「見て見て、W様よ」「W様〜!」

 盛大に打ち上がる花火に、レッドカーペットを歩くWへ飛び交う女の子達の声。足を止めてにこやかに手を振りかえすWを、Xと\がさっさと追い越した。
「あれがW様のお兄様!」「W様とまた違う雰囲気で素敵」
「じゃあ一緒にいる、あの人が噂の方?」
 パーティーホールまで続く長い道をずらりと囲むファンや記者、カメラマンを眺めながら、Xも\も涼しい顔で歩き続ける。自分を呼ぶファンの声援に手を振りながらも、置いて行かれたWが小走りで2人に並んだ。
「まったく、ファンが多いのも困りものだぜ」
 2人にしか聞こえない程度の声量で、他所行きの笑顔のままWが呟く。それに横目を向けたのはXだけだった。\は一瞥もしないで、小さく鼻で笑う。
「Wと一緒にいるのは目立つ。私は行動を別にしよう。\、君は予定通り」
「はい、X兄様」
 従順に返事をする\と違い、Wはケッと吐き捨てる。そして自然と別れるように、Wはまたファンの声援に歩く速度を落として笑顔を振りまいた。その間にもXは会場の方へと消えていき、\はその背中をぼんやりと見送る。
「おい」
 振り向けば、Wが\に肘を差し向けた。なんとなく察して、\は腕を組んでWに寄り添う。あとはWが歩くペースに合わせて、Wがいく場所についていくだけ。
「もっと楽しそうに笑えよ。愛想はファンサービスの第一歩だぜ?」
「私にファンはいない」
 バッサリ切り捨てた\の顔を鷲掴みするなりWは無理矢理\の口角を上げ、自分たちを狙うカメラに振り向かせた。\の顔の傷を隠すようにピッタリと頬をくっつけたWには、Wに声援を送っていた女の子達でなくとも騒めく。
「Wのファンも減ったわよ」
「テメェのアンチは増えたぜ」
 クク、と笑うWを横目に見上げるなり、\は自分の顔を掴むWの手を払い除ける。



「いつもの君らしくないな」
 出会い頭に胸ぐらを掴んで睨みあげたカイトを、Xが見下ろしていた。
「ふざけるな、なぜハルトをあんな目に! たとえかつての師であろうと───」
「許しはしないと」
「……!」
 少し怯んだカイトの手を振り払うでもなく、Xはどこか労りさえするような手で、自分の襟ぐりからカイトの手を離す。見透かされた心、常に自分の先を読むXに、彼が何も変わっていないのだとカイトは悟った。途端に顔を逸らしたカイトに、Xは静かに口を開く。
「その言葉、君はかつての恋人にも言うつもりか?」
「う、……く」
 言葉を詰まらせたカイトが、一度大きく息を飲んでXに向き直る。
「アイツは、……あの女は本当になまえなのか? アイツの魂は……!」
「そうだ。確かに君は、彼女の魂をNo.ナンバーズごと奪い取った。……だが君にとって、あれは初めての“狩り”。それがうまくいってなかったと考える他ないだろう」
「なん、……」
「1年ほど前、あの子は目を覚ました。……カイト、君と過ごした、ほとんどの記憶を失った状態で」
 愕然とするカイトを前に、Xは思い出すように目を閉じる。
「今の\にあるのは、恋人であった君に利用され、裏切られたという悲しみだけ。……あの子は亡霊も同じ。君に執着するあまり、復讐以外に君と関わる方法が見つけられなかった」
 Xがそう言い放った途端、カイトの目の前が暗転した。崩れかけた足元に、ドッと冷や汗が噴き出す。
「じゃあ、お前たちは、全員…… アイツの意思で動いて、」
「……いいや」
 ───魂の抜け殻となった彼女を抱えて、トランクひとつで出て行った彼の、あの冷たい目。
 静かに否定したXのその目が、カイトの首を絞めた。
「彼女の復讐は一端に過ぎない。私達は、トロンの意思に従うだけだ」
「トロン?」
 新しく齎された名前に、カイトの顔つきが変わる。
「いずれ会う事になる」
「まさか、決勝に……」
 沈黙もまた答え。Xはしばらくカイトの目を見つめたあと、まるで励ますかのように肩を掴んだ。
「カイト、私やトロンに勝つ事ができるとでも思っているのか? ……君にできるのか? \から再び魂ごとNo.ナンバーズを奪うことが。……こんな身体で」
「……ッ」
 慈しむような目が、カイトを揺さぶる。Xは少し周りを気にするように一瞥してから、静かな声で囁いた。
「カイト、君が\から奪ったNo.ナンバーズには、おそらく彼女の失った記憶が、魂が封印されている。\が君に執着している理由はそれだろう。……もし、彼女が君の敵方に回ったことがまだ信じられないと言うのなら、\が今も君を愛しているかどうか、自分で確かめるといい」



