「オラオラどうした?! テメェのノリはそんなもんじゃねえだろ!!!」

 ゴーシュも安全ベルトを外し、シートの上に立ち上がった。コース図を横目にハイヒールで挟んだ操縦桿を押し倒せば、加速に合わせて\の髪が跳ねる。逃がすまいとゴーシュもスピードを上げ続け、コースターの最高速度に達するのに時間はかからない。
「悪いけど、暑苦しい男は嫌いなの」
 ゴーシュと睨み合いながら\はニヤリと笑い、足で操縦桿を思い切り倒した。
「なッ……!!!」
 切り替えポイントで急カーブを描く方のレーンに乗り上げれば、ゴーシュも咄嗟にそちらへレバーを切る。機体のポールに捕まって衝撃に耐えながら、安全ベルトを外していたゴーシュの体が機体から振り落とされるのを見て\が嘲笑う。
「ホラホラ! ちゃんと前を見てないからァ!!!」
「クッソがああああ!!!」
 なんとか機体のポールを掴み、間一髪コースターに残ったゴーシュに\が舌打ちする。手札を噛んで両手を空けると、ゴーシュはまた座席シートへと戻った。カードを咥えたままフーフーと肩を揺らして息をするのを、\の冷たい視線が眺める。
 そんな\にゴーシュは「へっ」と笑って見せた。
「なかなかエゲツねぇノリしてるじゃねぇか。ブッ倒し甲斐があるってもんだ!」
「フン。今ので脱落しておけば良かったと後悔させてあげるよ」
「言うねぇ! 流石カイトの“元”彼女」
 ミシ、とこめかみが軋むほど顔を顰めた\。やっと顔色を変えた\に、ゴーシュは挑発を続ける。
「アイツのことは嫌いだが、カイトがアンタと別れたノリはわかるぜ」
「……ブッ殺す」
「ハッ もう手遅れだ!!! 俺のターン、ドロー!!!」

 ゴーシュには攻撃力4000の《H-Cヒロイック・チャンピオンエクスカリバー》。対して\の出した《堕天使マスティマ》の攻撃力は2600。単純計算で攻撃力1400以上のモンスターを出せばゴーシュの勝ち。
「(だが、伏せカードが1枚。相手はドロワをワンキルするような女だ。馬鹿じゃねぇ)」
 馬鹿。……そのフレーズに、遊馬の真っ直ぐなデュエルがゴーシュの脳裏によぎる。闘いたい相手はまたまだいるんだ。ドロワの敵討ちをした先に、本当に闘いたい相手が待っている。ゴーシュは「フッ」と小さく笑うと、手札に手を伸ばした。

「俺は《H・Cヒロイック・チャレンジャーサウザンド・ブレード》を召喚!」

H・Cヒロイック・チャレンジャーサウザンド・ブレード》(★4・地・攻/1300)

「《サウザンド・ブレード》の効果発動! 手札から『ヒロイック』カードを1枚捨てて、デッキから『ヒロイック』モンスター1体を特殊召喚し、このモンスターを守備表示にする。俺はデッキから《H・Cヒロイック・チャレンジャークラスプ・ナイフ》を特殊召喚!!!」

H・Cヒロイック・チャレンジャークラスプ・ナイフ》(★4・地・攻/300)
H・Cヒロイック・チャレンジャーサウザンド・ブレード》(攻→守/1100)

「そして《クラスプ・ナイフ》が『H・Cヒロイック・チャレンジャー』と名のついたモンスター効果で特殊召喚されたとき、デッキから『H・Cヒロイック・チャレンジャー』と名のつくモンスター1体を手札に加える!」
「……」
 \はチラリと視線をデュエルディスクに向けた。無論、それを見逃すゴーシュではない。だが召喚誘発でないことは分かった。ならばと、ゴーシュは不敵な笑みを浮かべる。

「俺は《サウザンド・ブレード》《クラスプ・ナイフ》の2体でオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!!! 来い!!!」

H-Cヒロイック・チャンピオン ガーンデーヴァ》
(ランク4・地・ORUオーバーレイユニット2・攻/ 2100)

