行き着いた先で地中に現れた空間を、コースターの機体が螺旋を描きながら降下していく。レーンは地中の底の、鳥籠のようなガラスドームに続いていた。ドームのガラス面には宇宙空間が映され、青紫色の光がぼんやりと掘り出したままの土壁を照らしている。
「(……)」

「……」
 目を開けて顔を上げれば、太陽が照らす宇宙の中。フィールド魔法《コズミック・フロンティア》が映し出すARビジョンだとしても、美しい星々が煌めく真空は、いつか小さい頃に夢見ていた景色。
 背後で、ARビジョンを通り抜けた誰かの気配がした。ほんの少しだけ跳ねた胸の高鳴りを飲み込み、\はゆっくりと振り返る。
「カイト」
「……\」




「ぐあァァァァッ!!!」

遊馬(LP:900)

 砂を含んだ風の荒ぶ赤い大地、キャニオンフィールドに吹き飛ばされた遊馬とアストラルが倒れ込む。遥か上空を覆う《No.ナンバーズ9 天蓋星ダイソン・スフィア》の無敵効果を前に、遊馬とアストラルは成す術なく息を切らせる。
「無駄だ。君に私は倒せない」
 淡々としたXのデュエルはまさに圧倒。アストラルのタクティクスすら先読みした完璧な布陣に、アストラル自身、どこか覚えがあった。
『まさか、ここまでとは…… 彼のデュエルタクティクスは、まるでカイトを相手にしているようだ』
「アイツのデュエルが、カイトに似てる……?」
 遊馬の言葉にXは「ほぅ」と目を細める。起きて立ち上がってきた遊馬に、Xは口を開く。
「私のデュエルがカイトに似ている、か。それは違うな。……だがまぁ、見抜いたところだけは褒めてやろう」
 不敵に笑ったXに遊馬とアストラルが身構える。Xのライフは4000と無傷のまま。一方遊馬は1000を切った。もう悠長にはしていられない。
「カイトのデュエルが私に似ているのだ。何を隠そう、カイトにデュエルを教え、鍛えたのは、この私なのだから」
「!!! Xが、お前がカイトの師匠?!」
「カイトはある出来事を境にDr.フェイカーを憎み、ハルトや私の妹、……かつてカイトの恋人だった\を守るための力を欲しがっていた。だからこそ私は彼にデュエルを教えたのだ。カイトが幼い内から父を通じて家族ぐるみの付き合いをしていた私にとって、カイトとハルトは弟も同然。……\とカイトの交際を最初に応援したのも、私だった」
 自分のしたことが忌々しいと言わんばかりに顔を顰めるXに、遊馬と小鳥が息を飲む。
「トロン、いや、父がいなくなり、私の家族はバラバラになった。

 ───私は父が消えた事件の真相を知るためDr.フェイカーの元に残ったが、幼かった弟妹は、施設に預けるしかなかった…… そんな3人を施設に預けて暫くした頃、\に養子縁組の話が舞い込んだ。どんな事情であれ\を、妹を手放す事など出来ない。だが当時の私はまだ15歳、家を継いだとは言え、私自身孤児も同然。どうする事もできなかったそんな時、手を挙げたのがカイトだった。
 父が行方不明になる前、フェイカーと父は、\とカイトの仲を許していた。カイトはそれを根拠に、\を許嫁として、天城家で預かると申し出たのだ。あの時既にカイトとフェイカーの関係は険悪そのもの。そんなフェイカーを説き伏せてまで、カイトは\を迎えた。
 カイトを本当の弟のように思い、信頼していた私は、それが最善の道だと思ってカイトに\を託したのだ。Vがどれほど姉を慕い、心の拠り所にしていたかを知りながら、Wにとって\がどれほど大切なものか知っていながら、私は断腸の思いで2人を施設に残し、\を引き離した。そこからは先に説明した通り、……私はカイトにデュエルを教え、そして彼を鍛え上げた───」
 それなのに、と言葉を一度飲み込み、Xは肩を震わせる。
「それがあんな形になろうとは、……私の与えた力で、私の手で鍛えたデュエルで、カイトは妹の魂を奪ったのだ!!!」

 遊馬とアストラルは、自分たちが目の当たりにした、カイトが魂を奪った人間の姿を思い出す。だが思い出せる限り、No.ナンバーズごと魂を奪われた彼らの中で、目覚めた人間は1人もいない。
「待てよ、魂を奪ったって、……でもXの妹は、\はピンピンしてるじゃねぇか!」



