「父ちゃんが、生きてるかもって……」
 街灯が照らす河川沿いの道を歩く遊馬は、ただ足元をぼんやりと見つめながらXと\のことを繰り返し思い出す。


 ───『それってどういう事だよ?! 父ちゃんが、……父ちゃんが生きてるって!!!』
 目を丸くする遊馬をどこか憐れむような目で見つめたあと、Xは顔を背けて\の肩に手をやった。WやVが消えた時と同じワープホールが開き、遊馬が咄嗟に駆け寄ろうとした時には2人とも光の粒子となって散り始める。
『おい待てよ!!! 父ちゃんがアストラル世界にいるってどういう事だよ?!』
 体の全てが消え去る直前、\は手にしていた写真をカイトへ向けて放り投げた。ただの紙切れに過ぎないそれは空気に逆らえず、カイトではなくオービタルの方へと落ちる。遊馬の叫びも虚しく誰もその問いに応えることなく、元の静寂が廃墟に垂れ込めた。


 アストラルがいた、アストラル世界。そこに行方不明の父親がいる。……アストラルの記憶を全て取り戻すためには《No.ナンバーズ》がいる。
 ───『カイト、お前はハルトのために闘いを強要された哀れな兵士』
 だがNo.ナンバーズを集めてしまったら、ハルトの病気は治らない。そしたらカイトは……?
 ───『俺は、弟のために悪魔に魂を売った』
 でもハルトの病気が治れば、……
 ───『僕の使命は、アストラル世界を壊すこと』
 混乱する遊馬に、大きな傷痕で顔の半分が覆われた悪魔の微笑みが囁く。
 ───『君はどうしてカイトと一緒にいるの』

「あぁもうわっかんねぇ!!!」
 頭を抱えてしゃがみこむ遊馬を、小鳥とアストラルが覗き込んだ。



 医療室に運び込まれていくハルト。全ての者を断絶するように閉ざされた扉の前で、カイトは思わぬ邪魔か飛び退いてその男を睨み付ける。
「落ち着けよ、お前らしくねぇノリだぜ」
 何が何でも通すつもりのないゴーシュが、扉の前でカイトに対峙する。
「……どけ」
 地を這うような低い声にもゴーシュは動じない。明らかな体格差でカイトに優っているとは言え、今のカイトは何でもするだろう。それでもゴーシュは毅然とカイトを見下ろす。
「駄目だ。こっから先へは行かせられねぇ」
「ハルトは俺が守る。お前たちに、ハルトを好きにさせてたまるか!!!」
「やめろカイト」
 ゴーシュに飛び掛かる寸前、背後から諌めるドロワの声にカイトの動きが止まる。
「お前がハルトの側にいても、何もできることはない。今はMr.ハートランドに任せるしかない。……分かっているはずだ」
 ドロワの言う通り、カイトはこの場で自分が何もできないことを知っている。苛立ちと悔しさにドロワへ振り向けば、冷たくも、どこか同情するようなドロワの目が合って、カイトはすぐに顔を背けた。
「カイト。九十九遊馬にNo.ナンバーズのオリジナルが取り憑いていると知っていたのに、なぜ黙っていた」
 挑発めいた口ぶりでゴーシュがカイトに詰め寄る。それを何も悪びれることもなく、カイトは横目で好戦的に笑うゴーシュを見上げた。
「知っていたのか」
「まあな」
「アイツは俺が狩る」
 余計な手出しはするな。そういう言い含みで睨めば、ゴーシュもまた鼻で笑う。
「よく言うぜ。仲良くタッグデュエルしてたの知ってるんだぜ? いいノリしてたじゃねぇか」
「……」
「アイツは俺の獲物だ。倒すのは俺だ」
 一段と低くドスの利いた声で静かに釘を刺す。そんなものに少しも動じる気配のないカイトを、ドロワが黙って見つめていた。
No.ナンバーズを持つ者は、全て俺の敵。お前が俺の前に立ち塞がるのであれば、お前も俺の敵だ」



「……なに? 先ほどの少年が?」
 振り向いたトロンがXに見せたのは、鉄の仮面で覆われた方の横顔。だがXはトロンの顔からそ心を詮索するようなことはせず、それでもどこか訴えるように続ける。
「はい。九十九遊馬こそが、No.ナンバーズのオリジナルです」
「九十九、遊馬? 九十九一馬の」
「ええ」
 暗に頷いたX。その返事にトロンは目を見開いた。
「まさか、……そんなことはありえない」

 運命にしては、あまりにも出来過ぎている。


 その頃ハートランドを見下ろす屋上で、どこか虚な目をしたVが風の中に立っていた。Xに報告した、紋章の力で一瞬見た光の人物像。
「(あれが、アストラル界からの使者)」
 ビル風にはためく髪や裾。眼下に広がる夜景、そのどれ一つとして今のVには干渉していなかった。その目にあるのは今日見たことの様々。カイトに復讐心をむき出しにした兄、W。姉、\の冷たい眼差し。そして、九十九遊馬という少年のデュエル。
「九十九、遊馬……」



