「(カイト、……Wの事を覚えていたか)」
 トロンの儀式を背に、Xはタッグデュエルを始めた様子を眺める\の横顔を覗いた。彼女の目は明らかにカイトしか見ていない。傷の無い右側の綺麗な顔、その目はずっと変わっていない事を、\自身は気付いているだろうかと、Xは遠い目で昔を思い出していた。


『あ! いた!』

 「ごめんください」も「お邪魔します」も無しにドアを開けてズカズカと部屋に上がり込むなり、ソファに座る目当ての人物を見つけたトーマスはその手を強引に引っ張った。
『いくぞ』
 立ち上がりかけたところで、今度はカイトが反対の手を掴んで引き止める。
『誰だお前は。勝手に入ってきて』
 完全に真ん中に挟まれて困惑しながらも、カイトに掴まれた手を見て少し恥ずかしそうにする彼女を見て、トーマスは機嫌を損ねたように食いついた。
『はあ? お前こそ誰だよ。人に名前を聞くときは自分から名乗れって教わんなかったのか?』
『な、人の家に勝手に入ってきたのはお前だろ』
 クスクスという声に3人とも振り向く。長椅子に腰掛けた、カイトにそっくりな顔をした美しい女性が口元に手をやって笑っていた。ゆったりとした服越しにも、その大きなお腹は目立っている。

『やめなさいトーマス』

 ドアを開けて入って来たクリスが、その女性を見るなり頭を下げた。
『すみません奥様、弟が失礼を……』
 兄のその様子を見て、トーマスも唇を尖らせながらも「ごめんなさい」と小さく謝った。それでもカイトと目が合えば「フン」とそっぽ向くが、一向に掴んだ手を放すつもりはないらしい。

『いいのよクリストファー。ほら、カイトも…… なまえちゃんが困ってるわ』

 促されるまま“なまえ”と呼ばれた彼女を見下ろす。一言も言葉を出さないで、ただ顔を赤くして目を逸らすだけのなまえにカイトは急に気まずさを感じ、手を離してやった。
 トーマスに掴まれたままの左手を起点にして、なまえはトーマスの背中に回って隠れた。勝ち誇ったように笑うトーマスに、カイトはムッと目を細める。
 顔を赤くして体を小さくするなまえ。赤く光る結晶でできた腕輪が、その右腕を滑った。


 \が自分の指で撫でる右手。その指の隙間からは大きな傷痕が垣間見える。Xは一度俯いたあと、すぐに顔を上げて画面に映るカイトとWを見上げた。




「そっちのオマケも友達と同じようにしてやるぜ」
 歪に笑うWに、冷酷なデュエルに散った鉄男や怪我を負わされた等々力が遊馬の脳裏に蘇る。目眩がするほどの怒りを堪えて、遊馬は拳を握り締めて振り上げた。
「お前を倒すのはこのオレだ、W!!!」
『遊馬、挑発に乗るな。それが彼の作戦だ』
「わかってる…… オレは憎しみなんかでデュエルはしねぇ!」
「……!」
 アストラルの言っている事もしっかりと理解している。すぐに怒りを飲み下した遊馬の言葉に、Vは自分の知り得ぬ何かを感じ取っていた。
 Vと違い、Wはそれを知っていた。だからこそ遊馬の一言に揺らぐ事もなく、息を吐き捨てて自分の役目に従える。……甘っちょろい言葉にVを翻弄させるわけにもいかない。遊馬の友達のレベルを知っているWは、オマケの方は早々に片付けてカイトを倒すことに集中するのが最初の目的だ。
「ケッ、……さぁ、俺のファンサービスの始まりだ!」
「ふざけた事を…… ハルトに手を出し、ここから無事に出られると思うなよ」
「強気だねぇ、フハハハ! それとも自分の罪が罰せられる時が来てヤケになってんのか?」
「貴様……ッ」

「いくぞ!!! 俺のターン、ドロー!」
 タッグデュエルはWから始まった。タッグデュエルでは全員が最初のターン攻撃できないが、効果ダメージは与えられる。Wは《ギミック・パペット-ボムエッグ》を召喚し、手札を1枚捨てることで相手に800ポイントのダメージを与えるモンスター効果を発動させた。
「挨拶代わりだァ、……受け取れカイト!!!」

