「テンメェ何してやが─── うわぁ?!」
 飛び込んだ自分の屋根裏部屋。その隅で何かを漁っているVの肩を掴んだ遊馬は、振り返ったその顔に驚いて尻餅をつく。
「遊馬ぁ、すごいよすごい!」
 楽しそうな声とは裏腹に、その顔は不気味な古代遺跡の仮面で覆われている。愕然とした遊馬の前でやっと仮面を抜き取れば、きらきらと目を輝かせたVの笑顔が露わになる。
「これはアステカ遺跡から出土した仮面」
 もはや呆れた顔でえぇ……、と眺める遊馬をよそに、Vは興奮を隠しきれない様子で部屋中を見渡した。
「あれは、2000年前の磨製石器、こっちはヒッタイトで作られた鉄の鏃」
 小鳥が困ったように笑うと、遊馬もしばらくは終わりそうにないと察して頬を掻く。
「あぁ……! インカの首飾り!!! どれもすごいものばかりだよ!」
 昨夜のあれはなんだったのか、真反対の表情を見せるVに遊馬と小鳥は困惑しながらもその動向を見つめる。これが素顔なのか、明るい笑顔でVが遊馬に向き直ると、ポケットからカードを取り出した。
「僕の大好きなカードも同じ。ほら」
 差し出されたカードに遊馬が立ち上がると、目を凝らしてそのモンスターカードに書かれた字を口にする。
「アステカ、マスク・ゴーレム?」
「そうだよ。僕が使ってるのは、《先史遺産オーパーツ》デッキっていうんだ。先史遺産オーパーツって、この世界と異次元とが繋がってる証拠なんだよ」
 カードをしまいながら、Vは夢中で話し続ける。
「この世界にはたくさんの次元が重なってて、そこからやってきたのが先史遺産オーパーツかもしれないんだ。僕の父さんは、ずっと研究してたんだよ」
「おぉ〜! 俺の父ちゃんも冒険家でさ!!! ここにあるもの全部父ちゃんのなんだ」
「そうなんだ……! 君のお父さんて、すごい人なんだね!!!」
「まっ…… まぁな」
 照れたように笑う遊馬だったが、すぐにはっとしてVから一歩下がった。
「て、そんなこと話してる場合じゃねぇ!!! お前らのせいでハルトが───」
「ごめん!!!」
 ハルトの名が出た途端、Vはすぐに頭を下げた。どこまでも意外な返しをしてくるVに、遊馬は「え?!」と声を漏らす。
「……ハルトのことは、本当にすまなかった」
「V、……」
「でも、僕はああするしか……」
 やっと頭を上げて向き直っても、さっきまでの笑顔から一転、Vのもの悲しげな目が逸らされる。
「お前……」
「遊馬、僕は復讐のために、ずっと憎しみの力で戦ってきた。でも、君のデュエルを見て、それとは違う力があるのかもしれないと思ったんだ。……どうして君は、あんなに人のために必死になれるの? 君の力は、いったいなんなの?」



