「おい!!! しっかりしろよドロワ!!!」
「そんな、ドロワさん!」

 ARビジョンが解除されていく中、遊馬と小鳥に介抱されたドロワの元に\が歩み寄る。
『なんということを、……』
 アストラルが顔を顰めても、\はアストラルの存在すら気付いていない。さっさとそんなアストラルを横切り、\はドロワを見下ろす。
「う、ぐ……」
 小鳥の手から逃れまだ挑まんとするドロワに、\が冷たく嘲笑う。ドロワも受けたダメージ分の痛みを堪えながら、\の前に再び立ち上がった。
「なぁに? まだ私と闘うつもり?」
「もうやめろ!!!」
 ドロワを匿うように飛び込んだのは遊馬だった。ドロワと小鳥は驚いたような顔をするが、肝心の対峙する\はどこ吹く風とばかりで、もはや興味すらなさそうに目を細めるだけ。そんな\に遊馬は果敢に歯を食いしばったあと、噛み付くように叫ぶ。
「\、俺とデュエルしろ!!! ドロワはカイトのために1人で闘った。なら俺は、みんなのために闘う」
『遊馬、……』
「俺に愛だとか恋だとか、そんなもん、よくわかんねーけど、……でも、誰かを好きになるって気持ちは、誰かを守るためだとか、闘う理由とかじゃなくて、ソイツに幸せになって欲しいってことじゃねぇのかよ!」
 Wとカイトの肩が揺れる一方で、2人から見た\の背中は静寂そのものだった。その\の背中から彼女が苛立っているようにWは感じ、カイトには悲しんでいるように見えた。
「お前はカイトと恋人だったんだろ?! 何があったかは知らねぇけど、ハルトのために必死になってるカイトを見てきた俺には、カイトが簡単に誰かを裏切るような奴には思えない。恋人がどんなもんかも俺にはわからねえ。だけど俺の父ちゃんと母ちゃんは、お互いに信頼しあって、離れてたって、どんな時だって助け合ってた! お前とカイトもそうだったんじゃねえのかよ?!」
 どちらが正解だったか、などと\本人が口にするつもりはない。微動だにしない背中で静かに開かれた口からは、感情の抑揚さえない、あまりに透明な声が返される。
「そうよ」
 あまりに淡々とした返事に、遊馬や小鳥、ドロワからまで「え、」と声が漏れた。同時に、\の言葉の一つ一つがWの喉を締めだす。
「私はカイトが好きだった。だからこそ、カイト以外の人から向けられた“好き”という気持ちにも私は気付けた。何を選んで、何を諦め、……何を大切にするべきか。二度とカイトの前に現れるつもりなんてなかった。カイトが幸せでいてくれたら、本当はそれで良かった」
「……\、お前」
 呆然とさえする遊馬と小鳥。ドロワは耐えきれずに顔を逸らした。
 \の髪が風に揺れるだけで、Wもカイトも彼女の顔を見ることは叶わない。だがその言葉は間違いなくカイトに、そしてWに向けられている。だが淡々と開かれるだけの唇だけで、その感情を読み取ることなど、2人には難しい。

「だけど真実を知って、私は天使でいられなくなった」

 途端に「アハッ」と笑った\に、遊馬の反応が遅れる。
「ウワッ」
「……ッ ア、」
 突然突き飛ばされた遊馬に小鳥が駆け寄る。だがその横では、\の左手がドロワの首を掴んでいた。
「\!!!」
「何をする気だ?!」
 飛び起きた遊馬になど目もくれず、\はやっと口を出したカイトにゆっくりと振り返る。その間にもドロワの手が、紋章の輝く\の左手に抵抗を見せるが、力が抜け始めたドロワになす術はない。
「言ったでしょ? この女が私に勝てなかったら、カイトへの愛情は全部、私が魂ごと奪う」
「や、やめ……」
 青ざめるドロワを眺めながら、そのデュエルディスクに散らばる《フォトン・バタフライ・アサシン》と《フォトン・アレキサンドラ・クイーン》のカードを一瞥する。本来の目的はそれだったが、今や\の中で目的と方法が入れ替わっていた。