[チェーン1]
「まずは《H-Cヒロイック・チャンピオン ガーンデーヴァ》の効果発動!!! オーバーレイユニットをひとつ使うことで、《ガーンデーヴァ》は特殊召喚されたモンスター1体を破壊する!!!
[チェーン2]
 だがその前に、伏せカードから退かさせてもらうぜ!!! 俺は速攻魔法《サイクロン》を発動!!! テメェの伏せカードを破壊する!!! これでお前の場は───」

「バァーーーーカ!!!!」
「!!!」
 あは、と嘲笑を浮かべた\にゴーシュの手が止まる。

[チェーン3]
「ここで私は《堕天使マスティマ》の効果発動!!! ライフを1000ポイント支払い、墓地の堕天使トラップカードの効果を、モンスター効果として適用する!」

\(LP:4000→3000)

[処理1:チェーン3]
「私が対象にするのはトラップカード《神族の堕天使》!!! 私はフィールドの《堕天使マスティマ》を墓地へ送り、相手フィールドのモンスター1体の効果を無効にして、その攻撃力分自分のライフを回復する。私が選ぶのは─── 《H-Cヒロイック・チャンピオンエクスカリバー》!!!」
「なんだと?!」

H-Cヒロイック・チャンピオンエクスカリバー》(攻/ 4000→2000)

\(LP:3000→5000)

[処理2:チェーン2]
「ふふ、これで《H-Cヒロイック・チャンピオン ガーンデーヴァ》の効果対象は、自分フィールドから選ぶことになる」
「だがその前に、貴様の伏せカードも破壊されるぜ!!!」
 たった1枚伏せていたカードは《サイクロン》によって破壊され、\に残されていた《堕天使マスティマ》もコストで墓地に送られた。

[処理3:チェーン1]
「チッ、……さぁ選びなよ、墓地へ送る自分のモンスターを」
 モンスター効果での駆け引きを、同一チェーンで処理することにより完全にアドバンテージを先占された。タダでは転ばない\の姿勢に、ゴーシュは敵ながら「なるほど、いい女だぜ」と小さく呟く。
「俺は《エクスカリバー》を破壊する」
《ガーンデーヴァ》の効果処理を逆手に取られたのは痛手だが、たとえライフポイント5000の\に対してであっても、2100のダイレクト・アタックは大きな先手になるはず。
「だがこれでお前は丸裸。《ガーンデーヴァ》のダイレクト・アタックで───!」

「残念でした」

「な……ッ」
 ゴーシュの前に《サイクロン》で破壊されたはずのトラップカードが開かれる。
「あなたさっきカイトが嫌いって言ってたけど、……ふふ、こんな簡単なテに乗るようじゃ、カイトに勝てたこと無いんじゃないの?」
「(ブラフ……?!)」
 \の小馬鹿にした笑みにゴーシュは青筋を立て、前言撤回して、やっぱりムカつく女だと息巻いた。それと同時にゴーシュがモンスターを2体並べたところで\がデュエルディスクに目線を落としたのがブラフだったと知り、それに乗せられた自分にも苛立つ。

トラップ発動!!!《やぶ蛇》!!!

 このカードはセットされていた状態で相手の効果でフィールドから離れて除外、または墓地へ送られたとき発動! デッキ、またはエクストラデッキから、モンスター1体を特殊召喚する」
「(エクストラデッキ?! しまっ……)」
「光栄に思うがいい! 見せてあげるよ、ドロワが引っ張り出せなかった私の《No.ナンバーズ》を!!!」




 ブツリ、と遮断されたライブ映像にスタジアムの観客から一斉にブーイングが起こる。突然の砂嵐映像は他のデュエリストたちの様子に切り替えられ、Mr.ハートランドも弁明に追われた。
『これはなんという不手際、スタッフの皆さーん!!! 回復お願いしま〜す!!!』