 コツ、コツ、と聞き慣れたハイヒールの音にWは振り返った。建設中のビルの吹きっ晒しの一角、柵のないところから足を宙に投げ出して座り込むWを、\が見下ろす。
「Vが心配なのね」
 ほんの少しだけまぶたを落とした\の表情は、風に靡く髪で口元が隠れていてその真意を掴めない。だがWは「ハッ」と小馬鹿にしたように笑って顔を背け、視線を戻した。
「んなワケねぇだろ。俺はVがアイツらに寝返らねぇか監視してるだけだ」
 Wの視線の先。少し離れた先、川を挟んで遊馬の家が見える。
「……そう」
 朝、Vはトロンに「遊馬と会ってみたい」と申し出た。トロンはあっさり了承し、今に至る。
 それを聞いたWは、ずっとVを着けていた。昨夜のデュエルでVが遊馬に魅入ったのを、察していたのだ。
「それよりお前、いままでどこ行ってやがった。俺に黙ってほっつき歩くなと何度言えば───」
 ガシャ、と音を立ててハートピースの詰め込まれた袋がWの背中に放られ、言葉を遮られたWがギッと\を睨む。
「Wがすっぽかした“今日のノルマ”を代わりに済ませてきた」
「……チッ」
 ファンにばら撒いた誘いの連絡のことなどすっかり忘れていたWが、誤魔化すように舌打ちした。内心では、トロンの前でこれ以上の失態を犯せない状況だったWを\がフォローしてくれていたのだと知り、歯痒さに駆られる。
「良かったじゃない。今日私が対戦したデュエリストはみんな、Wの別の顔を見なくて済んだ。“紳士なWのファン”のままよ」
 Wはハートピースのひとつを取り上げて指で転がし、眺めた。その同じ色をしたWの目はどこか遠い。
「それもいつまで続くやら。決勝トーナメントは全世界に中継される。……遅かれ早かれ、世界中が俺の素顔を見ることになるさ」
「……」
 よっと、小さく勢いをつけて立ち上がるWを目で追った\が、少しだけ首を傾げた。
「……ねぇ、また伸びたんじゃない」
「あ?」
「背丈」
 突然変わった話題にWが訝しげな顔を向ければ、それ以上に不機嫌そうな\の顔が待ち構えている。気づかなかったが、言われてみれば\の目線がほんの僅かに下になった気がした。
 途端にニヤっと笑って、Wは\の顔を覗き込むようにわざと腰を曲げる。
「まぁ兄貴がアレだからな。俺もそのうちXに追いつくさ」
「……」
 なんでこうも人の癪に触れる顔ができるのか。\は寄せられた顔にビシ、とデコピンを打つ。反射的に「って」と声を漏らしたWに背を向けて、\はさっさと歩き去って行く。
「……チッ」
 ほんの弾かれただけの、痛くもない額を撫でながら\の背中に何度目かわからない舌打ちをする。\が足を踏み出すたびにコツコツと響くハイヒールに視線を落とすと、Wは足速に\を追いかけて隣を歩いた。
「ソレ、いい加減やめたらどうだ。つま先痛いんだろ」
 つま先、と言われてハイヒールのことを指しているのかと飲み込む。
「別に。慣れたから」
「慣れって…… 俺の背が伸びる度に新調する気かよ」
「……」
 コツ、という軽快な音が途切れて、Wは立ち止まった\へ振り返った。
「もう成長止まってんだろ、\。いいじゃねぇか身長くらい、俺が兄貴で、お前が妹なんだからよ。……いずれVだってデカくなる。世の中、弟に背ぇ越される姉貴の方が多いんだ」
「……でも、それしか」
 俯いていた\の手が、服の裾を握りしめる。
「見た目の背丈を合わせるくらいしか、もう同じところがないじゃない。Wだってもっと努力してよ! アンタのファンの躾けとかさぁ! アイツら私のこと、……私のこと、似てないって」
「……」
 溜まっていた鬱憤でも吐き出すように声を絞る\に、Wは口を噤んだまま歩み寄った。抱き締めようと伸ばされたWの腕が\の脇腹から腰へ、そして手のひらが背中を撫でたとき、\は後退ってそれを振り払う。
「努力してよ、……X兄様やVなら、そんな目で私を見ない」
「───!!!」
 息を飲んで目を見開いたWのすぐ横を、\が走り去った。階段を駆け降りていく音が遠く響く中で、Wは呆然と\が立っていた場所を見つめる。
「……ッ、悪かったな」
 \の体へ触れた、伸ばされたままの手を、爪が食い込むまでギュ、と握り締めた。



