「……」

『オレは、《ダメージ・メイジ》を守備表示で特殊召喚! このモンスターは効果ダメージを受けたとき、特殊召喚できる! そして、受けた効果ダメージの分だけ、ライフを回復する!!!』

「……」

『チッ 面白くねぇ…… ならば魔法マジックカード《アタック・ギミック》を発動! この効果により、《ジャイアントキラー》の攻撃力はエンドフェイズまで500アップ。さらにこの効果を受けたモンスターがバトルでモンスターを破壊したとき、破壊されたモンスターの攻撃力分だけ、相手にダメージを与える。……覚悟しろカイト、まずはお前からだ!!!』


「あは」
 もう何度目かもわからない小さく漏れた笑い声に、Xはもう返事どころか\に顔を向けさえしなかった。\自身、別にXの反応が欲しくてそうしているわけではない。ただ、2人並んで同じ画面を見入るだけの空間で、時折つんざくハルトの苦しみに耐えかねた悲鳴やら、カイトや遊馬が上げる叫び声やらが全身を包むこの時間を共有している点において、少しだけ、兄妹ではない違う繋がりを教授している相互認識はあった。

『フフフ…… ハハハハハッ これでも俺の魂を狩れるか?! カイト!!!』

 やっと聞けたカイトの叫びに笑うWと、どこか恍惚とした顔の\。2人を眺めるXの遠い目は、いったい何を見ているのか。
「……これが私の罪」

『オレがトラップカード、《攻撃の無敵化》を発動したのさ!!!』

「───は?」

『───あッ』
『なんだと?!』

 何のマークもしていなかった遊馬という少年がカイトのサポートを果たしたことに、3人の弟妹がそれぞれ困惑と驚愕で硬直する。はたして\がXの小さな呟きに反応をしたのか、デュエルの戦況に驚いていたのか、Xにはわからない。

『チッ カイトを守る手まで伏せていたか。……ターンエンド』



 礼など毛頭口にするつもりなどないと言わんばかりの冷たい目が、遊馬に向けられる。
「貴様、……俺を庇ってるつもりでいるのか?」

「何よあの人! 遊馬に助けてもらったくせに」
 カイトの態度に頬を膨らませる小鳥の横で、オービタルが代わりに深く首を落とした。
「スミマセン…… カイト様ハ、アア言ウオ方デシテ……」

「言ったはずだ。お前達の手は借りない。No.ナンバーズを持つ者は全員敵だ! ……そうか。アストラルの指示か」
「違う、オレの意思だ!!! オレはお前が敵だって言うんなら、敵でも構わねぇ」
「……!」
「けどオレは、ハルトと約束したんだ。アイツはずっとお前に会いたがっていた。だから! 必ずお前をハルトの元へ連れていく!!!」


「……」
 ス、と冷めた血が\の顔から引いていく。最初からカイトに切り捨てられてダメージだって負わされたというのに、この少年は、真っ直ぐな目でカイトを手助けするのだ。なぜカイトが狙われているのか、カイトが何をしたのか、……その大体のあらましくらいをWの口から聞いていてもなお、だ。


「ムカつくぜテメェら!!!」
 目眩がするほど鼓動が高鳴り、動悸が胸を締め付ける。叫んだ頃には自分が余計なことを口走りそうになっていたのを踏み止まりはしたが、それでもWは堪えきれない感情をどうにか違う言葉でぶつけなければ、この怒りを沈められそうにないと自覚していた。
「……ッ 俺のサービスをことごとく拒否りやがって。なんで俺に気持ち良くデュエルさせねぇんだ! 俺はお前たちが苦しむ姿を見ていたいんだよ!!!」