「ハルトの病気の原因は私。カイトとハルトの母親を殺したのも私。九十九遊馬! それでもまだ、私とカイトが分かり合えると言える?!」

「!!!」
 何も言葉を返せず、遊馬と小鳥はその場で体を強張らせることしかできない。それどころか、新たな真実にドロワも言葉を失う。
「\!!!」「なまえ!!!」
 Wとカイトの声が重なる。互いにハッとして顔を見合わせるが、それぞれが呼んだ名前のどちらにも彼女は返事をしなかった。
「……私は生きてちゃいけない人間だった。何をしても、もう償うことはできない。心から愛して、尽くして、自分を犠牲にすればするほど、身も心も醜くなっていく。……私が、最初から悪魔だったから」
 ぐ、と力の入った手にドロワの顔が歪む。
「あ、うぐ……ッ」
「ふふ、カイトからの返事を聞いてからにしてあげてもいいのよ? あなたが私に『カイトへの想いを消してくれ』って、泣いて縋るのも悪くない」
「なまえ、もうよせ!!! 勝負はついた!」
 ここに至って情に訴えるように本来の名前を呼ぶカイトに、\はまだ、カイトの心にこの女がどれだけ巣食っているかだけが気になっていた。歪んでいると理解している。まだ嫉妬している。……だけどそれでいい。私は、もうカイトの敵なんだから。
「そうよ、勝負はついた。勝者は得て、敗者は失う。……カイトが私に、同じことをしたように」
「アッ あああああ───!!!」



「まったく、\はWのいらないところまで似ちゃって」
 《フォトン・バタフライ・アサシン》、そして《フォトン・アレキサンドラ・クイーン》の2枚のモンスターエクシーズのカードをひらひらと弄びながら、トロンは肘をついてクスクスと笑う。その後ろで並び立つWと\は、ただ口を噤んで目を逸らした。
「まぁいいよ、僕がお願いした“おつかい”はクリアしてる」
「ごめんなさい、トロン。でも次は必ず……!」
「分かっているよ、\。天城カイトが決勝に出てくることくらい、最初から想定済みさ。今日は君を試したかったんだ」
「……!」
 萎縮する\を笑うように、壁一面に映されたアニメキャラクターたちがケラケラと声を上げる。
「\、君が期待を裏切らない子だって、もっと僕に信じさせてくれないと」
「はい」
「……」
 それを横目に見ていたWも、思うところがあるのか珍しく一言も口を開けない。そんなWの視線に気付いていて、\は唇を噛んだ。

「それじゃあ、お土産も見せてもらおうかな」
 横に控えていたXに《フォトン》のカード2枚を手渡すと、そのまま手のひらを\の方へと差し出した。\が左の手をかざせば、紋章が輝いてドロワから奪った記憶の一部がトロンに吸収されていく。
「ふーん、愛って記憶、ちっとも美味しくないや」
 気付かれないように深く息を吐くと、冷や汗が首を伝う。
「いいよ、\の紋章の力も、強化してあげる」
「トロン!!! 待ってくれ、強化するなら\じゃなく俺に……!!!」
 咄嗟に\を庇うように体を割り込ませたWに、トロンは目も向けない。それどころか、聞こえてなかったとばかりにクスクスと笑いながら\へ言葉を続ける。
「今日は決勝に備えておいで。明日の朝、ここで待っているよ、\」
「はい」
「トロン!!!」
 食い下がるWに、トロンはやっと聞き分けのない子に飽き飽きしたような目を向け、ため息混じりに肘をつき直す。
「W、君は本当にせっかちでいけないね。……いいよ、\に免じて約束は守ってあげる」
 ぷらぷらと気忙しなかった足がぴたりと止まる。

「X、君は九十九遊馬を、Wは神代陵牙、\は天城カイト。君たちがそれぞれの手で倒しておいで。決勝の舞台、Dr.フェイカーの目の前でね! フフフフフ……」



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