「ぐっ……!!!」
 カイト(LP:3200)

「カイト!」
「お前は黙っていろ」
「なんだよ、心配してんだろ?!」
 タッグパートナーであるはずの遊馬にまで喧嘩腰のカイトに、Wは笑みを隠せない。
「俺はカードを1枚伏せてターンエンド。さぁ、そっちのターンだ。グズグズしてるとハルトがどうなっても知らないぞ」

「貴様ァ…… 俺のターン、ドロー! ───俺はフィールド魔法《光子圧力界フォトン・プレッシャー・ワールド》を発動!」
 見るからに冷静さを欠いているカイトをナメていたわけではないが、WとVは、……そして遊馬までもが、様変わりしたフィールドにデュエリストとしての危機感を感じた。
 ARビジョンに宇宙空間へと誘われ、驚きに見回すVを横目に、Wは鼻で笑った。
「そして俺は、《フォトン・クラッシャー》を召喚!」
 《フォトン・クラッシャー》(★4・光・攻/ 2000)

「これにより、フィールド魔法《光子圧力界フォトン・プレッシャー・ワールド》の効果で、召喚された『フォトンモンスター』のレベル×かける100のダメージを、……フォトンモンスターをコントロールしていない全てのプレイヤーに与えることができる」

 Wに引けを取らないほどの悪どい顔でフッと笑うカイトに、ようやくWも顔を顰めた。
 効果ダメージの対象はなにも敵側のプレイヤーだけではない。
「お、オイちょっと待てよ! オレはフォトンモンスターなんて持ってねぇぞ?! これじゃ、オレまでダメージを受けるだろ!」
「お前の力など必要ない。ハルトは俺の手で取り戻す」
 えぇ、と声が上がるのも無視して、カイトは手を振り上げた。

「400ポイントのダメージをくらえェ!!!」




「《光子フォトン》、……ハートランドで開発していたカードか」
 目を細めたXに、\はやっと顔を向けた。並んで見上げる画面には、ダメージを受けてライフの削られたWとVが映る。
「兄様、なぜWは良くて私はダメだったの。私ならあんなフィールド魔法だって対処できた」
「……」
 Xが目だけで\を見下ろした。はっきりとXに体を向け、まぶたがなくなるほど睨む\がそこにいる。
「《光子フォトンカード》の存在も、兄様と私なら知ってた。……フェイカーの元で働いていた兄様と、───」


「仲間もお構いなしか、フッ…… 俺好みだぜ」
 衝撃に舞い上がる砂塵の中立ち上がったWから目を離さず、カイトは手札に手を伸ばす。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」
「カイト、お前ぇ……」
 WとV同様にダメージを受けた遊馬の苦情めいた声にも、カイトは少しも介さない。その様子を前にして、Wは納得したように笑った。
「フッ…… お前はどうやら何も知らないようだな。カイト、お前はハルトのために闘いを強要された哀れな兵士」
 く、と顔を顰めたカイトを、画面越しに\が見つめる。その視線を知っていて、Wは全てをぶちまけるつもりで口を開いた。
「Dr.フェイカーとMr.ハートランドに、No.ナンバーズを集めればハルトの病気を治してやるって言われてんだろ?」
「……!」
 遊馬と小鳥、アストラルが息を飲んでカイトに目を向けた。
「やっぱり、お前はハルトの病気のためにNo.ナンバーズを!?」
 ───『俺は、弟のために悪魔に魂を売った』
 遊馬とアストラルに、以前カイトが言っていたその言葉が蘇る。
「そうさ、」
 嘲笑を浮かべた口元に、Wの声が震える。それが怒りと悲しみによって震えていることなど、この場にいる人間では弟であるVにしか分からないだろう。
「ソイツは弟のために死に物狂いでNo.ナンバーズを集めてる。他人の魂なんてお構いなしでな! 涙ぐましい話だぜ、……Dr.フェイカーとMr.ハートランドから弟のためだと言われるまま、ソイツは一番最初に俺たちの家族を手にかけたんだからなぁ!!!」


「───カイトが一番最初に猟り獲った人間である、私なら」


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