勝敗の決着とともにブザーが鳴り響き、ARビジョンが解かれていく。カイトと遊馬の勝利で、このデュエルは幕を閉じた。
 フィールド魔法《光子圧力界フォトン・プレッシャー・ワールド》によって広がっていた宇宙空間も、元の廃美術館のエントランスホールへと戻っていく。映像が進数となって消えていく中、息を荒げたカイトの左目から光子フォトンモードによって描かれていた紋も消えた。
「く、バカな、この俺が…… この俺が、負けるだと?!」
 なんとか上半身を起こしたWが、まだ信じられないとばかりに吐き捨てる。Vもショックからかどこか呆然としていた。
「……ッ、く」
 目眩が襲い、カイトはその場に片膝をつきかけた。すんでのところで持ち堪え無様に倒れるようなことはなかったが、それでも床に手をついて息を大きく吐く。
「おい、カイト」
「カイト様ッ」
 すぐ横に立っていた遊馬と違い、気が気じゃないオービタルが飛ぶように駆け寄るが、カイトは何の返事もせずにすぐ立ち上がって、荒い息のまま覚束ない足を必死に進めてW達に歩み寄る。
「ハルトは、ハルトはどこにいる。どこにいるんだ!!!」
 鬼気迫るほどの形相で、尚もハルトの事しか聞き出そうとしないカイトにWは「ケッ」と吐き捨てる。
「知るかよ、そんなこと」
「ならば貴様の魂に、直接聞いてやる!!!」
 Wに伸ばされた光子フォトンハンド。だがWもまた左手の紋章を解放し、その力でカイトを弾き飛ばした。
「なに?! ……ぐあァァァ!!!」
『!!!』
 魂ごととはいえNo.ナンバーズを剥ぎ取れるカイトの力が通用しないのを目の当たりにして、アストラルもすぐその手をVに伸ばす。
 アストラルの見えていないVだったが、その身に迫る危機を察知した紋章の力はアストラルさえも弾き返した。
『───ッ ……No.ナンバーズが、回収できない?!』
「な、なんだ……?!」
 突然反応した紋章に、Vは自らの左手越しに得体の知れない光の姿を目にした。それは弾かれ吹き飛ばされたアストラルの姿。
「……あれは、」
 だがVは、それが何なのかという答えを探すより、ただ信じられないままアストラルを目に焼き付けるしかなかった。
 ドッと倒れるカイトとアストラル。それを見下ろすようにWはさっさと立ち上がり、自分の右手を掲げる。
「ハッ、無駄だ。俺たちはこの紋章の力によって守られている」
 Vもすぐ立ち上がるが、その目にもうアストラルは映っていない。だがあの光の人物が遊馬とだけ会話しているらしいということは察して、その視線は遊馬に注がれた。
 そんなVの事など知る由もないWが、起き上がったカイトに指を刺す。
「覚えておけ!!! 俺たちが受けた倍の苦痛をお前に返して───」
 最後まで言い切る前にWの背後でワープホールが開いた。本人が「な、なんだ」と焦るうちにWは光の粒子となって吸収され、その中へと消えた。突然のことに声も出ない遊馬達を、Vはまだぼんやりと眺める。
「九十九、遊馬……」

『V』

 ハッとして振り向けば、Wが消えたワープホールに小さな人影が佇む。彼はVに優しく声をかけ、その手を伸ばした。
『サァ、帰ろう』
「……ッ 待て!!!」
 追いかけようにも体の追いつかないカイトが痛みに呻く。
「ハルトはどこなんだ、ハルトを返せ!!!」
 それでも問いただす叫びだけは上げるカイトを、Vはなんとも言えない面持ちで一瞥した。奪われた兄弟を返せと叫ぶその姿に、VはVなりに言い返したい恨みの言葉が喉元まで迫る。だがVは飲み込んで、手を伸ばすトロンと共に消えていった。
 最後にホールも閉じて光がはぜると、ほんの一瞬の沈黙のあと「2人とも、消えちまった……」と遊馬が呟くだけで、全員が何も無くなった空間を眺めるだけの時間が訪れる。
「……ハルト」

