トラップ発動!!! 《罠蘇生トラップ・リボーン》!!!」

 発動と同時に襲うライフコストが、遊馬とアストラルに苦悶の声を絞らせる。
「ぐ……ッ このカードは、自分のライフを、半分にして! 相手の墓地にあるトラップカードを除外することで、その効果を適用する!!! オレが選ぶのは─── 《模擬戦等バトル・シュミレーション》!!!」
 《模擬戦等バトル・シュミレーション》はモンスターがバトルするとき、互いのモンスターの攻撃力を半分にして、モンスターを先頭破壊から守る。
「うぐっ ああああ───ッ!!!」
 それでも盛大に吹き飛ばされ、残りライフ100という首の皮一枚で地に叩き付けられたカイト。遊馬のライフも、今のコストで残り200。完全に満身創痍で倒れはするが、まだ敗北はしていない。
「───ッぐ、また! ふざけるなテメェら!!! いい加減沈めよ、沈めェ!!!」
 尚も起き上がる遊馬に、Vは目を見張る。
「(遊馬、……また君は自分のライフを削って、)」
「貴様ら…… 許さんぞ!!! 俺は《ヘブンズ・ストリングス》の効果発動!!! このカードは1ターンに1度、オーバーレイユニットをひとつ使い、次のターンの終わりに、フィールドにいる全モンスターをブッ壊す!!! そしてブッ壊したモンスターの元々の攻撃力分の数値を、ダメージとしてプレイヤーに与える!!!」
「なんだと?!」

「見ろ、これが神のみぞ操れる運命の糸だ!!!」

 怪しく笑い声を上げる《ヘブンズ・ストリングス》。天より繰られた糸によって、《ホープレイ》と《 銀河眼ギャラクシーアイズ》は捕らえられた。しかも、Vのフィールドにいる《マシュマック》は、《ナンバーズ・ウォール》の効果でその対象から外されている。
「フフフフ…… これで正真正銘の終わりだ。さぁ!!! 貴様らのターンだ!!!」
 これで次のカイトのターン、2人とも倒さなければ、敗北が決定する。しかしそのカイトは、さっきのバトルダメージを受けてから呆静とした目で点を見上げるだけで、起き上がろうとさえしない。
「カイト、……」
「フン。なんだよ、もう力尽きたか。立つこともできねぇんじゃ俺たちの勝ちだぜ。フフフ、アハハハハ!!!」
「くっ……」
 Wの高笑いを浴びながら、遊馬は手を握り締めて立ち上がった。
「カイト、……立てよ!!! 立つんだよカイト!!! このまま負けちまってもいいのかよ。なんで立たねぇんだよ!!! カイトォ!!!」
 ダメージで覚束ない足を一歩ずつ前に出し、ゆっくりとカイトに向かっていく。

「ボロボロでもいいよ、最後まで諦めるなよ。お前が諦めてどうすんだよ!!! お前がハルトを守らなくて、誰がハルトを守るんだよ!!!」

 は、と見開いた目の奥で、自分たちの幸せを失った日のことを思い出す。森に囲まれたあの別荘、楽園から連れ出され、一面冷たい鉄の壁に囲まれた通路を引き摺られていくハルトの泣き声。どんなに手を伸ばしても、幾重にも降ろされた檻がカイトとハルトを隔てた。
 ───『カイト、ハルトに会いたければ、お前もDr.フェイカー様のお役にたつしかないのだよ。……協力してくれるね? カイト』
 スーツを着込んだ悪魔が笑う。だがそのもう一方で、ハルトのために魂を売るに値すると決断した理由も、カイトは思い出していた。

「約束したんた。……」

 ───鈍い、砕ける音のあと、鋭利になった骨は肉や肌を突き破って、あっという間に床が血で染まる。声にならない叫びを口に食んだハンカチへ滲ませ、涙や汗や、あらゆる体液を流してガタガタと震える少女の横顔を、……あの時のカイトはただ呆然と見ていることしかできなかった。
 薄暗い工作部屋、作業台を照らすライトを求めるように伸びる血溜まり。
『ハルトのためなら……、いいよ、……』
 彼女は砕けた右の手首から腕輪を抜き取り、震える左手で、それをカイトに差し出した。だらりとぶら下げた右手から、早鳴る心臓に合わせて血が滴る。なかなか受け取らないカイトにはっとするなり彼女は腕輪についた血をスカートで乱暴に拭って、想像を絶するはずの痛みの中で笑い、また差し出す。
 汗で乱れた髪、むせ返るほどの生臭さ。ドロドロになった顔と服。
『なまえ』
 なのに、彼女は何よりも美しかった。カイトにとって、なまえこそが天使そのもの。差し出された腕輪ごと左手をとり、椅子から立ち上がって抱きしめれば、彼女の血溜まりがヌルリとカイトの靴底を舐める。そのときカイトにできたことは、腕輪を受け取ったこと、右手の応急処置をしてやったこと、そして、初めてのキスをしたこと。

 カイトはゆっくりと起き上がった。膝をつき、右の手を握り締める。
「俺はお前を、絶対に守ってみせる……! ハルトォォォ!!!」


 カイトの叫びが、ハルトの目を開けた。

 ハルトと引き離され、Mr.ハートランドのARビジョンが消えた空間を見つめることしかできないカイト。兄弟の記憶の中に佇むトロンが、その背中を眺めながら笑った。
「君たち兄弟の全ての記憶は、僕が貰っていくよ……」
『そうはさせない』
 突然掛かった声。あり得るはずのない他者からの呼びかけに驚いて振り向けば、もうほとんど力の残っていないはずのハルトがそこにいた。
「ハルト?! どうしてここに……!!!」
『誰にも僕と兄さんの思い出は渡さない』


 異変は現実世界でも起き始めていた。紋章の力によってトロンとハルトを繋げていたはずの聖域が、明らかに別の力に侵され始めている。
 赤い雷光が細かく走り、風がXや\を包む。
「な、何が起きている……?」
「トロン、……?!」
 咄嗟に駆け寄って手を伸ばした\が、雷光に弾かれて腰から床に落ちた。すぐさまXが膝をついて\の肩を寄せる間にも、風は強まり2人の髪や服の裾を巻き上げていく。
「これは……」


『お前なんかにはわからない。兄さんがどんなに僕を守ってくれたか、どれほど僕を庇ってくれたか……!!! 今度は、僕が兄さんを守る!!!』



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