「はいどうぞ。次は貴女かな?」
 パーティ会場に入って一息つく間もなく、良家の令嬢達であろうか、美しく着飾った女の子たちがWに群がった。差し出される色紙やらハンカチやらにサインして「ファンサービスは僕のモットーですからねぇ」とにこやかに対応するW。
 爪弾きにされた\が、バンケットを見渡せる吹き抜けの柵の方へ避難すれば、人混みの中にカイトを見つける。
「……、カイト」
 考えるより先に体が動く。柱の影で見えなくなったカイトに、\は転びやすいハイヒールのことも忘れて飛び出した。
「おい、\!」
 Wが呼び止めても\には届かない。追いかけるか躊躇ったところで、\を追う目が窓の方に引き寄せられる。
「……ッ」
 \を追いかけるという選択肢が、Wの前から消え去った。噴水庭園に立つ神代陵牙の姿。それを見つけた途端に、トロンの笑みがWに囁く。
 ───『君たちに期待できないなら、他にするさ』
「どけ!!!」
 ファンを押し退けて、Wも駆け出した。



 カイトを追ってきたものの、関係者用の部屋へ通じる廊下だろうか、すっかりパーティ客らしき人影のなくなったところまで来てしまった。それでも疎らにいるスタッフらしい人間一人一人を目で追い、\は彼を探す。
 ふと大きな窓を見過ごした中に、カイトの影を見つけた。息を飲んで窓に駆け寄り、覗き込めば、少し離れたテラスに立つカイトがいる。
 窓の続く廊下を進み、カイトから目を離さないままテラスへと足を進めた。どんどん息苦しくなってくる胸も、ずっと高鳴っている鼓動も、ただ体に負担をかけているだけなのに、気持ちばかりがカイトへと逸って、体を動かす。
「……!」
 長いアールを描いて進んだ先、カイトのいるテラスへ出られるガラス戸を跨ぐ女によって、\の足は止まった。

「つらそうね」
 喧騒を離れた静かなバルコニー。ハートランドシティを眺めるカイトの背中に、ドロワの声が掛かった。
「ドロワ」
 僅かに視線を向けはするものの、カイトは振り返らない。
「あなたの様子、おかしいと思ってた」
「なんのことだ」

 \は静かにテラスを覗きこみ、カイトと、背の高い女の後ろ姿を眺める。

 冷たく突き放すようなカイトの返事にも、ドロワは少し躊躇いながら続けた。
「医務室で聞いてしまった。……あなたの身体はもう、」
「趣味が悪いな」

「(……この声は)」
 \の脳裏に、ハルトの捜索をする部隊の通信傍受をしていた時の声が蘇る。カイトを厄介そうに扱う男の声と、カイトを気遣うような女の声。あの女の声の主か、と、\は目を細める。

「ハルトのこと、気の毒に思ってる。あなたがNo.ナンバーズを集めなければならない事もわかる。でも、決勝には出るべきじゃない」
「お前に指図される筋合いはない」
「カイト、……ッ 私はただ、あなたの事が」

 ドロワの声に、あの時の自分の直感が正しかったことを知る。溜め込んでいた愛憎を温床にして、嫉妬という新しい芽が出たのを、\は摘み取ることができない。
 \は思わず後退し、視界から2人を外した。カイトの顔を、いいや、カイトがこの女にどんな顔を向けるのかを見たくない。
 カイトは愚かじゃない。だから分かるはずだ。この女の目が、昔、\から自分に向けられていた目と同じだということが。薄々でも察知している。それを、\も察している。

 震える足で、それでも足音や気配が漏れないように、\はその場を去った。どうしようもない感情の積乱雲が、今にもスコールを巻き起こしそう。おぼつかない足元に右手が壁を支えに求めれば、窓に映った自分の顔、消すことのできない火傷痕の向こう、カイトがこちらに振り返った。
「───ッ」
 遠くて目があったのかさえわからない。わからないが、は、と吸った空気が、\の鋭く胸を突く。逃げるより先に、左手が自分の火傷痕を覆い隠した。だいぶ離れていたとはいえ、カイトの足では追いつかれる。やっとそう思い至って逃げようとしたとき、カイトの手を掴んだらしいドロワが見えた。遠くて声も顔もはっきりとはわからない。
 脈拍に合わせて揺れる目眩を噛み殺して、\は人混みになっているであろうバンケットへと逃げた。


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