トラップ発動!!! 《ブレイブ・ハート》!!!」

「?!」
「自らのライフを半分払い、……ッ このターン、モンスター効果の発動を、無効にする!!!」
「な、に……」
 ライフの削られる苦しみに悶えながら遊馬が叫ぶ。ハッとしてカイトが振り返れば、遊馬が衝撃に吹き飛ばされて地面に叩き付けられた。

「チッ…… オマケの分際で余計なこと」
 悪態をつくWとは違い、Vはどこか感化された目を少し細める。
「(……また自分を犠牲にして、)」
 自分の中で蓋をしてきたものが蘇り始めている。Vは素直に、自分の心にあるものを遊馬に重ねて見つめていたのかもしれない。認めるか認めないかは、別として。
「貴様、なぜ」
「言っただろ、お前の元にハルトを連れていくって……!」
 ボロボロになりながらも立ち上がり、また元立っていた場所まで足を進めると、困惑すら浮かべるカイトにまっすぐ向き合う。
「余計なことを!!!」
 やはり今の紙一重の攻防に遊馬がいなければ競り負けていたのを理解してはいたが、まだそれを認められないカイトは忌々しいとさえ言うようにそう吐き捨た。
「俺はカードを1枚伏せてターンエンド!」

「もぉ、遊馬にお礼くらい言ってもいいじゃない!」
「オ許シ下サイ、カイト様モ必死ナノデス」
 ピロピロ、とロボットらしい電子音が、涙をこぼしているようなもの寂しい音にも聞こえて、小鳥は口を噤んだ。こうしている間にも、Wがつなげたハルトの映像と音声がカイトを追い詰めている。


 苦しい、息もできないような熱さと、割れるほど痛む頭。無理矢理ハルトの記憶の引き出しをぶちまけて覗くトロンは、ハルトとカイトが幸せに暮らしていた頃の思い出までも見ていた。
───『すごいや、兄さん』
 虫取り網でカイトに捕まえてもらった蝶、溜池のほとりの木陰。
『でも、せっかくだけど、逃してあげてもいい? ……だって、一生をカゴの中で過ごすのは、かわいそうだもの』
『ハルト様』
『……優しいな、お前は』
 木々の隙間から覗く青空へ飛び去っていく蝶を見送る、カイトとハルト、そしてオービタル。

「お前の記憶、全て奪ってやる……!!!」


 ハルトのうめき声に、\が静かに画面から目を逸らして紋章の浮かぶ広間へ顔を向けた。そしてハルトが持っていた写真…… 幼い頃の幸せな記憶の1場面、その紙切れをポケットから取り出して視線を落とす。本来長方形であるべきその紙切れは不自然に斜めの切り取り跡を残し、ハルトと重なっていた手の部分や僅かな服の裾だけが覗くだけで、一緒に写っていたはずの自分の姿はカットされていた。
 これが何を意味するのか、ただ一つの答え以外を探し、彷徨うには、この暗闇は深過ぎる。
 この街に帰って来たとき、\もまた同じ写真を破り捨ててばら撒いた。だからカイトが持っていた方のこの写真が、カイトの手によって自分が切り取られていたと知ったところで、ショックを受ける資格など、自分にありはしない。
 むしろどこか清々とさえしていた。あぁ、やはりカイトにとって、私は利用価値があっただけだったのだと。写真から、写真を持つ右手へと視線をずらせば、3つの十字架が並ぶゴルゴダの丘のように、大きな傷の縫合痕が刻まれていた。


「さぁ、早くカードをドローしろ!!!」
 ハルトの映像に意識を囚われながら、気が気でいられないカイトが逸る。
「フッ そう急かすなよ。……クク、まったく、いい眺めだぜ」
「W、お前ぇ!!!」
 とんでもない言い草に遊馬までもが怒りを露わにする中、VもWの言動に眉を顰める。
「確かにやり過ぎでは」
「───やりすぎだと?」
 諌めるつもりだったVは、むしろWを逆上させた。言葉を選んでいるのか、それとも爆発しそうな自分を堪えたのか、WはしばらくVを厳しく睨む。
「お前はカイトが\にした仕打ちを、俺たちが味わった苦しみを忘れたのか?!」
「(……、\?)」
 僅かにカイトの眉間が動く。
「兄様……」
 困惑と悲嘆に噤んだVの唇は、それ以上の何かを訴えるために開くことはなかった。暫く見つめ合う中で、\以上にカイトへの復讐を望む兄の姿は、「それも仕方がない」と思わせる様々な記憶をVに呼び起こす。もちろんVもまた深い憎しみや悲しみに蝕まれている。だがWは、……彼は2番目の兄という点で、そして\に1番近しい存在だったという点で、末っ子であるVとはまた別の苦難や憎悪に浸されたのを、幼いながらもVは間近く見て、理解してもいた。
「お前はアイツの代わりに相応しかったと、俺に満足させるだけの仕事をしろ」
「……ッ」
 Wの、本来のタッグパートナー。それを引き合いに出されてVの目が泳ぐ。