「そう、聞いたのね。Dr.フェイカーが何をしたのかも、トロンの正体が、私たちの父様だって事も」
「俺にあるのはハルトだけ。ヤツが、Dr.フェイカーがした事など何も興味はない。だが、お前の事はここで決着をつける。トロンの正体が何であれ、奴にもハルトを傷付けたことを償ってもらう」
「私を捨てた償いはしないってわけ」
「……」
 口籠もるカイトから目線を落とし、\は自分の右手の傷跡を撫でる。
「\、俺は───」
「本当の事なんてどうでもいいよ」
 カイトの言葉を遮って、\は目線を落としたまま息をつく。
「カイトともう一度会えるなら、……私は、理由なんて何でも良かった。だって───」



「\は、あの子は完全ではない」
「はぁ? 完全じゃないって、……」
 苦しみを吐露するように、Vは遊馬たちから顔を逸らす。
「ある時期の記憶だけがすっぽり抜け落ちているんだ。その記憶は、おそらくカイトが持っている\の最初のNo.ナンバーズに封印されている」
『……! No.ナンバーズに、記憶が封印されているだと』
 アストラルもまた、No.ナンバーズを集めることによって曖昧な記憶を集めている。
「それって、……!」
『確かにNo.ナンバーズは人間に取り憑いて心を蝕む。カイトはそれを無理矢理に魂ごと引き剥がしてきたという事は、そのカードの中に奪われた魂や記憶が封印されているのも、有り得ない事ではない。……何より、私の記憶の断片も、No.ナンバーズの中に封印されているのだがら』
「……\は」
 アストラルを見上げていた遊馬が、Xに向き直る。砂まじりの乾いた風に髪を揺らしながら、Xは眉間を寄せて口を開いた。
「あの子は2年ものあいだ眠り続け、そして、14歳の心のまま目を覚ました。……\はカイトを憎んでなどいなかった。自分に何があったのか、……カイトに魂を奪われた事すら、何も覚えてないからだ。……だが、その心も変わってしまった」



「───それでもハルトが持っていた写真を見て、そしてカイトの顔を見て、私は現実を理解した。カイトが私を捨てたのは本当なんだって」
 サッと青ざめるだけで否定しないカイトの顔を見れば、\にそれ以上カイトの返事を聞く理由もない。
「でもカイトが写真から私を切り取ってくれてて、今は良かったと思ってる。そうでなきゃ、V兄様やWやVを、私はまた裏切ってたかもしれない」
 デュエルディスクを構えた\に、カイトが顔を顰める。
 ───『もし、彼女が君の敵方に回ったことがまだ信じられないと言うのなら、\が今も君を愛しているかどうか、自分で確かめるといい』
 あのとき、Vは試すためにそう言ったのだと思っていた。違っていたのだ。それに気付かず、ハルトを傷付けた側の人間だというだけで弾劾した自分の過ちに、カイトは唇を噛む。
「闘うしか、ないのか」
「あなたが一番よく理解してるでしょ」



「それじゃあ、あの\て人はカイトのこと、……」
 小鳥がやるせ無い声で呟くのを、Vが横目に一瞥すると、すぐに遊馬に目を向け、闘う姿勢を取る彼を鼻で笑う。
「\は我々と共にある事を選んだ。一度ならず二度までも、カイトが\の心を引き裂いたからだ。……ハルトが持っていた写真を、君達も見ただろう。自分だけ切り取られ、愛した男から無かったことにされた\の気持ちなど、君たちにはまだ分かるまい」
「違う!!! カイトは、カイトはそんなヤツじゃねえ!!!」
「意外だな遊馬。君がカイトの味方をするとは。カイトは\の事だけでなく、一馬さんを裏切ったDr.フェイカーの息子。そして何よりナンバーズ・ハンター。カイトが生き延びると言うことは、君もいずれ狩られるかもしれないのだぞ」
 ぐ、と言葉を詰まらせながらも、遊馬は噤んだ唇をもう一度引き締め、そして堂々とXに向き合う。
「ああ、わかってるさ」
「……!」
「わかってんだよ! でもオレはカイトとデュエルをした。だから、アイツがどう思おうと、アイツはオレの仲間だ!!! そして、オレの目標なんだ!!!」
 遊馬の真っ直ぐな眼差しに、Vは何かを懐かしむように目を細めた。しかしその心は頑なで、握りしめた手が軋むばかり。
「……仲間か、一馬さんも大切にしていた」
「……ッ」


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