「俺に何の用だ」
 苛立ちを隠せないカイトの声に、ドロワは意を決して歩み寄る。ハルトが医療室へ運ばれてから1時間、カイトはその扉の前から一歩たりとも動かなかった。諦めたゴーシュとドロワはオービタル7に任せて一度去ったものの、しばらくしてドロワだけが戻ってきた。
「もう休んだらどうだ。ハルトが出てくるまで、そうしているつもりか?」
「余計なお世話だ」
 背を向けたままそう吐き捨てるカイトを、オービタルが「カイト様……」と呟きながら見上げた。ドロワは組んでいた腕を下ろすと端末を取り出し、カイトの視界に入るところへデータを映し出す。
「なんのつもりだ」
 横目に見れば、ハルトが破壊した部屋の画像と、破壊する前の画像の2枚がそこにあった。ドロワは端末を操作して、画像を拡大させる。
「ハルトのベッドから、一つだけなくなっていたものがある」
「……それがどうした」
 僅かに上擦った声が、触れてほしくないポイントに触れたのだとドロワに直感させた。監視カメラから切り取った画像は「無くなったもの」を鮮明に捉えられてはいないが、「それがなんなのか」くらいは見てとれる。
「オービタル」
「エッ ア、ナンデアリマスカ」
 突然ドロワから話を振られ、オービタルがカイトを気にしつつもたじろぐ。まるで査問員のように腕を組むと、ドロワの鋭い目がオービタルを射抜いた。
「この写真に写っていた物はなんだ」
「答えるな、オービタル」
 カイトの横入れにオービタルは頭を一回ぐるりと回して「カイト様ノゴ命令ニヨリ、オ答エデキマセン」と即答する。
「なぜ答えられない」
「ロボット三原則第二条、“ロボットハ、人間ニ与エラレタ命令ニ服従シナケレバナラナイ”、ワタクシノゴ主人ハ、カイト様デアリマス」
「おかしいな、第二条には続きがあったはずだ。ロボット三原則第二条、“ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。”」
「エ、ア、アノ……」
「肝心のその第一条はこうだったな。“ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。” ……お前はカイトの命令に従って、カイトを危険に晒すのか?」
「何が言いたい?!」
 オービタルを説き伏せかねないドロワに、カイトが痺れを切らして声を荒げた。最初から直接聞けばいいものを、わざわざ目の前でオービタルを尋問するやり方に苛立ちが限界を越える。
「遊馬達の話では、ハルトを連れ去った女のことを、ハルトは“姉さん”と呼んだ。……なぜそれをMr.ハートランドに報告しなかった。その女に心当たりがあったんじゃないのか?」
「…… それは、」
 目を泳がせて口籠るカイトに、ドロワの追及は厳しさを増す。
「敵を庇うのか? ハルトを傷つけた人間だぞ。ハルトがああなったのも、その女が手を───」
「アイツがハルトを傷つけるはずがない!!!」
 目を細めたドロワに、カイトがハッとして後退る。簡単な誘導に乗ってしまった自分を責めても、一度口にしてしまったことは取り消せない。特に、ドロワが相手では。
「……やはり庇っていたんだな、カイト。他に身内がいるんだな」
 口を固く結び、答える気はないとまたドロワに背を向けた。それでもドロワはカイトの背中に話し続ける。
「お前とハルトとは12も年が離れている。間にもう1人いても、確かに不思議じゃない」
「……」
「それとも姉か? あれだけのことをしたのなら、むしろカイトより年上という方が説明がつく」
「黙れ!!! ───ッ、ぐ」
「カイト様ッ!!!」
 勢いに任せて叫んですぐ、カイトは蓄積していたダメージに膝を折った。突然倒れ込んだカイトにドロワが駆け寄る。
「カイト?!」
「……ッ 触るな!!!」
 伸ばされたドロワの手を振り払う。オービタルの手も借りず、カイトはふらつく足で1人立ち上がった。身体を蝕む痛みを堪えながら、一度医療室のドアを振り返ったあと諦めたように歩きだし、ドロワを通り過ぎる。
「……それ以上詮索しないでくれ」
 過ぎ去り際にやっと返された、たった一言。それは、普段のカイトからは想像もできないような、あまりにも情に訴える口ぶりだった。お前には関係ない、と言ったところで、おそらくドロワの持つアクセス権限をもってすれば辿り着くだろうと、カイトには容易に想像できる。だからこそカイトは、自分のプライドを曲げてまでそう絞り出したのだ。
 もちろん、そんなカイトの心情を察せないドロワでもない。
「カイト、……」
 いまカイトがどんな顔をしているのか、ドロワはそれが見たかった。背を向けて毅然としていても、絞り出された一言は、今まで聞いたこともないような弱々しいもの。初めて聞いたそんな声に、打ち震えそうな胸を沈めてドロワは平静を装う。
 カイトの後をついて行くオービタルの車輪の音だけが、広い通路に響いた。


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