「ぼ、僕のターン、ドロー!!!」
 そうだ。と、Vは自分を叱責する。この場に立った最初から、Vは姉の影にどこか怯えていた。家族が壊れたのはもう覆せない事実だ。そして4人の兄弟の中で1番人が変わってしまった姉、優しくて、清水よりも透明な心を持っていた大好きな姉を、───あんなになるまで壊したのは。

「僕は永続魔法《先史遺産オーパーツピラミッド・アイ・タブレット》を発動!!! このカードは、自分フィールドの《先史遺産オーパーツ》モンスターの攻撃力を800ポイントアップさせる」

No.ナンバーズ33 先史遺産オーパーツ超兵器 マシュマック》(攻/ 2400→3200)

「《マシュマック》の効果発動! オーバーレイユニットをひとつ使い、変化した攻撃力の数値分だけ、相手にダメージを与える!!!」

 《マシュマック》の砲撃が遊馬を襲う。その残りライフ、たったの400。後方に吹き飛ばされるのも、もう何度目かわからない。
「これでオマケのライフは風前の灯火。次は貴様の番だ、カイト!!! やるんだV!」
 カイトの残りライフは、攻撃力を上げたマシュマックと同じ3200。《 銀河眼ギャラクシーアイズ》の攻撃力はゼロ。
「《マシュマック》!!! 《 銀河眼ギャラクシーアイズ》を攻撃!!!」
「今度こそ終わりだ、カイト!!!」

「……ッ、トラップ発動、《模擬戦闘バトル・シュミレーション》!!!
 このカードは、バトルする互いのモンスターの攻撃力を半分にし、さらにバトルでの破壊からモンスターを守る!!!」

「チィイッ だがバトルダメージは受けてもらう!!!」
「ぐああああ───ッ」

「カイト様ッ!!!」
 ついに吹き飛ばされて倒れるカイトに、オービタルがあわあわと戦慄く。遊馬もこれにはいても立ってもいられず、デュエル中で貸せない手を握り締めながらもカイトに駆け寄った。
「カイト! 大丈夫か?! おい!」
 遊馬のことなど一瞥もせず、カイトは1人で立ち上がる。
「まだだ…… まだ俺のライフは、残っているぞ!!!」
「ケッ 無駄な悪あがきだ。大人しく弟と一緒に地獄へ堕ちろ!!!」
 ついに後塵を拝したカイトを見て高笑いするWに「貴様ァ!」と声を震わせたカイトを、遊馬が必死に宥めようとした。
「カイト、落ち着け!」
「黙れ!!!」
 腹の底からの怒声に、遊馬は一度息を止める。遊馬の目が同情さえ浮かべているだろうこともわかっていてカイトは目を閉じ、ギュ、と手を握りなおして腕を下ろす。
 まぶたに焼き付いている。檻よりも冷たい鉄の壁に囲まれた実験場。遥か上部の窓から覗くMr.ハートランドの笑み。鉄の床に横たわった彼女の体と、初めて人の魂を奪い取った右手に乗った、No.ナンバーズの黒いカード。二度と動くことのない右手に刻まれた、大きな傷痕。そして、何もかも終わったあとで飛び込んで来た、師とも、兄とも慕った男の、絶望した顔。

「お前に俺の苦しみ、 ……俺の憎しみの何がわかる?!!!」


「(……カイトの憎しみ?)」
 たらり、と写真を握っていた手を下ろして\は画面いっぱいに映る、苦悩に歪んだカイトの顔をぼんやりと眺めた。目の奥でぱちぱちとフレアが飛び散り、曖昧でぼんやりとした映像記憶が、カイトのその顔に重なろうとしている。薄い皮膜で覆われた記憶はまだ孵化をしないで、思い出すことができない。
 ───『その女はもう用済みだ。……デュエリストとして使う価値もない』
 それなのに一つだけ鮮明に覚えている、カイトの冷たい声と、一瞥も振り返らない彼の背中。ぢくり、と酷く右手の傷跡が疼いた。途端に澱んだものが込み上げ、目を細める。

『……あぁ、……わからねぇ。わからねぇさ!!!』

 モニター越しに響く遊馬の声に、\が顔を上げた。俯いたカイトに躙り寄る遊馬がそこに映っている。あの真剣な眼差し、……いつしかカイトはあんな目をしなくなった。現に今も、カイトはあの少年の目を見ようともしない。まるで、逃げているかのように。


「お前やハルトの憎しみも悲しみも、……だけど! オレはお前とデュエルした。デュエルを通じて、お前を知っちまったんだ!!!」
 口を真一文字に噤んだままのカイトが、引き寄せられるように遊馬に目を向けた。
「デュエルは新しい仲間を、絆を作ってくれる。そして、デュエルってのは、新しい自分に、かっとビングさせてくれる!!! 決して恨みや憎しみをぶつける道具じゃねぇ!!!」
 Vもまた遊馬に惹きつけられていく。どこか呆然と、しかし何か魅了されている確信を持って、Vは遊馬を黙って見つめる。

「見せてやる、オレのかっとビングを!!!」


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