「なんなの、あの人……」
 そんな外野の小娘の溢す畏怖が、自らの異常性を前にして本心から出したものだと、……それくらいWにも分かっている。自分が何を言っているのか、自分が被る仮面がどれだけ歪んでいるのか、全て。
 それでもWにとって、今自分がどう見られるかなどどうでも良かった。カイトが仲間に支えられている事が許せない。そしてカイトを仲間だと言い張る遊馬の存在が堪え難い。
 ───『アイツはずっとお前に会いたがっていた。だから、必ずお前をハルトの元へ連れていく!!!』
 つい数秒前の遊馬の言葉が、何度も何度もWの心を蝕んでいく。真っ直ぐカイトに向けた言葉は、遊馬の知らないところで鋭利な剣となり、刃となってWを刺した。
 Wには想像できていた。これを見ているなら、きっと、\もまた同じ感情に苛まれているだろうと。もはや口端を吊り上げることだけが、自分側が優位であると示すための記号に過ぎないと理性的に認知しておきながら、堪え続ける怒りに、声も、狂気に満ちた目も震えたまま、 Wは嘲笑の笑みを顔に描く。
「……そうか、待てよ? いい事を思いついた。これまでのサービスが気に入らないってんなら、別のサービスをしてやる」
 もし自分の意思に連動していたなら、今ごろ頭は何本か血管を引きちぎっていただろう。幸いそう簡単に爆ぜたりしないのは、人間の「物としての出来の良さ」に尽きる。
 ───『カイトに会いたい』
 ああ、だが、もうこんな地獄のような感情の渦から解放されるなら、……こんな記憶を血で塗り潰せるなら、自分も「出来の悪い人形ギミック・パペット」であれば良かったのにと、心のどこかで思ってしまう。
 Wが一瞬だけ見せた遠い目に気付いたのは、奇しくもカイトだけだった。
「これなら気に入るんじゃねぇか?!」
 だがそんな一瞬の機微も、Wの振り上げた手の向かう先、突然リンクを開かれたAR通信ビジョンで全てを掻き潰される。カイトの目に飛び込むのと同時に響き渡ったのは、ハルトの苦しむ悲鳴だった。

『アアァァァァァ───!!!』

「───?!!」
 あまりの衝撃に不甲斐ない足取りで駆け寄るカイトを目で追う。他のオマケ連中も同じように驚愕したような顔をしているだろうが、Wの目的はカイトの苦しみ、ただそれだけ。
「ハルト、……ハルトォォォ!!!」
 Wと再会した時よりも、そして己の犯した罪を告発された時よりも動揺し、錯乱寸前なまでに汗を滲ませたカイトを見ても、Wの心が静まることはない。むしろ、弟の惨状を目にして半狂乱するだけで「俺が悪かった」と膝を折るでも「許してくれ」と懇願するでもないカイトに対する、侮蔑にも似た憎悪と、これを見ているであろう“彼女”が同じようにカイトへ憎悪を募らせているだろうかという期待が、整理のつかないまま眉端や口角をこねくり回す。
「フ…… ハハハハ」
 自然と込み上げた笑みが自分の答えか。
「お前の愛しい弟の生中継だ。ハハハハ……」
「ハルトに何をしている?!」
「さぁ、何かねぇ。……もしかしたらテメェがしたエゲツねぇ事かもしれねぇな。けどあの様子じゃ、早く止めねぇとマズいんじゃねぇのか?」
「貴様ぁ……!!!」

「兄様……」
 悪びれもせず笑うだけのWに、カイトだけでなくVまでもがその豹変ぶりを諌めるような目を向けた。直接ではないにしろハルトを痛ぶり、言葉の端々でカイトを責め立て続ける様は、カイトが弟のために他者を犠牲にしてきたのと何が違うのかと、Vに残る良心が咎める。
 苦しむカイトを前に、これは自分が望んだことなのか、と。

「いい顔だぜカイト。やれば出来んじゃねぇか。お前のスカした顔が歪んでいくのは堪らねぇ快感だよ! ククク…… アッハハハハハ!!!」
「貴様、許さん!!!」

「(サァ呼べ!!! 呼んでみろ、お前の切り札を!!! その時がお前の最期だカイト!!!)」



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