画の邪魔になりかねない」
「……」
 すっかり熱の冷めた頬で\はXを素通りして再びカイトの映ったモニターへ歩み寄る。そしてカイトの輪郭をなぞるように指でくうを撫でると、また堪えきれない笑みが口の端を上げた。
「カイト、……はやくカイトに会いたい」
「カイトも、Wと再会すれば私や君の存在に気付くだろう」
 ぽつぽつと呟いた\に返事をしたつもりだったが、それを聞いているのかいないのか、\は1人の世界に閉じ籠ったまま画面を見つめる。
 カイトの輪郭をなぞっていた指は最後にカイトの唇へ向かい、その指を\は自分の唇に持っていく。キスのような優しい触れ合いも束の間、やがて爪で下唇を引っ掻いた。
「はやく…… 今度は私が殺してあげる、カイト」




 飛び込んだ先は巨大な石膏像が並ぶホール。ステンドグラスの窓から差し込む月の光では、四方の隅や天井までは見渡せない。遊馬とアストラル、そして小鳥があたりを見回しているところへ、突然出入り口の扉が盛大に閉まった。
「あっ……!?」
「クッ ハハハハ……」
 扉に振り返った遊馬の視線は再び笑い声のする方向を探して忙しなく動かされる。一方でカイトだけは、その笑い声の主を闇の中でも見据えていた。その視線の先に遊馬も目を凝らせば、石膏像の上に太つ2つの人影を見つける。
「やっと会えたな、カイト。待ってたぞ」
「くっ……」
 飛び降りてきた2人がついに窓からの薄明かりで顔を晒す。遊馬とカイトは、それぞれにその人物を目にして全く違う反応を見せた。
「お前はW!」
 遊馬の心に怒りが覗く。その後ろで、小鳥が怯えた目で震えた。等々力と鉄男に冷酷なデュエルをした相手の姿を、アストラルも含め3人は忘れもしない。
 忘れもしないのは、カイトも同じだった。だがその目は困惑と、焦燥さえ滲んだもの。
「トーマス・アークライト……」
「え?!」
 思わず驚く遊馬の声に隠れて、Vも意外だったのか「え、」と声になりそうな息を飲み込んでWを見上げる。Wは「チッ」と舌打ちしたが、すぐにいつもの調子で口の端を吊り上げた。
「ちったァ覚えてたか。だが俺は今は《W》だ。テメェからその名前で呼ばれる筋合いはねぇ。……そっちのオマケは仲間の復讐にでもやって来たのか? いいぜ、いつでも受けてやる」
「お前たちがハルトを拐ったのか?! ハルトはどこだ?!」
「生きてるから大丈夫だよ、……今のところはな」
「なんだと……!」
 ハルトを拐ったのがWだと知るや、突然焦り出したカイトにアストラルが違和感を覚えた。遊馬から見ても、カイトは明らかに動揺している。目に見えて感情を露わにするカイトを見たのは初めてだった。
「どうやら自分が何をしたか、ちゃんと覚えてるようで安心したよ、カイト。俺のことも覚えてたってことは、……お前、ハルトがこれからどうなるか、もう予想できてんだろ?」
「……ッ!!! 貴様ァ!!!」
「それでもハルトを助けていってンなら!」
 示し合わせたようにWとVがデュエルアンカーを撃ち込み、カイトと遊馬を捕らえた。
「ぐっ……」
「俺たちを倒していきな」



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