「ハルトならここにいる」

「!!!」
 唐突にホール中へ響く声。だがカイトは真っ直ぐに声の主へと振り返った。螺旋階段の先の上階、荘厳なステンドグラスを背にした長身の男が、カイト達を見下ろしている。その手に、ぐったりとしたハルトを抱いて。
「ハルト!!! ……?!」
 カイトの目に月明かりが照らす男の顔が映った時、あ……と小さく声を詰まらせた。
「あなたは───」
 予想していなかったと言えば嘘になる。トーマス・アークライト、そして随分と成長していた姿であったにしろ、その弟というVと対峙した時点で、彼がいないはずがないと、カイトは心のどこかで覚悟していた。VとW、そしてなまえ…… その長兄である彼、クリストファー・アークライトの存在を。
「まさか、あなたまで、……」
 その問いに答えるでもなく、Xは紋章の力を解放してハルトをその手から離す。ゆっくりとカイトのいる階下まで下ろすと、僅かに瞼を動かしたのちになるべく優しく床へ横たえさせた。
「ハルト!!!」
 駆け寄るカイトにもハルトは目を開けない。それどころか、力なく転がす首や、生気のない顔色が、カイトをその場に崩れさせる。
「ハルト……」
「ハルト様」
 オービタルもハルトに寄るが、どうすることもできない。青ざめるカイトだったが、すぐに唇を噤んでXを見上げた。
「ハルトに、……ハルトに何をしたんだ?!」
「心配ない。彼は生きている。……だが力を使い切ってしまった。そう、残っている全ての力を、君に与えてしまった」
「なに?!」

 ───『今度は、僕が兄さんを守る!!!』
 カイトが手にした新しい力、《 超銀河眼の光子竜ネオ・ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン》。あのとき感じたハルトの力、……あれが最後だったと知さられたカイトの目の前が暗転する。
「まさか、……この俺がハルトを」
「君はこれまで、ハルトや私の妹を守ろうとしてきた。……カイト、これで分かったろう。お前は2人を守っていたのではない。2人に守られ、救われてきたのだ。私の妹を犠牲にした時点で、君は気付くべきだった」
「……、あ、」
 生ぬるいものが喉元に込み上げた。それをなんとか飲み下し、カイトは震える手をついて横たわるハルトを見つめる。ぽたぽたと落ちていく冷たい汗は涙よりも厄介で、呆然自失となった体を酷く蝕む。
「……だがハルトはまだ生きている。君はまだ、何も失ったわけではない」
 良心からかXはそう静かに言った。咎めていたような口調ではなく、柔らかい物腰で。それがカイトに届いてるようには見えなかったが。
「もう失っている。……俺は、」
 もう失っている、そう頑なに閉ざした心へ亀裂を入れる、最後の人物が重い腰を上げた。

 こつ、と響いた足音で、カイトや遊馬、小鳥たち全員が階段を見上げる。コツ、コツ、と階段を叩くヒール。なだらかな螺旋はその人物の背中をカイト達に向けていた。だがそれもゆっくりと一周して階下に降り立てば、ステンドグラスからの月明かりにその顔がはっきりとカイトの目に飛び込む。
「お前は、あの時の!!!」
 真っ先に口を開いたのは遊馬だった。ハルトを迎えに来たと言って連れ出した女。この事態へと発展したそもそもの原因である彼女に遊馬が前に出る。
「オメェよくも騙したな! ハルトをこんな目に───」
「どけッ!!!」
 言い尽くす前に遊馬は肩を掴まれて押しやられた。
「……カイト?」
 しかしそれ以上文句を言い返そうとしても、カイトの顔を見て遊馬は口を閉ざさざるを得ない。それだけ、突然現れた女を見つめるカイトの横顔は説明しようのない色をしていた。

「なぜ、……どうしてお前がここにいる。なぜ───」

 カイトの、ひどく荒くなっていく呼吸の音が\の耳を掠める。ああ、この時をどれほど待っていたか。クスクスと笑い出した\の口元は、堪えきれずに大きく開けられた。
「フフフ、アハハハハハ!」



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