 ───笑い声の絶えない暖かい部屋。暖炉の薪がぱちぱちと爆ぜる音は、窓の外の雪の静かな囁きを掻き消してくれる。
 何の話しをしていたかは覚えていない。それでもあの頃の兄様は、よく一緒に笑っていた。
『そうだ、みてみて兄さま』
 ソファから立ち上がったミハエルはポケットからカードを出し、トーマスに見せびらかす。
『アステカマスク・ゴーレム! 父さまから頂いたんだぁ』
『あっ、ズルいぞ、お前だけ』
 すぐにトーマスは弟からカードを取り上げて、『オレによこせ』と言い放つ。
『もう、返してよ、兄さま』
『やだよー、ここまでおいで』
 追いかけっこが始まり、トーマスは靴のままソファに立ち上がったりミハエルを小突きだす。テーブルに向かっていたクリストファーが騒ぎ出した弟達に振り返り、やれやれといった顔で諫めた。
『やめなさい2人とも。父さまが帰ってきたら叱られるよ。トーマス、返してあげなさい』
『ちぇっ。分かったよ』
 トーマスはつまらなさそうに、だが素直にミハエルへカードを返す。手に戻ってきたカードにまた目をきらきらさせるミハエルを見て安心したようにクリスが息をつくと、テーブルに向き直って本を開いたなまえに微笑む。
『すまない、どこまで読んでたかな?』
『なぁ兄貴、今日くらいもういいじゃんか。デュエル教えてくれよ』
 なまえが口を開く前に、トーマスがテーブルに乗り出してクリスとなまえの間に割り込んだ。構ってもらえない不満からかどこか不貞腐れたように唇を尖らせるトーマスと、それをびっくりしたような顔で見たまま固まるなまえ。ミハエルまでもやってきて、クリスの後ろに隠れてなまえを覗き込んだ。
『……しょうがないなぁ』
 ミハエルの頭を撫でれば、嬉しそうにパッと笑う。それをじっと眺めていたなまえの手を、トーマスは本の上から取り上げた。
『ア、……』
『来いよ』
 クリスはミハエルに引かれて、なまえはトーマスに手を引かれて、一段と暖かい暖炉の前のソファに腰を下ろす。それから父が帰ってくるまで、4人で笑いながら過ごした。



「V?」
 トン、とテーブルに落とした手には、まだ口をつけていないおにぎりが乗っている。
 遊馬の家に侵入したVを、遊馬の家族は少しも怪しがらずに「遊馬の友達」として迎え入れ、昼食の席まで用意した。家族や友人と笑い合う団欒を前にして、Vもまた思い出していた。家族5人が笑い合い、過ごしていた時間を。
「どうしたんじゃ?」
 遊馬の祖母の、優しく気遣うような声。そこから堰を切ったように、Vの目からは止めどなく涙が溢れる。
「お前、……」
 遊馬の言葉を遮るように、Vは涙を拭って立ち上がった。そして逃げるように部屋を出ていく。
「ごめんなさい、失礼します!」
「お、おいV!」

 息を切らして広場に続く階段を駆け降りていく。その背中を追いかける遊馬の声に、階段を降り切ったところでVはやっと立ち止まった。
「待てよV!!!」
「……ッ 遊馬」
 足早だった足音がゆっくりとしたものになっても、Vは振れ返れなかった。涙を止めようと必死に自分と戦いながら、それでも言うべき事を喉から絞り出す。
「君の家族を見て、よく分かったよ。君の力、……君の“かっとビング”は、家族や仲間の笑顔を守るためのもの。でも僕は、……僕の家族は、君たちとは違う!!!」
 復讐に駆られたWの姿。冷たい、無表情の\の目。虚を見つめるXの横顔。弟を返せと叫んだカイトを目にしたとき、心に沸き起こった感情。
「復讐のために闘うと誓った時から、僕たち家族の笑顔は消えた。けれど、復讐が終わればきっと、笑顔を取り戻してくれる。元の優しい兄様や姉様に戻ってくれる……!!!」
 Vの心は決した。遊馬に向けられた顔は、もう古代遺産を前に輝いていた笑顔でも、ましてや悲しい思い出に涙を流していたものでもない。
「でも遊馬、君がいる限り、復讐は果たせない!!!」
 ひとりの、心優しい復讐者。その心は固まった。
「だから僕は家族のために、君を倒さなきゃいけないんだ!!!」
「……ッ なんでだよ、なんでそうなるんだ?! ハルトのことだって!!!」
「あれは僕たち家族の意思だ、僕には憎しみの感情以外はない!!!」
「嘘だ!!!」
 遊馬のその言葉にぐ、と詰まりかけた喉を、Vは無理やりこじ開ける。そしてポケットからカード型のデバイスを投げ渡した。

「今日の夕方、そこで待ってる。君と僕で勝負だ!!!」


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