「あの\ってやつ、さっき《No.ナンバーズ》って」
「とどのつまり、あの人もWと同じく悪魔みたいな人」
 観戦していた鉄男と等々力が顔を見合わせる。
「キャー!!! W様ー!!!」
 話しに出した名前が歓声として後ろの席から上がり、等々力が縮こまって顔を上げた。そこには先ほどまで\とゴーシュのデュエルを映していたスクリーンいっぱいに、他のデュエリストを撃破した瞬間のWが映されている。

『(No.ナンバーズの存在は、大々的にお客様には観せられないんですよねぇ。……さぁゴーシュ、私の期待に応えて見せなさい)』
 人気の高いデュエリスト達の映像を繋げ続けて誤魔化しながら、ハートランドは帽子のつばにその笑みを隠す。

 そこへさらに別の展開、……3人組の賞金稼ぎデュエリスト・フォールガイズに囲まれた遊馬の映像が飛び込んだ。
「遊馬!!!」

『おーっと!!! 最後尾から猛追していた九十九選手を待ち受けていたのは、予選でも抜群のチームプレイを武器に勝ち上がってきた、フォール・ガイズ!!! 彼らは既にモンスターを召喚している。さぁ見逃せないデュエルの始まりだァ!!! ハート・バーニング!!!』
 ハートランドはこれ幸いとばかりに煽り、思い通りに盛り返しを見せる観衆に優越すら覚える。


 ───『その九十九遊馬とかいうガキを潰せばいいのか?』
『報酬は、あなた方が望むだけ』
 昨晩のパーティー会場からの帰り、トロンとXはリムジンハイヤーにフォール・ガイズの3人を同乗させて話しを吹っかけていた。Xが前金にとアタッシュケースの中に整然と並ぶ札束を見せれば、彼らはすぐ要求を飲む。
『いい話しじゃねぇか』
『決まりだね、兄貴』
『契約成立だ。望み通り潰してやるぜ。……確実にな』

「フフフ、楽しみだねぇ。あの賞金稼ぎたちがどう遊馬を料理するのか」
 機体のスピードを緩め、トロンはフォール・ガイズに囲まれた遊馬に高みの見物を決め込んでいた。早速のピンチへ立ち向かう遊馬の顔に、トロンは目を細める。
「ただ潰すだけじゃ面白くないんだよ。僕は見たいんだ。九十九遊馬の力を」




「なんだ、その《No.ナンバーズ》は……?!」

 太陽を背に真っ黒な影を落とす、\の強大な《No.ナンバーズ》。それを呆然と見上げたまま、ゴーシュは本能的に身の危険を感じていた。
 加えて、中継されている3対1のデュエルを強要されている遊馬のピンチにもゴーシュは追い込まれつつある。
「(遊馬、……クソ!!! こんなノリの時に)」
 遊馬の心配ができる状況でもない。見上げれば自分も窮地に立たされているのだ。
 \が特殊召喚した《No.ナンバーズ》を前にゴーシュはバトルを行えず、\にターンを返してしまった。そしていま、ゴーシュの前には\のNo.ナンバーズと2体の堕天使、守備表示の《スペルビア》と攻撃表示の《イシュタム》が並ぶ。

《堕天使スペルビア》(守/2400)
《堕天使イシュタム》(攻/2500)

「(俺の場には攻撃力2100の《ガーンデーヴァ》が1体。幸いヤツのモンスターの1体は守備表示だ。全ての攻撃を受けても、俺のライフは1000ポイント残る。……だが、この女が俺を仕留め損ねるような奴じゃねえって事くらいわかってるさ)」
 ゴーシュの睨み通り、\は鼻で笑い手札に手を伸ばす。

「私は《悦楽の堕天使》を通常召喚」

《悦楽の堕天使》(★4・闇・攻/ 1600)

 やはり来たか、とゴーシュに冷や汗が流れた。
 大きな影の暗闇の中で煌々とする\の眼光が、ニヤリとふたつの半月を描いて手を上げる。

「《H-Cヒロイック・チャンピオン ガーンデーヴァ》を攻撃」

「ぐう……!!!」
ゴーシュ(LP:4000→3500)

 巨影から降り下ろされた鉄鎚に、ゴーシュのモンスターは文字通りすり潰された。ライフは残っても、まだ2体の堕天使がゴーシュを待ち構えている。

「《悦楽の堕天使》のダイレクト・アタック」

「ぐあああ!!!」
ゴーシュ(LP:3500→1900)

 淡々と指差して攻撃命令を下す\は、闇の中に溶けてもはや人間ですらないようにさえ見えてしまう。ゴーシュはやっと、自分が無謀な挑戦をしていたのだと悟った。

「終わりだよ。《堕天使イシュタム》」

 ───俺とドロワは孤児だった。
 雨の中でドロワの手を引き、逃げ惑っていたあの時。Mr.ハートランドに拾われ、ナンバーズハンターとして訓練され、以来Mr.ハートランドに忠誠を誓ってここまで来た。
「(だが九十九遊馬! お前のデュエルが、忘れていたノリを俺に呼び覚ましたんだ!!! 俺はまだここで倒れるわけにはいかねえのさ!!!)」

 悪あがきでも無謀な挑戦でも構わない。ゴーシュは巨影の落とす闇の中で、一点の光に手を伸ばす。
「俺は墓地にある《H・Cヒロイック・チャレンジャーサウザンド・ブレード》の効果発動!!!」
「……!」
 墓地から蘇った《サウザンド・ブレード》が《イシュタム》の攻撃を受け止めた。
「《サウザンド・ブレード》が墓地にある状態で俺が戦闘・効果ダメージを受けたとき、この《サウザンド・ブレード》は攻撃表示で特殊召喚される」

H・Cヒロイック・チャレンジャーサウザンド・ブレード》(攻/ 1300)
《堕天使イシュタム》(攻/ 2500)

 モンスター同士の攻防越しに、ゴーシュと\が互いを見つめ合う。だがすぐに、《堕天使イシュタム》の攻撃を受け止めていた《サウザンド・ブレード》の剣に亀裂が入った。
「アンタ、確かに化け物だよ。カイトとやり合おうなんてバカは1人しか居ないと思ってたが、……どうやらテメェは次元が違え」
「……」
「俺の負けだ。だが、脱落するわけにはいかねぇんでな」
 《堕天使イシュタム》の鋭い爪を受け止めていた剣が折れ、《サウザンド・ブレード》が引き裂かれた。その攻撃はもちろんゴーシュにも降りかかる。

「ぐあァァァァ!!!」
ゴーシュ(LP:1000→700)

 膝を折ってシートに座り込むと、ゴーシュはそのまま切り替えポイントで\とは別のレーンにレバーを切った。並走するレーンへ逃れたことで、ゴーシュと\のデュエルはこれで強制終了となる。
「まさか、私が仕留め損なった?!」
「へっ、……俺から喧嘩を吹っかけといて悪いが、戦略的撤退させてもらう」
「くっ……」
 並走レーンで睨み合いながらも、\は諦めたように息をつく。デュエルが終了したことでモンスターのARビジョンも解除され、大きな影に覆われていた\を太陽の光が照らした。風に靡く髪の一本一本が煌めく中、ゴーシュは小さく呟いく。
「アンタ、明るいとこにいた方がよっぽどいいぜ」
「……」
 今更何を言ってるのかと鼻で笑い、\も操縦桿から脚を下ろしてシートに座り込んだ。少し考えるより先に、\は口を開く。
「……私から生き延びただけでも褒めてあげる。いいよ、ドロワがどうしたら目覚めるか、だっけ?」
「……!」
「私が奪ったドロワの記憶は、全てトロンに渡した。……トロンに聞いてみることね」
 モニター越しの通信に目を細めた\。ダメージを受けて満身創痍になりながらも、ゴーシュは「あばよ」と不敵に笑う。ゴーシュの機体が遠ざかっていくのを横目に、\は再び操縦桿レバーを握りしめた。
「(あの状況で私の攻撃を受け切り、700もライフを残すなんて。……いえ、私の甘さが、削り切れなかっただけ)」

 レーンの先にはトンネルの入り口が待ち構えている。もうすぐ第2セプションが始まろうとしていた。



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